181:祝賀会
181:祝賀会
「サーシャリア君、サーシャリア君」
「はいはい!」
祝賀会会場たる広間の隅で、夜用礼装服に身を包んだコボルド王と将軍がはしゃいでいた。
「あの人が抱いてる猫かわいい」
「あ、ほんとですね! か~わい~い!」
視線の向こうにいる妙齢の御婦人は「ああ、獣の如き眼差しが私の熟れた肉体を!」と悶えているが、ガイウスらは浮かれていて気付かない。なお猫は体を強ばらせプルプル怯えており、大変気の毒な有様である。
……だがしかし、この醜態も無理からぬことだろう。幾度もの厳しい戦い、そして仲間たちの努力と犠牲の末に、求めて止まなかった平和がようやく訪れるのだから。
ガイウスは彼基準の笑みを浮かべてずっとニコニコしており、サーシャリアも酒量を過ごしているのか、上機嫌で顔が赤い。
「レッドアイたちも、宴を楽しんでいるようで何よりだ」
宴序盤にケイリーから和平成立の告知があり、心理的障壁が取り除かれたのだろう。コボルドら三人は、紳士や貴婦人からたちまち好奇の的となっていた。
期待通りと言うべきか。レッドアイは理知的な応答でコボルドの印象を怪物からヒトへと塗り替え、フラッフとフィッシュボーンはその愛嬌でご婦人らの好感を得ていた。愛嬌を振りまき過ぎて『おっぱい触ってもいいですか!』という声まで漏らしていたが、幸いサーシャリアは酔っていたため気付かず、尻叩きを免れたようだ。なお、おっぱいは沢山触らせて貰えた模様。
「料理美味しいね」
「美味しいですね!」
もぐもぐウフフとご機嫌な壁の花とシミ。
コボルドらはモフみも手伝い出席者に受け入れられているものの、逆にガイウスは見た目と悪名のおかげであまり人が寄りついてこないのだ。
だがそんなところへ、会場で最もご機嫌な男が現れたのである。
「ベ~ルダラスきょ~う! ヒック! た~のしんでますか~!?」
和平の立て役者、ショーン=ランサーだ。
コボルド村と主君の対立を解消せんと奔走したお人好し貴族が、ガイウスらに劣らぬ喜色を浮かべつつ千鳥足で歩み寄ってくる。一目で分かる酩酊ぶりであった。
「おお、ランサー殿。この度は……」
「うははははは! 良かったですなー! 良かったですなー!」
ぴょいと飛び上がり、大男の太い首へ器用に腕を引っかけるランサー。ガイウスは「おっとっと」と言いながらそれに合わせしゃがみ込み、頭を脇に抱えられる形となった。加えてランサーがその頭頂部を、ペシペシと掌で鼓打ちする。
……【人食いガイウス】【味方殺しのベルダラス】相手に、何という無謀、蛮勇!
