185:観光安全保障政策

185:観光安全保障政策


 観光立国、おいでませコボルド村。

 言葉の意味は分かるものの、その真意を掴み損ねたモフい民らが首を傾げていた。


『カンコーっていや、珍しい物を見たり食べたりしにいくことだよな。リッコクっていうのは、それで国を存続させていくことだろ?』


 そうです、とサーシャリアが猟兵隊長レイングラスの問いに答える。


『それと村の守りに、何の関係が……?』


 クイッ! 意気揚々と眼鏡をかけ直し、見栄を切る半エルフの将軍。


「はい! 相互理解を深め、人界からの印象を良くするためです! 同時にコボルド王国には【大森林】を基とした自然資源程度しかない、ということも広く知らしめておきます。講和が成ったとはいえ、これは今後の平和を恒久的に保障するものでは決してありません。兵力に限界のある我々は、人界に対し防衛上の優位を保ち続けるのが困難である以上、そういった側面からの安全保障をも構築していく必要がある、と私は考えるのです!」

『すまん、よく分からん』

「つまりだね」


 背中から肩、頭までびっしり毛玉の男衆によじ登られたガイウスが、小さく手を挙げ割り込む。


「ランサー卿と我々のように、きちんと話が成り立つ相手だと分かっていれば、理不尽な殺し合いにはなりにくいだろう? これまでの捕虜にしても、捕らえる前と帰す時では全く態度が違ったはずだ」

『だよな。うん、それは分かってる』


 これまでも再三説明された方針である。直情的な赤胡麻の狩人でも、それは重々承知しているようだ。


「例え話を用いるが。ところでここに、肉は不味く皮も使い道がない魔獣がいるとする。狩人のレイングラスは、わざわざ危険を冒してそんな獣を狩るかい?」

『んな訳ねえだろ、怪我するかも知れねえのに。割に合わねえ』

「いかにも。実際にコボルド村を見てもらう機会を作ることで、その経済的、戦略的価値の無さを知ってもらうのだ。見てきた人間が世間話の種にでもしてくれれば、なお良い」

『ああ、そういうことか』

「俺も分かったぜ! つまりここがひたすら木と魔獣しかねえクッソ辺境の超ド田舎だと世間に宣伝する訳だな!」


 指を鳴らして余計なことを叫んだドワエモンが、周囲のコボルドからポコポコ叩かれ悲鳴を上げていた。ナスタナーラもどさくさに紛れ「キャッキャッ」と少年を叩いているが、これはまあ、いつものことだろう。


「コホン……勿論、ルース商会が買い取ってくれるように、森で採れる珍重品には価値がある。あるが、それははっきり言って領主が軍を動かす程のものではない。欲しいならその都度買ってしまうほうが、戦争なんかよりずっと安く済む」

「そもそも継続的に経済へ組み込みたいのでしたら、【大森林】に潜れる採集人のコボルドを殺したら意味が無いですしね」


 それは、かつて一部の冒険者らが試みたことでもあった。もっとも彼らはその稚拙さに短絡や残虐性から、交渉ではなく虐殺や略奪を選んで報いを受けたのだが。


『なるほどッ! この場合コボルド王国における観光立国というのは! それで糧を得るという意味ではなくッ、存続と平和を維持するための手法だということですなッ! さしずめ観光安全保障政策と言ったところでしょうかッ!?』


 ブルーゲイルはとても暑苦しいが、こう見えて準第二世代きっての秀才なのである。

 だが「えらいえらい」とガイウスに撫でられ、げへげへ言いながら尻尾をぶぉんぶぉん大旋回させる姿は、親衛隊長としての威厳に些か欠ける……いや、コボルド王国の親衛隊長としてはそれが真っ当なのか。


「この間の冬のような状況を除けば、基本的にコボルド村は自給自足の環境です。観光収入に依存することもなく、あくまで安全保障の一環、外部宣伝の手段としてやっていきましょう」

『気の長い話じゃのう』


 長老が笑みを浮かべながら呟いた。


『じゃが即効性のある手など打ちようもないし、こうでもなければ平和的にヒューマンをこの地へ招くのは難しかろう。一部の商人以外は、そもそも来る用事なんか無いからの。ワシは、お嬢ちゃんに協力するゾイ』

