174:かけぶとん

174:かけぶとん


「おかーさーん」


 他人にも自らにも厳しかった分隊長が最期に発した言葉で、それまでなんとか堪えていたマドリン=アンダーソンがとうとう泣き崩れる。

 もう一人残ったメラニー=アロースミスも、洞窟の岩壁に背を預け座り込んだままだ。


「これで全員、終わったよ」


 申し出た務めを終え、拭った短剣を鞘に収めつつ告げる男。

 戦友二人は返事もせずしばらく黙したままであったが……介錯役がおもむろに死者の外套や服までをも剥ぎ始めたため、メラニーは目を剥いて叫んだ。


「何やってるのよガイウス」

「すぐに夜だ。重ね着するか巻くなりして、冷気を凌ぐ」

「そんな」

「私が勝手にやっていることだ。君たちじゃない」


 非難を無視し、彼は率先して作業を進める。

 小さい、短い、着られない……などと口にしつつそのほとんどを僚友の方へ投げ捨てると、次いで主を失った天幕を寄せ集め、重ね、敷き。三人が籠もるシェルターを構築していく。


 やがて陽は沈み、外は吹雪き始めた。

 男は消沈した仲間二人を衣類と共にシェルターへ押し込むと、中で共に天幕にくるまり、身を寄せ合って冷気に耐え続ける。


「寒いな」

「寒いね」

「寒いわ」


 その時彼女らが腕を引いた感触を、彼は忘れていない。


「一緒に生きて帰ろう」


 だが結局男は、二人を連れ帰ることができなかった。

 肉体は山を下りたが、彼女らの心はあの雪山で仲間と共に埋もれたまま、帰って来られなかったのだ。

 彼は、僚友自死の知らせを前線で聞くこととなる。



 腕をきつく引かれる感覚にガイウスが目を覚ますと、右にはがっちり組み付いていびきをかくサーシャリアの姿があった。彼女の纏う空気は、なかなかに酒臭い。

 一時首を傾げたものの、「ふむ」と一息つき。目を閉じて再び眠りへ戻ろうと試みるコボルド王。


「あー……サリーちゃん、小用から帰ってこぬと思ったら、こんなところにおりましたか」


 そこへ溜め息交じりにぼやいたのは、寝間着姿のダークである。どうやら先程まで、二人で飲んでいたらしい。


「ほら起きて起きて。部屋に戻るでありますよ。もうコボルド式雑魚寝時期はとっくに終わっておりますので」

「いーやーー! ここで寝るのー!」

「このオッサンと一緒に寝ていると、臭いが移るでありますよ?」

「いいもん! 私、クサいの平気だもん!」


 目に見えぬ剣が、コボルド王の胸をずぐりと貫く。


「あーもー、普段からそうしてると、いざという時の有り難みが無くなりますのでね? ほら、早くその腕を……くっ、こういう時だけ滅茶苦茶に力が強いであります」


 引き剥がそうとするダークと、爪を立ててしがみつくサーシャリア。ガイウスは呑気に「わっはっは」と笑っている。


『何か騒々しいと思ったら、まだ起きてたのかよ、お前ら』


 ギイ、と。ガイウス部屋の庭口戸を開け、入って来たのは赤胡麻毛皮のコボルドだ。


「おやレイングラス。どうしたでありますか?」


 ギリギリと力の綱引きを続けながら、寝間着の黒剣士が問う。


『いやー、妹の機嫌を損ねて家を追い出されてさ。今夜はここに泊めて貰おうと思った訳よ』


 レイングラスは老いた母親に妹夫婦、それの甥姪たちと同居している。そのため極めて肩身が狭いのだ。

 彼が猟兵隊を率いる優秀な戦士であることは、母妹から微塵も評価されていない。妹婿が同情的なことだけが、僅かな救いであった。


『いいだろ? 助けると思ってよ』

「まあ、別に構いませぬが……何処で寝てもらいましょうな。広間に何か、敷くでありますかね?」

『ん? いいよこの部屋で。なーガイウスー、一緒に寝ようぜー』

「うんうん」


 横たわったまま頭を上げ、縦に振る家主。


「ほらーほらー! ガイウス様もこう言ってるんだから、私もここで寝たっていいでしょーがー!」


 シャーッ! と猫に似た唸り声を上げ。赤毛の半エルフがダークを威嚇する。


「レイングラス。話がややこしくなるから出てけであります。そして地べたで泥のように眠れであります」

『ひどくない!?』

「うるっせーんだよボケがーー! 俺は昼間の強制労働と鍛錬でクタクタなんだよ!」


 割り込むように怒鳴り込んだるは、ドワエモン少年だ。

 その背後には寝ぼけ眼のナスタナーラ=ラフシアと、呆れ顔のアンバーブロッサムもいる。フラッフはどうやら、この騒音でも目を覚まさなかったらしい。


「あ、面白そう! お姉様だけずるいですわ! ワタクシもご一緒させていただきます!」


 惨状を目にした伯爵令嬢は、そう一声上げ。


 どしん!


 とガイウスの上に身を投げた。

 冬の間にまた伸びた六尺七寸(約二メートル)の長身が、質量兵器と化してコボルド王の腹部を打擲する。さらに彼女はいつの間にかエモンを抱きかかえており、その重量も加算されたため一撃は重く、そして深刻であった。


「ぐふっ!?」

「シャーッ!」

「うおお放せえええ!」

「きゃっきゃっ」

『もうちょっと詰めてくれ。俺そこで寝るわ』

『おほん、では私も……』

「あーもう、どうでもいいであります……」


 状況改善を放棄し倒れ込むダークを仕上げに、ヒューマンとコボルドによる毛布が完成する。

 その重みに耐えながらガイウスはもう一度「わっはっは」と笑うと、感慨深げに呟いて瞼を閉じるのであった。


「暑いな」

「暑いですわ!」

「暑いであります」

「シャーッ!」

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