縊り殺されるか、頭を割られるのか!? 家中の貴族、騎士らが蒼白となって見守る中。
「あいやランサー殿、ご勘弁を、ご勘弁を! わははは!」
巨躯の凶人は両手でわたわたと宙を掻くだけで、されるがままになっているではないか。
貧相な酔っ払い貴族はそれに乗じて、頬まで叩く有様だ。
……いや、「貧相」と彼を侮る気分は既に周囲から失せていた。
猛獣使いを見るに等しい驚嘆の眼差しが、ランサーには集まりつつある。
こうしてまた無闇に、彼の家中評価が上昇していくのだろう。
「フェフェ、だらしない。ショーン小僧は相変わらず酒癖が悪いねえ。ベルダラスの坊やも、戦場以外じゃ形無しだ」
中年二人のじゃれ合いをニコニコと眺めていたサーシャリアの脇に、のっしのっしと現れる闖入者。金銀装飾過多の極彩色ドレス姿に、赤毛の半エルフがぎょっと目を丸くする。
「あんたが【欠け耳】かい?」
「え!? ははは、はい!」
「あたしゃローザ=ギャルヴィンだよ。これから宜しく! お嬢ちゃん」
「ささささサーシャリア=デナンです! こちらこそ宜しくお願いします!」
いかにも女傑という雰囲気をした老婆の登場に圧倒され、握手を受けながらガクガクと頷くサーシャリア。
ギャルヴィンはそんな彼女の顔を、鼻を突き合わせるようにまじまじと眺めていたが。
「んー、綺麗な顔してるねえ! 可愛いと言うより、この先美人になる顔だよ!」
「ふぇ!? あ、ありがとうございます!?」
「うんうん。いやーやっぱりあんた、目鼻立ちといい髪の艶といい、あたしの若い頃によく似てるよ!」
ええっ!? と背後で起こったどよめきは、老婆の「あぁん!?」という一声で静かになる。
「聞いたよ、二十四歳だって? 見えないねえ!」
「は、ハーフハイエルフなので、外見はその」
頭をガシガシ撫でられながら、懸命に答えるサーシャリア。
「これでグリンウォリックの正規軍を退けたっていうんだから、大したもんだ! あたしが二十四歳の頃といやぁ、初陣を終えたばかりだったよ!」
「え!? ぶ、武家の方でしたか」
「そうさ現役のね! んー、肌に張りがある! 若い子はいいねえ!」
半エルフはわしわしと頬を揉まれ、「あばばば」と悶えている。
「あたしゃその頃まで館に籠もって本ばかり読んでたんだけどね。兄様三人が一度に戦死したもんで、急遽その辺の家から、戦務めに出すための婿を取り家督を継ぐことになったのさ。でも七つ下の旦那は、婿入りしてすぐ病気で寝たきりになっちゃってねえ……それであたしがメイスを担ぎ、以降ギャルヴィン家のお役目をずっと果たしてる訳。フェフェフェ!」
バンバンと背中を叩かれた相手は、目を白黒させていた。
「あんたはどうして、あんな森の中でベルダラスやワン公の手伝いをしてるんだい? 聞いたよ、騎士学校次席なんだろ? おまけにデナン家だ。半エルフだからってそんなに悪い将来じゃなかろうに」
「いやその、私は昔ガイウス様に助けていただいたご恩がありまして」
酔いもあり、老騎士に気圧されたサーシャリアがしどろもどろに昔を語る。
「……はー! それで中央を捨てて、はるばるあんなド辺境まで追いかけていったのかい!? 乙女だねえ、あんた!」
「いえいえ武人としての義がですねそのあの」
わたわた掌を交差させる彼女を、愉しげに眺めるギャルヴィン。
「フェフェフェ、健気だねえ! 思い切りも良い! やっぱりあたしの若い頃にそっくりだよ! 気に入った! 気に入ったよお嬢ちゃん!」
「ぐ、ぐるぢい。がいうずざまー」
ぎゅーっと抱きしめられたサーシャリアが、小さく悲鳴を上げてガイウスに助けを求める。しかし彼女の主君は広間隅の長椅子で、死人のように横たわっていた。
「あーランサーさん! うちのガイウス様にお酒飲ませたでしょ! 駄目ですよ!」
すぽん! と老婆の抱擁を脱し、赤髪の保護者が片足跳びで犯人に詰め寄る。
「あ、いや、その。申し訳ない、デナン女史。ベルダラス卿がここまで全く飲めないとは知らず……」
