184:凱旋
184:凱旋
『おっぱいすごくおっきいですね! 触ってもいいですか!』
尻尾を振り回し駆け寄ったフラッフが「ンモー!」と蹴られかけ、ゴロンゴロン転がっていく。
柵に背を預け眺めていたレッドアイは、『やっぱり牛は体格差があり過ぎて、コボルド族じゃ面倒見切れないな』と溜め息を漏らしていた。「ヒューマンでも、時々死人が出るからね」と横で応じるのはガイウス=ベルダラスだ。
……ここはフォートスタンズ郊外、ジガン家用達の牧場。
諸々の目的を達成した一同は帰国前に、農林大臣レッドアイの希望で人界の農場や牧場を見学していたのである。手配は、ランサーが快く引き受けてくれた。
「祝賀会では沢山ヒューマンと話して、感触はどうだったかな」
『興味半分警戒半分といったところだろうな、良くも悪くも』
実際に交戦したのはマニオン軍のみだったことが、深刻な確執を生まずに済んだのだろう。
『普通の会話も善意悪意に嘘の臭いがプンプンだが、まあそんなのはルース商会の連中だって同じさ。ヒューマン相手にそういうのを一々気にしても仕方がないってのは、もう十分に分かってる』
お前の魂が分かりやす過ぎるんだよと付け加えながら、視線を戻す。
向こうでは、農夫の指導を受けながら山羊の乳を搾るフィッシュボーンの姿があった。
『山羊ならまあ……なんとかなるのかなあ』
「子供の頃、村で飼っていた山羊はもっと小型の品種だった。ダギー=ルース殿に頼めば、調達できるかもしれない」
『ガキどもに乳を飲ませたり、チーズやバターってのを作れるのは魅力ではあるな』
「サーシャリア君も欲しがっていたね」
『ああ。あの子が食材に注文を付けるなんて、珍しいと思っていたが……』
二人が揃って右を向く。
将軍は草の上に座って「あれもあれも」とブツブツ呟きながら、手帳や帳面相手に格闘していた。
『それにしても、昨日は手紙も沢山書いていたし……やっと和平成立した直後だというのに、一息つくどころかすごい張り切ってるよな』
彼女の因果な性分である。
「サーシャリア君には、苦労をかけっぱなしで心苦しいなあ」
『お前が、戦争以外じゃまるで役に立たないからだよ』
「誠にお恥ずかしい次第です……」
しゅん、と肩を落とすコボルド王。
「……サーシャリア君が言っていたように、これからは村の方針も変わる。対抗から協調、閉鎖から開放へと」
『そうだな、皆の意識改革も必要になりそうだ。戸惑いもあるだろうよ』
「まあせめてそのあたりは、私が受け持とう。サーシャリア君が、思うよう動けるように」
『年配の男衆や年寄りは、俺と長老に任せてくれればいいさ。ゴブリン族はレイングラスにやってもらおう。お前は、若い連中や子供の相手をしておけ』
頼れる農林大臣だ。承知、と頷くガイウス。
「御婦人方はどうするかな」
『ありゃ大丈夫だ。そもそも主婦連合はサーシャリアちゃんの支持母体だぞ。何があっても、あの子の味方だよ』
「確かに確かに。それは心強い」
『コボルド族は、伝統的にカカア天下だしな』
王国最大派閥にして武闘派が後援会なのである。これほど盤石な支持基盤があるだろうか。
『……というよりむしろ主婦連合を怒らせてボコボコにされる奴が出ないように、俺たちが先回りして気をつけるんだよ……』
「……なるほど……」
異種族中年二人は国内の平和を憂い、深刻な顔で溜め息をつくのであった。
◆
念願の和平を結び村へ凱旋した使節団は、毛玉の国民らに歓呼の声で迎えられる。
『『『国王万歳(ロングリブ・ザ・キング)!』』』
『『『王国万歳(ロングリブ・アワー・キングダム)!』』』
『『『将軍ステキー! こっち向いてー!』』』
彼らの苦難と犠牲は長い戦いの末にとうとう報われたのだ。その喜びがいかに大きいことか。
早速、精霊への感謝も兼ねた祭りが催され、コボルド族のみならずゴブリン族も招いての宴となった。水辺からは出られないものの、湖のヌシへも酒や好物の石が供えられている。
