175:争う後継者と争わない後継者
175:争う後継者と争わない後継者
しばらく日をおいてランサーが率いる移送隊がコボルド王国に到着し、十八名の捕虜は全員引き渡されることとなった。当初より一つ減った数字は、治療の甲斐無く死亡した重傷者の分だ。
彼らは一度フォートスタンズを経由した後、グリンウォリック伯爵領へ送られるとのことである。
「内紛も、最終局面と言ったところです」
「いよいよですか」
馬車に乗り込む解放捕虜らを眺めつつ、ランサーの言葉に相槌を打つガイウス。
「ドゥーガルド様についた傭兵団も最後の一つが撤退しましてね。本拠のシルバーヒルに立て籠もるのは、とうとう手勢のみとなりました」
「シルバーヒル砦ですか。大昔、一度見たことがあるだけですが……沼と丘を上手く利用した、なかなかの要害だったと記憶しております」
「ええ、ですが時間の問題ですね。指揮もギャルヴィン老が執っておられます故、間違いも起きにくいでしょう」
「老卿とは五年戦争中に何度か戦場を同じくさせてもらいました。とうに引退されたものかと」
ローザ=ギャルヴィンは先代ノースプレイン侯の補佐を長らく務めた貴族騎士だ。齢は既に七十半ばを超えるはずである。
豪放かつ金銀装飾好みの外見に反し、用兵は堅実との印象をガイウスは持っていた。
「内紛の折りに老騎士の多くがドゥーガルド派へつきましたが、ギャルヴィン卿はこちらに残って復帰されたのですよ。『馴染み連中を殺せるなんて楽しみだね!』と」
「なんと」
「まあ何分、血の気の多いお婆様ですので」
苦笑。そうこう話をしている間に、馬車隊の準備も終わったようだ。枯れ川下りの護衛を請け負うコボルド親衛隊も、同様である。
「しかし家中の騒動もこれで片付きます。何より、民の苦難が終わるのが嬉しいですよ」
ははは、と弱々しく笑うランサー。主が後継争いで領民を贄とした陰謀について、人の良いこの中年貴族は何も知らないのだろう。
ガイウスも思うところはあるが、それについては言及しない。既に飲み込んだ葛藤である。
「また近い内にお邪魔致しますよ。その時は和議のため、フォートスタンズにお招きする親書を携え訪れたいものです」
「ランサー卿のご尽力には、感謝の言葉もありません」
「いえいえ。結果的にこれが、我が家中の利益に繋がると確信してのことですから」
ぶんぶんと握手で全身を揺さぶられたランサーは、もう一度笑ってから車列へ向かっていった。
◆
「んっんー? 自分がケイリー殿なら、ガイウス殿を誘き出してブスリ。もしくは毒殺。それで面倒はお仕舞いにしますなぁ」
王国首脳陣が集まった指揮所で、ダークが当然の懸念を口にした。
指二本を失った左手で小石数個を弄んでいるのは、鍛錬の一環なのだろう。
『やっぱダークは考えることがえげつねえな、引くわ』
『うん……流石ダークだな』
『腹黒いのう』
「いやこれ、世間では常識というか一般論でありますからね!?」
猟兵隊長レイングラスと農林大臣レッドアイ、それに長老の苦言を受け。左手から落ちた小石が床を鳴らす。
「うむ……その危険性は確かにある、あるが避けては通れまい。代表が場に赴かずして、和平が成立するはずもなかろう」
赤胡麻コボルドの頬を「みにょーん」と引っ張る黒剣士を掌で制しつつ、口にするガイウス。
「そして後でそれ、私もやっていいかな」
『いいぜ』
「お前ら話を戻せであります」
「貴方もよ!」
サーシャリアの一声に、一同が咳払いをして座り直す。
「ガイウス様も私もケイリーを信用なんかしていないけど……でも一応肯定材料を挙げるなら、彼女は体裁を気にしているという事実があるわ」
ランサーからもたらされた情報によれば、先の戦に絡んでケイリーはグリンウォリック伯に貸しを作り、捕虜返還仲介で諸侯に対しても面目を立てたことが窺える。
「そんな中で、敵対したとは言え【イグリスの黒薔薇】を和平に招き謀殺した……と知られれば、最近の彼女の苦労はすっかり台無しになるでしょうね。平たく言えば、割に合わないのよ。だから危険性は、低いと思うわ」
「そうだね。私の虚名も、たまには役に立ってくれそうだ」
無精髭の顎をさすりつつ、頷く。
「だが勿論、罠の恐れは捨てきれない。私も多少の心得はあるが……敵本拠で囲まれれば、生きては帰れないだろう」
『そうじゃな、お前も歳じゃしな』
『テメーが言うかジジイ……』
耳裏を掻きながら呟く長老に、レイングラスが呆れの声を上げた。
「……だから私に何かあった場合に備え、後継者にサーシャリア君を定めておく」
「ほへあーー!?」
狼狽えて体勢を崩す赤毛のエルフを、素早く回り込んだ猟兵隊長と農林大臣が支え立て直す。
サーシャリアは唖然として目を白黒させていたが……じきにガイウスへ向き直ると、凜とした表情でそれに答えたのだ。
「分かりました。ガイウス様に万が一……もしものことがありましたら、コボルド王はこのサーシャリア=デナンが引き継ぎます。ここは、私の国ですから」
だがすぐに自分の言葉で頬を真っ赤に染めると、
「……って。その、皆さんが良ければですけど……」
もじもじしながら、小声で付け足していた。
『いいぜ』
『ほいほい』
『そんなとこじゃろ』
そして即承認のコボルドらへ詰め寄り、「そんな簡単でいいんですかぁぁ!?」と揺さぶりながら叫んでいる。戦友からすれば妥当極まりない指名だが、若い将軍にはまだそこまでの自己評価は無いらしい。
その悶着を「わっはっは」と笑うガイウスに、騒ぎを聞いて近所から駆けつける毛玉の国民たち。いつものじゃれ合い、コボルド王国日常の光景だ。
だがその中で黒い瞳だけが、普段とは違う光を湛えている。
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