171:論功行賞
171:論功行賞
「具合はどう?」
戦い終わって数日後。
療養所の一角で伏せっているダークに、長老の調合した薬を運んできたサーシャリアが問う。黒髪の患者は体調のせいか、普段以上に青白い顔をしていた。
「まあまあでありますな」
ケケケ、とまだ元気が無い蛙の鳴き声。
敗れた彼女は傷口から毒気を拾ったらしく、熱を出して今も寝込んでいるのだ。勿論精霊治療は施されているが、【腐れの精】とて既に入った病をたちまちに治せる全能ではない。
「嘘おっしゃい、朦朧としてるじゃないの。またフラッフが騒ぐわよ?」
「あの子はいつまでたっても甘えん坊ですからな」
戦闘終結後に血塗れの手で彼女が帰還した時は、フラッフは半泣きで騒ぐわ、ナスタナーラが狼狽えて竪穴式住居の屋根を突き破るわ……と王宮は騒然となったものだ。
一方当人は「しくじりまして」「そうか」と、眉一つ動かさぬガイウスに短く言葉を交わしただけであった。
「あの後、ああだこうだ渋ってないで早く長老(おじいさん)に診せればよかったのに。貴方最近、変よ?」
杯と容器の入った籠を先に置いてから、ゆっくりと腰を下ろすサーシャリア。
杖の生活にも、もう随分と慣れたらしい。
「いやねー? 自分は失敗続きでありましょ? 清楚で恥ずかしがり屋のお姉さんとしては、些か面目が立ちませんでして」
「ああ、騎士学校では今更国語の授業なんてなかったものね。後で辞書持ってきてあげるわ……って、失敗続き?」
「食糧買い付けとか」
「あんなの誰が行ったって失敗してたわ。あのお顔のガイウス様や私みたいな半エルフじゃあ、そもそもまともに取り合ってもらえるかすら怪しいし」
そう言って看病人は嘆息を吐く。
「サリーちゃんはいいのですよ、いるだけで可愛いから。でも自分の場合は、役に立たねば存在意義が危ぶまれますので」
「また訳の分からないことを言って」
「いやあ、本当のことでありますよ……今迄は、自分が一番上手くやれるんだと思っていたのですがねぇ」
「やっぱり変よ貴方。はぁ、何だかあの時と、あべこべね」
第一次王国防衛戦前の雨日を思い出したのだろう。欠け耳エルフが再度嘆息を吐く。
黒髪の友人は「喋りすぎた」とでも言うように顔を背けるが……向き直った時には、いつものへらへらとした表情に戻っていた。
「さ、薬を飲みなさいダーク」
「えー、そのお薬苦いからいやーん、であります」
「何がいやーんよ」
「あ! でもサリーちゃんが口うつしで飲ませてくれたらいけるかも? ほらほらんちゅー」
「うふふ、仕方ないわねえ。ほら、ちょっと上を向いて……?」
ダークの顎を掴んで無理矢理薬液を注ぎ込むサーシャリアを、他の患者が慌てて取り押さえることとなるのは……このすぐ後である。
◆
先の戦いでザカライア軍が敗退した結果、コボルド王国側は多くの捕虜を捕らえていた。その数はなんと、十九名にものぼる。
それらのほとんどが自力移動が難しい怪我人であり、戦闘で仲間の回収を受け損ねた者たちであった。グリンウォリックの職業戦士(マン・アット・アームズ)はよく戦いよく退いたが、やはり限界はあったのだろう。
対外印象を意識したコボルド王国の捕虜待遇は人道にしっかり則っており、拷問や生贄すら覚悟した兵らを著しく拍子抜けさせた。そのせいか目下のところ、反抗や脱走を試みる者はいない。もっとも【大森林】の只中で脱走を試みるなど、自殺行為なのだろうが。