「有り難うございます、おじいさん」


 かつて人間嫌いの急先鋒であった老人が真っ先に支持を表明したことは、やはり意味があるのだろう。他の年配者や高齢者も、肯定的に受け止めているようだ。


『まあいいんじゃない?』

『俺はちゃんと分かってたぜ?』

『俺も俺も』


 ワイワイと語り合い、頷きあうコボルドたち。丁度そこにフラッフやフィッシュボーンら若者が茶を運んできたこともあり、場の空気は和み、纏まり始めた。

 そんな中で、ポカポカ地獄から解放されたエモンが再び声を上げる。


「でもよーサーシャリア。そんな経済的にも資源的にも無価値な【大森林】真っ只中の魔境へやって来る物好きがいるのかよ」

「いるのよ、それが」

「いますわねぇ」

「え」


 即座に答えたサーシャリアと、賛同するナスタナーラ。二人の反応に、ドワーフ少年は目を点にした。


「あるのよ、こう……イグリス王国では贅沢に飽きた貴族やお金持ちが、秘境見物とか珍獣観察でわざわざ西方や東方にまで旅行する流行が……ちょっと前から……」

「そうでなくとも社交界で話題となるために、珍品や話を仕入れたがる方は殿方御婦人問わず結構いますのよ」


 ノースプレイン内乱という一地方の騒乱はあったものの、五年戦争以後落ち着きを見せるイグリスと周辺諸国では、街道や駅馬車などの交通環境も整えられつつある。昔は旅と言えば商業などの実務的な動機が大半であったが、近年は純粋に私的な旅行が富裕層や貴族の間に広まりつつあるのだ。

 修了旅行(グランドツアー)という、裕福な貴族子弟が学業修了後に国外領外を周遊することを指す言葉が生まれた程である。


「そうだな、よく考えたらこんな色物のトンチキ山猿伯爵令嬢が存在するくらいだものな……どこにでも物好きはいるか……」


 令嬢の大きな掌で顔面をギリギリ鷲掴みされ、ぐったり沈黙する少年。


「ノースプレインだけじゃないわ。王領(ミッドランド)や他の地方領でもコボルド村が『素朴な観光地』という印象……特に貴族や富裕層の間に広めたいのよ。たとえノースプレインとの関係がこじれた時でも、中央や他領からの外聞を憚って武力行使は躊躇うように、ね」


 先のザカライア=ベルギロスの遠征は例外中の例外と言えるし、その彼もあの時点ですら戦下手の非常識者として評判を著しく落としている。

 理と利で動くケイリーの陣営ならば、そのあたりは疎かにされまい。


「ですので、これからは皆さんのお知恵を借りて観光要素となるものを考えていきたいと思います。現在は順路を吟味し、十分な警護を付けての【大森林】見学ツアーや、魔獣や妖植物を用いたご当地【大森林】料理を主婦連合の協力で研究していますが、他にも案があれば是非教えて下さい」


 男衆の背後で、最大派閥の皆様が鼻息荒く力こぶを作った。意気込みはともかくとして、麺棒や包丁、柄付き鍋を携えるのは怖いので止めていただきたいところである。


『警護の際はッ、是非親衛隊にお命じいただきたくッ!』

「ありがとうブルーゲイル。練度を維持するための実戦訓練の側面もあるから、期待しているわ」

『ハハーッ!』


 そこへ、鼻を啜りながら挙手のフィッシュボーン。


『湖のヌシ、きっと、ヒューマンには、珍しい』

「あらそうね!」

『そう思って、相談しておいたら、石くれれば、いくらでも協力してくれるって。宙返りもできるって、言ってた』

「まあ凄いわ! 流石ね」


 和平交渉の帰り、ガイウスやレッドアイらと話し合っていたのを聞いていたのだろう。

 ぼんやりとした表情とは裏腹に、将来が頼もしい若手だ。


『塩の岩が採れる場所なんかも、初めて見る奴には綺麗かもな。時々地面からムリムリと塩柱が生えてくるのも面白いし。ウンコみたいでよ』

「表現はともかくとして、それは有りですねレイングラスさん! 間違いなく【大森林】でしか見られないものです!」


 はい! と新たに手を挙げたのは副官ホッピンラビット。


『精霊を楽しませるお祭りや踊りも、お客が来た時にやればより賑やかでは無いでしょうか!』

「いいわね。精霊もお祭りや宴会が多いほど喜ぶのでしょう?」

『はい! 精霊はとにかく楽しい雰囲気が好きなので』


 将軍が副官の頭をナデナデする。


『はいはーい! 良いこと考えついたよ僕!』

「はいフラッフ!」

『競技観戦とか喜ばれると思うんだ!』

「却下よ!」

『まだ何も言ってないでしょー!?』


 ワイワイガヤガヤと賑わう指揮所を、コボルド王は倍に増えた毛玉を担ぎながら微笑みと共に眺めていた。


 ……こうして。

 念願の和平を成したコボルド王国は、とにもかくにも次の方向へと動き始めたのである。


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