187:おいでませ先輩方
187:おいでませ先輩方
「「「ガッちゃん元気してたー!?」」」
「「「やだ団長、野良着で馬鋤引いてたの? 似合うー!」」」
「「「ちょっと肥えたんじゃなーい?」」」
「はっはっは、皆、元気にしていたかな? 痛い痛い、脇腹を抓らないでくれたまえ」
親衛隊の護衛を受けつつ、枯れ川途上に設けられた宿舎で一泊した十人ほどの御婦人一行。彼女らは今、村広場で出迎えた元鉄鎖騎士団長に群がり、キャイキャイとはしゃいでいた。
ガイウスに腕を組んだり抱きつく麗人たちを、サーシャリアは微笑みと青筋を浮かべ眺めている。
「せ、先輩方、ようこそいらっしゃいました」
「「「オデコちゃん、招待ありがとうね!」」」
「はぁ……先輩たち、私のことそんな風に呼んでたんですね……まあいいですけど……」
「「「だって可愛いんだものー!」」」
溜め息をつくサーシャリアの肩を、ケラケラ笑いながら叩く貴婦人たち。
そう。彼女らは鉄鎖騎士団時代のサーシャリアの先輩騎士にして、ガイウス=ベルダラスの元部下なのであった。もっとも今は皆、退役した身だが。
サーシャリアは今後観光客を招くにあたり、王都の貴族から参考意見を聞いておきたいと、旧知の彼女らへ相談の手紙を出していたのだ。
「でもアノー先輩。まさか、お返事をいただく前にお越しになるとは思いませんでした」
「ああうん、手紙貰った翌日にはみんなと話纏めて予定組んじゃったから。あとびっくりさせようと思って」
後輩の頭をワシワシと撫でつつ、楽しげに言い放ったのはアイリス=アノー。
この一団ではリーダー格で、現在は婿を取りアノー子爵家当主を務める身だ。実は十七年前に彼女の伯母とガイウスは、当時の王の差配で縁談が持ち上がりかけたこともある。
「皆さん、旦那様はよろしいのですか……?」
「大丈夫よ。王領(ミッドランド)人の家庭は伝統的に妻が強いの。ねえ皆?」
「「「そうよねー!」」」
一斉に声が返ってくる。軍を離れても、見事な統率だ。
「それより道中、大丈夫でしたか? 内戦時は治安が相当悪かったので、もっと落ち着いてからお招きしようと考えていたのですが」
「んー? 別に大丈夫だったけどね? 街道沿いでは頻繁に巡邏とすれ違ったし、ライボローからここに来るまでだって、何度か巡回の騎兵を見かけたわよ」
なるほど。ケイリーとしては新体制の正当性と力を誇示するため、自分で乱した治安の回復に注力しているらしい。新たな役や任地を任された家臣とて、それは同様なのだろう。
「まあもっとも、強盗ごとき返り討ちにしてやるけど」
騎士団時代の盗賊団討伐任務において、三人の無頼をアノーが瞬く間に斬り伏せた光景をサーシャリアは思い出していた。「ダークが手合わせで一度も勝ったことが無い」と付け加えておけば、その剣技のほどが窺えるだろう。
「ですよね……」
ちらりと馬車へ視線を向けると、中には先輩方ご愛用の武具がキッチリ即応形式で搭載されている。貴族名家の御歴々だけあって高価な魔杖も全員分揃えられており、ドレス貴婦人の見た目に騙され襲撃すれば、野盗が返り討ちどころか血祭りに上げられるのは疑いない。
「……デナンちゃん。左足は、どうしたの?」
「え? ああ、ええ。昨年、冒険者との戦いで」
まるで忘れていたかのような反応。
先輩は優しげに目を細めると、後輩の頭を再びグシグシと掻き回していた。
「んだよ。サーシャリアもこんなに知り合いがいるなら、こないだの戦いも助けて貰えば楽だったのによ」
その様子を傍らで眺めつつ、つまらなさそうにぼやくのはエモンだ。
昨日御婦人方の来訪を知った時は大はしゃぎもしたドワーフ少年だが、全員既婚者と聞いて途端に興味を失っていたのである。
「馬鹿言わないでエモン。皆それぞれに家と責任があるんだから、そんな無茶できるわけないでしょ!?」
「んー、というより少年。剣に生き剣に斃れるは武人の本道であり本懐なの。武で事を成そうとした団長やデナンちゃんが敗死したとしても、私たちは『あ、そう』と思うだけよ」
「お、おう……そんなもんなのか」
そのやりとりに、ちょっと顔を背けるサーシャリア。
「でもそうならなくて良かったけどー! ねー! うりうり」
「あばばばば」
激しくアノーが指を動かす。もうサーシャリアの髪はぐしゃぐしゃだ。
エモンはそれを横目にしつつ、「オッサンの知り合いって、剣がドレス着てる類しかいねえのかよ……」と立ち去っていった。入れ替わりに、黒ずくめの人物が現れる。
「いやいやお久しぶりであります! アノー先輩!」
「あら、ダークもここにいたのね……まあいるわよね」
「それは勿論。渡世の義理という奴です。ケケケ」
「ふーん」
悶えるサーシャリアの頭部を二人がかりで揉み崩し、短く終わる彼女らの挨拶。
間に挟まれた哀れな赤癖毛は、手入れ無き植え込みの如き有様だ。
「はいっ! みんな一斉にー!」
『『『ようこそー!』』』
『『『こぼるどむらへー!』』』
場を、わっと賑やかで可愛らしい合唱が包み込む。
それはナスタナーラに引率されたコボルド児童らによる、歓迎の挨拶であった。お手製の横幕まで掲げられている。
「「「やだ可愛いー!」」」
「ぐふっ」
元団長を突き飛ばし、毛玉の群れへ殺到する元騎士団員たち。尻尾を振ってべふべふと、子供らもその愛撫にご満悦だ。
「良いわねデナンちゃんッ! これは『有り』よッッ!」
「有り難うございます!」
上半身を捻りつつ親指を立てたアノーに、サーシャリアが応えた。
児童を引率していたナスタナーラも、満足げにふんぞり返っている。
「ラフシアの御令嬢も、来ていたのねえ」
「え、ええ。ついこの間」
「……ま、あの子は家を出た身だし大丈夫でしょ。上手くおやりなさいな」
アノーは特に追求もせず、仲間へ視線を戻す。
「「「ねえオデコちゃん、この子連れて帰ってもいいー!?」」」
『『『わーい』』』
「ダメです!!」
「「「けちー!」」」
真似して『『『けちー』』』と声を上げる毛玉。
慌てた母親コボルドたちが、『めっ!』と叱りつけていた。
「んもう……」
「はっはっは」
兎にも角にも、最初の掴みは上々の様子。
「さ、デナンちゃん。【大森林】のコボルド村、色々回らせてもらうわよ? 面白そうなところは、私たちが王都でしこたま言いふらしてあげるからね!」
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