おそらくガイウスも、世話になった彼からの杯は断りづらかったのだろう。
今になってそれを察したランサーが「ごめんなさい」と肩を落とす。
「やれやれ。ショーン小僧は酒宴の配慮もできないのかい、情けないねえ……ほれ何処か部屋を用意してもらうんだよ! そこでベルダラスを休ませてやりな!」
「イ、イエスマム!」
「おらチャッチャと動く! 走れ!」
鷲鼻の女傑に一喝され、酔いも吹き飛んだとばかりにランサーが駆け出す。
赤い顔で数秒考えた後、フィッシュボーンの方を呼び介護を指示するサーシャリア。あの状態のガイウスにフラッフのお守りは、流石に不安が大き過ぎるのだろう。
「さて、落ち着いたところでお嬢ちゃん」
「はい?」
「馬鹿な男どもは放っておいて女同士、お上品に酒を嗜もうじゃないかい?」
「は、はいー!」
ひょい。
老婆に軽々と抱えられたサーシャリアは、そのまま貴婦人らの集う卓へと連行されるのであった。
◆
「……飲み過ぎたわ」
テラスでサーシャリアが、掌を扇に熱を冷ましている。
広間はまだ宴で盛り上がっているが、折を見て抜け出してきたのだ。
『お水、もう一杯貰ってこようか?』
「うん、ありがとう。お願いするわ。ちゃんと戻ってくるのよ?」
『はーい』
尻尾を振り振り、フラッフが会場へ入っていく。
綿毛はそのモフらしい外見と人懐っこさで御婦人から愛でられていたものの……『うちの兄ちゃんはチンチンがでかいんだぜ』と意味不明の自慢を始めたため、サーシャリアに身柄を押さえられていたのだ。まあ、後の印象工作は農林大臣に任せれば良いだろう。
「これで、一安心ね」
酒と達成感で火照った体に、夜風が心地良い。サーシャリアは石畳の上をゆっくりと進み、植え込み近くのベンチへ腰を下ろす。
深呼吸で熱を少しずつ逃がしていた、その時だ。
「運だけの半端者め、貴様のせいで私は」
久しぶりに浴びせられる、暗く淀んだ感情。
ぎょっとしたサーシャリアが声の主へ視線を向けると。そこにはワインの瓶を両手に携えた、これまた酔いの酷い青年がいた。
「貴方は……?」
「マニオン! 昨年秋に貴様らと交戦した、ロードリック=マニオンだ!」
「……あの時の指揮官!?」
第二次コボルド王国防衛戦にて、マニオン家が抱える常備兵約百五十名を投入し、速攻を試みたケイリー派の若手英才貴族である。実は騎士学校でサーシャリアの三年上級にあたるのだが、当時の面識は二人に無い。
「貴様のせいで私はあの時、家中でどれだけ侮られたと思う! あんなものが騎士の戦いであるものか! あんな! あんな卑劣な罠が!」
パリン!
石造りの卓へ叩き付けられる瓶。破片の中から一際大きく鋭利なものを拾い上げたマニオンが、その先端をベンチのサーシャリアに向ける。
「あんな真似をされれば、誰だって! 誰だって! そうだ貴様のせいで、貴様のせいでッ」
まさか和平も成ったこの局面この場所で、このような愚行に走る者がいるとは。
独りで人気の無い場所に来た油断をサーシャリアは悔いたが、その間にもマニオンは猛然と詰め寄ってくる。
「私の苦痛の、何分の一かでも! その顔に刻み込んでやる!」
応戦のため杖へ手を伸ばす、赤髪のエルフ。だが、咄嗟のことでこれを落としてしまう。
「しまっ」
腕を交差させ顔を庇う。だがマニオンは空いた手で、それをこじ開けていく。
ずざざっ。
訪れぬ痛み。そして予測せぬ音に、彼女が恐る恐る目を開いた。
「……貴方は!」
そこでマニオンを組み伏せるは、夜闇に眩しい笑顔の美丈夫。白基調の瀟洒な礼服が、左腕だけ朱に染まり始めている。
「やあやあ久しぶり赤毛ちゃん! 元気してたかな? ってイテテテ」
そう。自らの腕を盾にサーシャリアを救ったのは、ガイウスを仇と追うはずの雄猫であったのだ。
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