186:親方は元気ですよ

186:親方は元気ですよ


『ヒカリタケって森の外だと珍しいのよね?』

「ええ奥様! ウンコが光るところまでも楽しんで貰えると思いますわ!」

『村でも栽培してるし、定番食材として使えそうね。黄金ドングリのパンはどうかしら』

「人界のパンとは大分風味が違いますけど、それはそれで味わい深いですの!」

「肉料理は……狩りでは何が採れるか分かりませぬから、色々な料理を考えておきたいですなあ」

『そうさね。蟲熊、木喰い蜥蜴、一角猪、槍孔雀、斧角鹿、剛力栗鼠、喉裂き兎、跳び穴熊……あ、幹折りヘビも美味しいんだよ。そういや二足鮫は今年お目にかからないね』

『昔は魔獣をこんなに狩れなかったけど、いい時代になったわ~』

「お肉なんて焼いて塩ふれば大抵美味しいですわ!」

「お前、そりゃあエモンから山猿呼ばわりされるでありますよ。……いや、美食に慣れた者なればこその境地でありますかこれは……?」


 研究用に特設された屋外調理場で繰り広げられる議論。その横を通り抜け、無精髭の大男が歩いて行く。

 彼の後ろには三十人前後の丸々とした妖精子犬が行列を成していたが、王の行く先が湖近くの鍛冶場だと知るや『『『あぶないからこどもはいかなーい』』』と、これまた団子になって広場の方へ走って行った。言いつけをしっかり守る、良い子たちである。


「親方、いるかね」


 到着したガイウスが鍛冶場を覗く。先程まで仕事をしていた気配と熱が感じられるが、中は無人だ。しかし裏手が騒々しいので、そちらにいるのだろう。

 建屋を回ってそちらへ向かう彼。するとドンドコドコドコ、鼓を打つような音が聞こえてくるではないか。


「はいーやー!」

『『『ハイ! ハイ! ハイ!』』』


 本当に太鼓を叩いている音であった。

 見れば腰蓑姿の親方と鍛冶コボルドらが、音頭に合わせ火の付いた棒を振り回し、声を上げて踊っているのだ。


「やあ、賑やかだな」


 ひょいと手を挙げつつ、ガイウス基準の破顔。しかし、それを見た親方の表情は凍り付いている。


「旦那……見ちまったな?」

「ああ、うむ?」

「見られちまったら、仕方がねえ」


 首を傾げるガイウスを尻目に、親方はドスの利いた声で「おい、もう一つ持ってこい」と弟子に命じた。『へいっ!』と元気の良い返事。


「炉を動かす礼に、精霊へ捧げる踊りだろう? 以前に長老が見せてくれた」

「ああそうさ。爺さんが『毎回やるのはしんどいわい、お前も自分でやれ』とか言うもんでな。仕方なく、俺らがやってる訳よ」

『親方、持ってきたッス』


 滑り込むように戻ってきたコボルドが掲げたのは、皆が付けているような腰蓑だ。


「旦那」

「うん?」

「旦那もやれ」

「え!? いや、私は別に……踊りは……苦手で」

「やれ」

「はい」


 鬼気迫る親方に気圧されたコボルド王が、反射で首を上下に振る。


「いいな、これは口封じだ。これで俺と旦那は同類よ。もし旦那がこのことをウチの娘にバラしたりしたら、俺は旦那を殺して俺も死ぬ。そしてあの【イグリスの黒薔薇】が裸に腰蓑姿で踊り狂っていたと、イグリス全土に言いふらしてやるぜ」


 死んでしまえば言いふらせないとは思うが……そう返せぬ圧が、そこには感じられた。幾多の死地を潜り抜けて来たガイウス=ベルダラスも、ただ頷くことしかできない。


「よし、じゃあやるぞ。火の精霊は、まだ満足していないらしいからな」

「う、うむ」


 ……こうして四半刻(約三十分)ほど。

 中年二人と毛皮の工廠員らは、ドンドコドコドコと大事な仕事に精励したのであった。



「……そうか。平和になっちまうだけじゃなくて、観光地かぁ」


 会議の内容を聞き、親方ががっかりしたように肩を落とす。


「つまらんつまらん。もっとこう切った張った、コボルド村が戦乱の中心になってくれりゃいいのによ」

「はっはっは。それは困るな」

『ソッスよ親方、不謹慎ッスよ不謹慎』

『『『そーだそーだ』』』


 弟子コボルドらが、鼻に皺を寄せ苦言を呈する。「グムー」と唸り、ばつが悪そうな顔の親方。


「観光ねえ。まあ商売ってのは素人が簡単に真似できるもんでもねえが、外交接待の一環という位置づけなら、また話も違ってくるか」


 そう言って、冷ました薬草茶を一息で飲む。


「親方は、これからどうするかね」

「あー……今更ライボローに帰って、娘夫婦から厄介者扱いなんざ御免だぜ。当分、ここで鍛冶場を続けるさ」

「それは有り難い」

「なぁに、ここなら魔獣相手で俺の武器を毎日使ってくれるからな。それこそ平和になっちまった人界なんかより、こっちのほうが感想も聞けて面白いってもんよ。それにミスリルをこんな頻繁に扱う仕事なんざ、町の鍛冶屋じゃありえねえからな」


