189:魔法院爆発

189:魔法院爆発


「なるほど……それで夏なのに熊の毛皮を被り、逆立ちの練習をなさっていたのですね」

「はっはっは、そうなのですよ」


 薬草茶が置かれた卓を脇に、指揮所で歓談する中年男たち。

 ガイウス=ベルダラスと、定例訪問のショーン=ランサーだ。語らいながら二人は猟兵隊長レイングラスを交互に膝の上に載せ、わしわしと撫で回している。


『ウェヒヒ。ランサーの旦那、そこ、もっと強めに、そうそう』

「こうですかな? フフフ、レイングラス殿は可愛いですなあ」

「うむ、レイングラスは可愛いのですよ」

『ウォヒヒ、よせやい』

「心底気色悪ぃオッサンらだな……」


 年甲斐もなくはしゃぐ中年三人に、指揮所の隅に座る少年が苦い顔で呟く。


「こらエモン、ランサー卿に失礼だぞ」

『そうだそうだ』

「まあまあ」


 ドワエモンを叱るガイウスらを、ランサーが笑いながら宥めていた。


「……さて、観光については私も賛成ですぞ。コボルド族を広く知ってもらうのは大切ですからな。街道への案内看板設置許可や巡邏巡回も含め、当該区域の担当やケイリー様に私からお話しておきましょう」

「いつもお力添え有り難うございます、ランサー卿」

「いえいえ、これはそちらだけの問題にしては勿体ないですから」


 ひらひらと、掌が左右に振られる。


「コボルド村へ王領から貴族が観光で訪れるのであれば、当然ノースプレインも通りましょう? その際に領内の安定を顕示できるのでしたら、こちらにも大いに益があるというものです。何せ先の内乱で、当領当家の印象は酷く悪化しましたから」


 そう言ってはくれるものの、ランサーの厚意には間違いない。もう一度、深々と頭を下げるガイウス。

 それからまた、キャッキャウフフと中年三人の歓談が行われた後。


「ところでランサー卿。近日、御家中の様子は如何ですか」

「ケイリー様の号令一下、皆、領内再建に励んでいますよ。反乱側家臣より没収した所領や禄が再配分され、張り切っているのでしょう。トムキャット殿以外は」

「何か、不穏な動きでも」

「逆ですね。あれほどの戦功を挙げれば高禄、重職を得ての影響力拡大も思うがままでしょうに……それらを全部辞退し、今は郊外の館に籠もっておいでです。体調が優れぬという理由だそうですが、出入りした者から話を聞いても、どうやら本当の様子ですな」