なお馳走の準備中につまみ食いをした若者が数名、主婦連合の手によって簀巻きで吊されており……農林大臣と国王に、彼らの重責を実感させていた。
……会議が催されたのは、その翌昼だ。
「そろそろ皆集まってくるわね」
『はいッ!』
サーシャリアの言葉へ暑苦しくも元気に返事したのは、甲斐甲斐しく準備を手伝う親衛隊長ブルーゲイル。
「貴方の耳……千切れちゃったわね」
『ハッ! 傷が塞がった直後は多少違和感も有りましたが! 今ではどうということもありませんッ!』
ピシッ! と背筋を伸ばし答える青被毛のコボルド。
先の戦いで魔杖射撃を受けた彼の左耳は、三分の一ほどを残して千切れている。
『何よりホラ、この左耳で私は将軍閣下とお揃いでありますので! お揃い、お揃いッ!』
「ふふ。何それ、流行ってるの?」
『村では昔からよく言ったそうですよ! 狩りで怪我人が出ることは、以前は珍しくなかったので』
「そっか」
コボルド族なりの諧謔を、サーシャリアはそこに見た気がした。
「うふふ、私たちお揃いね」
『はいッ! お揃いですッ!』
尻尾をばるんばるん旋回させる親衛隊長。
自分に向けられる敬意に気付くには、赤毛の将軍はまだ、若い。
『皆さんをお連れしました』
「お待たせ、サーシャリア君」
『ふぉふぉふぉ』
『やっほー、サーシャリアちゃん』
頃合い良く、ぞろぞろと指揮所に入ってくる首脳陣や国民たち。それぞれが席に着いたり立ち場所を確保したところで、会議は始められる。
まずは和平の成立について順を追い説明がなされ、会場は一晩越しに改めて拍手で包まれた。
ただし続いて将軍が懸念材料であるトムキャットの宣言を話し、そしてそれを聞き出した経緯を説明すると……一転して指揮所はお説教の場と化した。
『おいおい。危ないぜそれは』
「軽率すぎますわ! サーシャリアお姉様」
『お嬢ちゃんは前から無理しすぎじゃ。あまりこの老骨を心配させんでくれ』
「お前、そーゆーとこあるよな。気をつけろよ」
『お姉様、愚弟(フラッフ)では何の保険にもなりません。浅はかです』
『閣下の御身にもしもの事がありましたらッ、私はッ! 私はッ! ぐふぅ!』
「男と二人きりで、何かあったらどうするでありますか! サリーちゃんの純潔はこのダークに下さると約束したでありましょう!? あだーだだだだだ乳が乳がもげもげもげるであります! 捻りががが!?」
サーシャリアはダークに体罰を加えることで、何とかその場を誤魔化す。狡猾さ、というものを身につけつつあるのか。
その代わりにガイウスが護衛としての失態を皆より責められていたが……まあ、これは妥当なところだろう。
『……ま、この位にして本題に戻すかの。お嬢ちゃん、続きを頼む』
ひとしきり騒然とした場を、収める長老。
「コホン。えー、なのでコボルド王国は今後、トムキャットがジガン家家中で扇動しても大丈夫な状況、人界との関係を作っていかなければいけません」
『『『そうだね~』』』
「ランサー卿の御厚意に甘えるにしても、卿が動きやすい材料は作っておく必要があります。森の中でただ大人しくしていて、あの金髪男の思うようにさせるのは好ましくありません」
『『『たしかに~』』』
老若コボルドらが、演説に合わせてうんうんと頷く。
「ですから私は考えました! いえ、前から考えていた一つではありますが」
つかつかと黒板へ歩み寄る王国将軍。その手へ、副官ホッピンラビットが白墨(チョーク)を渡す。
「安全保障と人界交流を考慮した、これからのコボルド王国の方針は……」
カッカッカ、と板上を走る石灰棒。
現れた見慣れぬ言葉を、コボルドらが目を丸くして見つめていた。
「……観光立国よッ!!」
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