188:またね先輩方

188:またね先輩方


 到着より三日間、アノーをはじめとする元鉄鎖騎士団員たちはコボルド村を堪能した。堪能しまくった。

 人界には無い【大森林】珍食材に舌鼓を打ち、宴では毛皮の村人と共に踊り、精霊の仄かな揺らめきに驚き、湖のヌシの姿と曲芸に喝采をし、塩の岩場見物で歓声を上げ、朝陽夕陽に照らされる双子岩を楽しみ、薬草蒸し風呂と按摩で安らぎ、モフみ著しき子供らと遊び、現地文化に触れたのだ。

 対象層である貴族は狩りを嗜む者も多いからと、魔杖を手に魔獣狩りへ同行したほどである。やはり美味しく獲物は食卓に上り、魔獣の角や牙、頭骨は土産となった。


「本当、森しかないわね!!」


 満喫しきった顔で、指揮所の椅子に腰を下ろすアイリス=アノー。


「まあ、そう思っていただくのも目的なので」

「そうねぇ。田舎の観光地なんか攻めたら、馬鹿丸出しだものね」


 サーシャリアの言葉に、元騎士の先輩は伸びをしつつ応じる。


「……で、いかがでしょうか」

「木ばっかりとは言え、【大森林】の中っていうだけで都会の人間には目新しいし。魔獣対策も警備がしっかりしているから安全で、治安問題はそもそも無いから女子供を連れてきても大丈夫。住民も可愛い。んー、おとぎ話の世界よね、はっきり言って。ガッちゃんの村らしいと言えばらしいけど……ま、悪くないんじゃないの?」


 有り難うございます、と頭を下げる赤毛の後輩。


「そうねぇ。細かいことを言えば、ここの公共浴場は女湯男湯の区別も無いから、来客用は別に作っておいた方が良い、とかはあるわね。生理的な問題は、便利不便以前の話だから」


 コボルド族は元々蒸し風呂による入浴習慣があるものの、種族的に裸を意識しないため混浴なのだ。サーシャリアら人界出身者同士は男女一緒にならぬよう交替で使うものの、ナスタナーラは無頓着に入っていくため、エモンから度々苦情が寄せられていた。

 確かに外世界からの客を迎えるのであれば、専用の浴室を用意しておくべきだろう。


「対応しておきます」


 そこに加えて述べられる、幾つかの改善点。

 欠け耳の半エルフは、それらを全て手帳に書き留めていた。


「まあ言い出したらキリがないけどね……あ、そういえばフラッフちゃんから聞いたけど、宿は新しく建てるんですって?」

「はい。お客用の宿舎は、竪穴式ではなく一般的な人界風地上建築にしようと思っています。寒さの厳しい冬はどの道、雪で観光客は来られませんし」

「何言ってるの、宿は絶対にコボルド風竪穴住居で建てなさい。わざわざ現地の売りを殺すことは無いわ。精霊さんの加護とかで、快適なのでしょ?」

「え、ええ。ですが都の人たちからすると、その、あの……貧相に感じるのではないでしょうか」

「いいのよ、秘境巡りなんて非日常を求めてくるんだから。そもそも王都イーグルスクロウ自体が近隣諸国では一番発展しているから、修了旅行(グランドツアー)で他所の貴族子弟が訪れる場所なのよ? あそこ以上の立派さを、どうやって作るというの」


 そういう方向で考えるのは止めなさい、と付け加えつつアノーは諭した。


「……それにしても驚いたわ。村の見た目は素朴だけど、衛生的。村人も皆読み書き計算ができて、きちんと教育を受けているのが分かるわ。とても人界と隔絶した【大森林】の中とは思えない文化的な環境よ。デナンちゃんの目論見通り、訪れた人はコボルド族への評価が大きく変わるでしょうね……変わらない奴は、そもそもここへ来ないし」


 頷くサーシャリア。


「デナンちゃん」

「はい」

「来年あたりから王都イーグルスクロウへ、コボルド族の留学生を出しなさい。本当に文化交流と相互理解を得たいなら、受け身なだけじゃなく自分から出向かせることも必要よ」

「え……あ、はい!」

「身元は私の家で預かるし、通う学校も世話するわ。多少頭の固い跳ねっ返りがいたとしても、アノーの客に手なんか出さないでしょ」


 宰相派が中枢を占める今でこそ本流から外れているが、アノー子爵家は建国の遙か以前からイグリス王家を支え続けた名門だ。だからこそ前イグリス王は当時、子飼いのガイウス=ベルダラスとアノー家子女との縁談を考えたのである。


「そこまで……」

「いいのよ。今じゃ政治的なことは何もできないけど、そのくらいなら、いくらでも協力してあげるわ。オデコちゃんは大人しく、先輩に甘えておきなさい」

「あ、ありがとうございます!」


 上下する赤毛を、わしわしと撫でるアノー。


「ああ、そうだ……一つ、重要なことを言い忘れていたけど」

「はい。何でしょうか」

「軍隊組織でも、よく部隊の紋章(エンブレム)に動物や戯画を使うでしょう?」

「そうですね」


 馬や山羊といった動物や、その擬人化絵が所謂、団体象徴(マスコット)として用いられる……それは、イグリス王国のみならず大陸全土で古くから存在する伝統だ。観兵行進(パレード)に動物や扮装者が同行するのも、馴染み深い光景である。


「ああいうのを一つ、コボルド村でも作っておきなさい。まあ『コボルドくん』とかそういう適当なので良いと思うわ」

「分かりました……確かにやはり、そういうのはあったほうが良さそうですね」

「うん、それもあるけどね」


 特に真剣な面持ちで、アノーがサーシャリアと視線を合わせる。


「……ガッちゃんをお客さんの前に出しても大丈夫なように、それを模して全身被り物を用意しておくのよ……」


 赤毛の後輩は、深い納得と共に頷いていた。



「「「ガッちゃん、コボルドのみんな、まったね~!!」」」

「デナンちゃん! 準備が整ったら、また手紙を寄越しなさーい!」


 馬車の後ろからから身を乗り出し、ブンブン手を振る元鉄鎖騎士団員たち。


『『『またあそびにきてね~!』』』

『『『またいらっしゃーい』』』


 護衛の親衛隊と枯れ川へ入る彼女らの姿が見えなくなるまで、毛玉の住民は波打つように手を振り返す。気持ちの温まる、微笑ましい光景だ。

 計画が順調ならばこの景色は何度も繰り返され、コボルド族と人界との融和を少しずつ進めていくことだろう。それはこの場にいる、皆の願いであった。


「さてと。まだまだやることは沢山ありますね」

「うん」

「ガイウス様にも頑張ってもらいますからね!」

「うん」

「着ぐるみ芸とか練習しましょう!」

「……うん?」


 微笑みだけで返したサーシャリア。彼女も、目的への道を一歩ずつ踏み締める手応えに高揚を感じずにはいられない。


 ……【大森林】の夏も、盛りを過ぎる頃合いである。

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