 結局彼が内乱で望んだ褒美は、ケイリー所蔵のゴーレム銅馬だけ……と付け加え、ランサーは杯に口をつける。


「重ね重ね、かたじけない」

『悪ぃなあ、ランサーの旦那』

「いいんですよ。領内の安定は、主も私も望むところ。まあトムキャット殿の御不調は気の毒ですが、このまま大人しくしていてもらいましょう」


 貧相な中年貴族は、そういって残りの茶を飲み干した。


「ところでランサー卿。この後、良いところをご案内しますよ」

「良いところ、ですか?」

「可愛い子が沢山いまして」

「ほうベルダラス卿! それは、大いに興味をそそられますな」


 ぐわ、と。牙を剥いて応える獅子。

 その笑顔に慣れたランサーも、唇を歪める。


「実はそろそろ、保育所のお昼寝時間なのです」

「ほほうお昼寝!」

「場所をですね……取ってあるのですよ。ランサー卿の分も」

「是非、ご一緒させていただきたい」


 身を乗り出す痩身貴族に、凶相王が頷く。


「では用意させますので、着替えてから行きましょうか」

「着替え、ですか?」

「ええ。子供らが私たちに群がり眠るもので」

「最高ですね」

「……その、中には寝小便をしてしまう子もいるのですよ」


 なるほどなるほど、と首を上下させるランサー。

 耳裏を掻きつつ、レイングラスがそこへ提言する。


『それじゃ洗濯大変だろ? お前らが裸で寝りゃあ、いいじゃねえか』


 天啓を受けた中年二人の視線が、赤胡麻色のコボルドへ突き刺さった。


「なるほど合理的だ、冴えているなレイングラス」

「流石ですな! レイングラス殿」

『ウィヒヒ、よせやい』

「ダメだこのオッサンら」

「「『わっはっは』」」


 頭を振って指揮所を出て行く少年と、上半身裸になり、なおも盛り上がる中年たち。

 ちなみに直後、訪れたダークが事情を聞き「自分も参加するであります」と服を脱ぎ始めたため彼らは正気に戻り……暴走は未然に防がれたのだという。



 その晩、皆が寝始めた頃合いだ。


《発:あわあわ 宛:みんな……カジカジカジ》

『『『火事だー!』』』


 王国民は霊話と叫びで、微睡みから一気に引き戻された。

 無論コボルド王も飛び起き、出入り口に頭をぶつけつつ寝間着で外へと転がり出る。


「火元は?」

『魔法院です!』

「分かった」


 近くにいた若いコボルドからそう聞くやいなや、ガイウスは台所から水瓶を担ぎ上げ、猛然と駆けていく。

 騒然とする村人の合間を巨躯が風の如くすり抜け到着した先では、簡素な地上建物……魔法院の実験棟……が煌々と赤い光を放ちつつ燃え上がっていた。

 その周囲では研究生とおぼしき三人の学生コボルドが、


『『『うわーん! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!』』』


 煤で汚れた顔を涙で濡らしながら右往左往している。どうも、彼らの失火らしい。


「中に取り残された者は!?」

『『『いいいないですー! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいー!』』』

「そうか、ならばいい」

『『『じじじ実験のミスリルも吹っ飛んじゃいましたー!』』』

「そうかね。怪我は?」

『『ななな無いですー!』』

『あ、ししし尻尾が焦げました』

「うんうん。手当てをしてもらいなさい」


 ガイウスは安堵の息を吐いて学生の頭を一撫ですると、苦笑いを浮かべつつ消火活動を始めるのであった。


 ……結局研究棟は全焼してしまったが、人的被害は軽傷一名だけで済んだ。それに加えて魔法院本棟への延焼が防げたのは、不幸中の幸いだったろう。サーシャリアが各所に作らせた防火水槽も、役立った様子。


「……何があったんですの?」


 正座する学生三人へ溜め息交じりに尋ねるのは、コボルド王国魔法院院長ナスタナーラ=ラフシア嬢だ。


『じじじ実験してて』

「こんな夜に?」

『ふふふと思いついて、やってみようと思ったんです』

『ぐすっ。やっぱり僕たち、魔法院クビですかぁ』


 一人の言葉で残り二人も再び泣き出し、『『『ごめんなさーい』』』の三重奏が再開される。

 跪いた国王が巨躯を縮めて、彼らを慰めていた。


「一体、何の実験をしていたんですの」

『ずびー、マイリー号みたいなゴーレムを作れないかと思って』

「それで研究用のミスリルを持ち出したのですわね」


 ミスリル魔法球を核としたゴーレムの製造は、言うなれば科学的な【魔術】の応用である魔杖とは違い、高度な神秘たる【魔法】技術が必要とされる。

 それはドワーフ族の都グレートアンヴィルや東方の先進国において専門技術者の精密工芸品としてようやく作り出されるものであり、昨日今日で魔法を囓り始めたコボルド王国魔法院に手の届く代物ではない。


「……まあ、ワタクシも気持ちはよく分かりますわ」


 魔術では天才児と言われたナスタナーラでも、魔法技術は南方基準の範囲であり……到底、ゴーレム魔法球を作り出すには及ばない。製法すらも分からないのだ。

 だからこそ、自力で模索したいと研究生らも考えたのだろう。


「でもそんな複雑で高度な魔法、貴方たちも使えないでしょう? 魔杖は作れても、マイリー号のような自律、継続行動を行わせる魔法術式なんか見当もつきませんもの」

『はい……なので、その辺のややこしいのは、全部精霊に丸投げできないかなと思って』

「んん?」


 褐色令嬢が、首を傾げる。


『ミスリル銀って、どの精霊も依り代にしやすいらしいんです。あ、精霊自身が言ってたんですけど』

「んー?」

『僕らが作る魔法球は、精霊が憑依しやすく、かつ現世に関与しやすい環境作りに特化すればいいのでは? と。それなら精霊と相談しながらできますし』

「んんん?」

『動作に必要な魔素の操作は、魔杖の仕組みを転用・応用すればいけるんじゃないかな、とか』

「んーんーんー?」


 首を傾げすぎて、ナスタナーラは全身右側へ曲がっている。


『それでとりあえず火の精霊に頼んで、ミスリルへ憑依してもらったんです』

『でも上手くいかなくて、火を噴いたミスリル塊は吹っ飛んじゃうし』

『火の精も興奮して研究棟燃えちゃうし』

『『『ごめんなさいー!』』』


 また泣き出す三人の脇で、オロオロと狼狽えているコボルド王。


『『『もうしませんから、許してくださーい!』』』

「お続けなさい」

『『『え?』』』

「お続けなさい、と言っているのですわ!」

『『『えええー!?』』』


 顎が外れたかのように、学生らが口を開け驚く。


『で、でも、失敗して研究棟燃やしちゃったし』

「技術開発なんて、そもそも失敗しまくるものですわ!」

『貴重なミスリルも吹っ飛ばしちゃったし』

「研究には損失が付き物ですわ!」

『きょ、許可を貰う前に、黙って勝手に実験しちゃったし』

「それは危ないから尻叩きの刑ですわ! 腫れ上がるまでビシビシバシバシババンバンバンスパパンパンですの!」


 ヒュンヒュン鋭く空を切る院長の掌を見て、毛玉の学生らが悲鳴を上げた。


「必要な資材は、ワタクシがサーシャリアお姉様に掛け合って用意しますわ! 貴方たちはおケツを真っ赤にしつつ、研究に励みなさい!」

『『『は、はいーー!』』』


 眼前にいる王国最高責任者を完全無視した発言だが、内政面の最高権力者は赤毛の将軍なので仕方あるまい。


「……いやはや。コボルド村はいつも活力に溢れていて、羨ましいことですなあ」


 ナスタナーラの指導を見ながら独りごちるのは、やはり寝間着のショーン=ランサーだ。彼も消火作業へ率先して加わっており、全身は大いに汚れていた。

 権謀陰謀で家中が二分され、家臣相打つ内紛を経験したこのお人好しにとって……この言葉は、心底からの本音なのだろう。


「ですがこれからのジガン家は、ノースプレイン領はきっと良くなります。決して、負けはしませんからね!」


 過去を拭い去るが如く顔を手の甲で擦り。ランサーは力強く、やはり一人呟くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る