179:王様出発します
179:王様出発します
人口限界の発覚から約一ヶ月。
戦勝祝賀会への招待にかこつけたケイリーとの会談には、結局ガイウスとサーシャリアの二人ともが応じることとなっていた。
コボルド王国側が関係改善を望む以上、名指しの招きは断り難く、下手に理由を付けて軍事指導者の出席を渋れば、要らぬ疑念を招く恐れもある。
そんなことで和平の芽を潰す危険は、極力避けねばならない。
「【欠け耳】ことサーシャリアさんは寡兵で大勢を幾度も打ち破った武勲をお持ちで、かつ武門の名家デナン家のご出身ですし。宴に添える招待客という名の花は、まあ会の泊付けでもありますので。あまりこれに、深い意味は無いと思いますよ」
とは、相手側の懸念を流石に察したランサーの言である。彼の案内で、コボルド王国からの一行はフォートスタンズへ向かうこととなっていた。
使節団の構成員は国王ガイウスと将軍サーシャリア、農林大臣レッドアイ。そしてフラッフとフィッシュボーンの五名だ。コボルド族は不測の事態に備え、霊話の使える者のみが対象である。
レッドアイはコボルド族としての話が必要な場合にも十分冷静な対応が期待でき、誰もが納得する人選と言えよう。
一方フラッフは参加希望多数によりクジ引きで決まった随伴員であるが、あまりにもその性格と能力に不安がある故、若いコボルドらの意見で再抽選が行われるという酷い経緯があった。しかし二度目も当選したのはこの綿毛であったため、流石に若衆も認めざるを得ず……親友をお守りに付けるならまあヨシという体で、渋々皆は首を縦に振ったのだ。『まあフラッフの馬鹿面を見せておけば、ヒューマンからコボルドが危険視されることも無いだろう』という納得の仕方も、やはりあんまりである。
こういう時に騒ぎそうなドワエモンも案の定「貴族の麗しいお嬢さんとの出会いが欲しい!」と随行を主張していたが……これは一も二も無く却下されており、今は見送りの王国民に混じって大人しく、いや結局、熊皮を被った伯爵令嬢ナスタナーラと格闘を繰り広げていた。
「くっ、エモン! 随分と動きが良くなりましたわね!?」
「舐めるなナッス! 大勇者を目指すこの俺が、いつまでもお前に後れを取ると思うなよ!」
ドワーフ少年は長身少女から打ち下ろされる拳や蹴りを巧みに捌きつつ、反撃を加えている。
「ちょっといい加減にしなさいエモン! 執拗に女の子の片足へ打撃を蓄積させていく勇者が、何処の世界に存在するのよ!」
「うるせーぞサーシャリア! 戦いに男も女も関係あるか! 大体元女騎士のテメーが寝言を言ってんじゃねえボケー!」
「愚かなりですわお姉様! 一度戦場に出れば、性別など関係ありませんことよ!」
「貴様らそこに跪けーッ!!」
いつもの折檻劇。
その脇では、黒髪の女剣士が凶相の男に荷物を手渡していた。
「ほい、これがルース商会で誂えてもらった礼服であります」
「うむうむ」
「着方は分かりますな?」
「流石に分かる」
「生水を飲んではなりませぬよ」
「飲まない飲まない」
「祝賀会では、失礼の無いように気をつけるでありますよ」
「私が何年中央にいたと思っておるのだ」
「ガイウス殿は悪人面なのでありますから、人をじろじろ見ないように」
「人見知りだから見ないよ」
「ところでやっぱり、自分も付いて行ってはなりませんかねえ」
珍しく不平を鳴らす黒髪の友人に、傍らで少年少女を仕置きしていた赤毛のエルフが目を丸くする。
それに対し、「駄目だ」とすっぱり却下するガイウス。
「レッドアイまで連れて行くのだ。お前が残らねば、人界から何か接触があった時に対応できまい」
「へいへい……ま、お気を付けて行くであります。自分はサリーちゃんと違って、後は引き受けませぬ故、ケケケ」
蛙のように笑い、黒剣士はコボルド王から離れる。
入れ替わりに立ったレイングラスが『宴会のご馳走を持ち帰ってくれ』と容器を渡していたものの、「夏場に日持ちするようなものは出ないよ」とこれも退けられていた。
『マイリー号ッ、連れてきましたッ!』
「おお、ありがとう」
尻尾を旋回させつつ駆け寄り、ガイウスに報告したのは親衛隊長ブルーゲイル。頭をガシガシと撫でられ、『アーッ! いけません陛下! 皆への示しがウヒーッ!』などと身悶えている。
向こうでは無表情なゴーレム馬に親方の老馬サンディ号がしばしの別れを惜しんで頬ずりしており、なかなか微笑ましい光景だ。マイリー号を馬車に繋ごうとしたところサンディ号が腰を振り始め、親衛隊に慌てて引き剥がされていたのは……まあ、ご愛嬌だろう。
「コボルド村は相変わらず、楽しげですね」
数々の喧噪に頬を歪めながら、ランサーがガイウスに言う。
「いやいや、お見苦しくて申し訳ない」
「いえいえ。ようやく内輪揉めを終えた我が家中も、これからはこのような和気藹々とした雰囲気を得たいものです」
……こうしてガイウスら五人は、フォートスタンズに向けてコボルド村を出発する。
去りゆく馬車へはコボルド児童らが総出で手を振り見送っており。王も馬車の後ろから身を乗り出し、諸手を振ってそれに応え続けていた。
なおコボルド王国の公式記録には『国王、身を乗り出し過ぎて転落せり』と記されている。
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