 ここ最近の工廠業務も、一部の魔杖をミスリル工具に改鋳するものであった。

 この手の作業は魔剣を打つ時の練習にもなる、と親方は捉えているらしい。


「ま、観光やるなら、そのうちに出先の窓口も必要になるだろう。ライボローに事務所を構える段階になったら、言ってきな。俺が商工会議所に口を利いてやる」

「かたじけない」

「よせやい。【イグリスの黒薔薇】に頭なんか下げられちゃあ、こっちがこそばゆいってもんよ。あー痒い痒い」


 照れくさそうに、親方が顎を掻いた。

 ふと、その髭や髪がやけに整えられていることに気付くガイウス。


「……そういえば親方、何だか最近小奇麗にしているね」

「ん? ああ……ほらよ、この工廠って男は俺しかいないだろ?」

「ふむ。そういえばそうだったな」


 応募条件には何も課していないのだが、何故か鍛冶場勤務の希望者は女コボルドばかりなのだ。


「身なりが汚えと、ここの弟子どもは色々うるせえんだよ……やれ髪を切れだの、鼻毛が出てるだの、ちゃんと風呂に入れだの、汗拭き布を交換しろだの、作業着を洗濯しろだの、下着を毎日替えろだの……」


 なるほどよく見れば、工廠内は整理整頓のみならず、清潔感のある休憩所には活けた花瓶なども見受けられる。ライボローの鍛冶場には、無い光景であった。


「じゃあ、その髪と髭は」

「ああ、油断したら椅子に縛りつけられてな。強制散髪よ。やれやれだ」


 嘆息の鍛冶職人。ただ、満更でもない様子だ。


「しかしよ……」

「ん? どうしたのかね」


 じろりと片目でガイウスを見ていた親方が、渋い顔をする。


「旦那が武人として、常在戦場の心積もりなのは分かるけどよ」

「いや、別にそんなことは……」

「それでもやっぱり今は戦時じゃねえんだ。旦那も髭ぐらい、ちゃんとしたらどうだ? 剃るなり、整えるなりよ」

「ぬ? ぬう」

「ああほら髪も大分伸びてるじゃねえか……だらしねえなあ」

「ぬ、ぬぬう?」

「よし! お前ら、やっちまいな」

『『『ヘイッ! 親方!』』』

「ぬ、ぬおお!?」


 いつの間にか【そちら側】の人間になっていた親方の指示で、弟子らが一斉に国王へ襲いかかる。


 ……鍛冶場へ行ったはずなのに、やたらこざっぱりして帰ったコボルド王。

 その姿を見て、王宮の皆は首を傾げることになるのであった。



《発:枯れ川入り口警備班 宛:指揮所……緊急連絡 指示ヲ請ウ》


 和睦成立から、約一ヶ月後。

 その日も指揮所でサーシャリアが帳面と格闘していると、副官のホッピンラビットが息を切らせて駆け込んできたのだ。


『閣下! 枯れ川入り口警備班から緊急霊話が入りました!』

「あら、ひょっとして誰かが手紙を届けに来てくれたのかしら?」


 心当たりがあるのだろう。ニコニコとしながら、副官に問う将軍。


『い、いえ違います。その……武器を所持した来訪者だそうなのですが、一団が入国を求めておりまして』

「武装した来訪者? ルース商会やランサー卿じゃなくて? ジガン家の使いでもなく?」

『え、ええ。それで閣下のご判断を仰ぎたいと』


 ペンを置いたサーシャリアの表情が、硬くなる。


「野盗や冒険者って訳……は、まあないわよね」

『はい、その類いではない様子ですが……もっとちゃんと話を聞くように、指示を飛ばします』

「お願いね。あくまで、霊話のことは気付かれないように」


 おそらく現場でもその配慮があるため、やり取りが遅くなるのだろう。


『はい……あ! 続報が届きました。発言内容が平文で来ましたので、そのまま読み上げます』

「お願い」


 固唾を飲んで、赤毛の半エルフは副官の言葉を待つ。

 その視線にやや緊張しながら、ホッピンラビットがゆっくりと口を開いた。


『えーと……【ガっちゃん、そしてオデコちゃん元気ー? お手紙貰った元鉄鎖騎士団の先輩たちが、はるばる遊びに来てあげたわよー!】』

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