この日、まだあどけなさの残るコボルドが縄引く俘虜はその内の一人で、治療後の経過が良好のため一般の個別檻へ移される最中であった。
「なあワン公、ありゃ何をやってるんだ?」
尋ねられたブチ模様の看守役が、捕虜の視線をなぞる。
その先にあるのは、竪穴式連結住居へ向けてずらりと続く若い妖精犬の行列だ。
皆尻尾を振りながらじゃれ合って並んでおり、中には鼻歌で順番を待つ欠け耳の半エルフまで混じっていた。
『ん? ああ、ありゃあロンコーコーショーだ』
「論功行賞?」
そう! と自慢気にブチ模様が頷く。
勢いで手にした槍が揺らぎ、慌てて上体を反らす捕虜。
「お前たちコボルドにも、そういうのはあるんだなぁ」
『シンショーヒツバツ! って王様が言ってたからな』
「ハハ、違いねえ。信賞必罰は武門の依って立つところさ。武人らしい物言いだな」
『そ! 俺も一昨日、王様に会ってやってもらったんだぜ!』
べふべふと息を吐きながら、胸を張る。
「で、お前はどんな褒美を貰ったんだ? 金貨や宝石か? まさか領地ってこたぁあるまいが」
『えー、そんなの貰ってどうするんだよ』
「だとしたら……骨とか……肉?」
『馬鹿にしてるだろ?』
鼻に皺を寄せ、看守役が唸る。
捕虜は「してないしてない」と慌てて首を振った。
「じゃあどんなやり取りをするんだか、教えてくれよ」
『仕方ないなぁー』
ふんす、と鼻息荒い。
『まず、王様のところに呼ばれるだろ?』
「ああ、それがあの順番待ちか」
『で、王様に「俺はこんだけ頑張りました!」と自慢したり、自慢しなかった頑張りごとを王様が褒めてくれたりするんだ。ダメなところは叱られる』
「言い方はどうかとして、ヒューマンの査定とあまり変わらんな。まあ当然と言えば、当然か」
枷の腕を持ち上げ、捕虜が顎を掻く。
「で、それに応じて恩賞やら褒美やらが貰える訳だな?」
『そ! 王様がご褒美に撫でてくれるのさ』
「ほーぅ」
ふんふんと、囚われヒューマンは相槌を打っていたが。
「撫で……る?」
『抱っこもしてくれる』
「抱っ……こ?」
『ブラシだっていいんだぞ』
「ブラッ……シング!?」
『ちなみに俺は、顔をじっくり揉んでもらったんだぜ!』
「五年戦争の悪鬼【イグリスの黒薔薇】が、か……?」
呆然とする俘虜。
『そのダサい名前は知らないけど、王様はいつもそんな感じさ。皆も楽しみにしてるんだぜ』
ブチ模様の言う通り、列は皆愉しげだ。
赤毛の半エルフなどは、順番が一つ進む度に小躍りしている。
「やっすい国だなオイ」
『やっぱ馬鹿にしてるんだろオマエ?』
ぐるる、と牙を剥く。
「そうじゃねえよ。ヒューマンじゃ真似したくてもできねえな、って驚いただけさ」
『何だ、そっちの王様は褒めたり撫でてくれないのか?』
「まあな……うちのお館様は、褒めたりすることは……ねえな」
『可哀想に』
捕虜は苦笑でそれに応えると、看守の誘導に従い再び歩き始めるのであった。
◆
『これで、今日の論功行賞は終わりですね』
退出者を見送った秘書役のアンバーブロッサムが、戸を閉めて振り返る。
それに対しコボルド王は、「まだ一人いるだろう?」と首を傾げて見せた。
『いえ? 今ので最後のはずですが』
「ブロッサム、君がまだじゃないか」
『へ!? わ、私はいいんですよ! そんなそんな』
「わっはっは、いいから来なさい」
ガイウスはひょいとブロッサムを摘まみ上げ、胡座の上に載せる。そして彼女が子供の時にそうしていたように、わしわしと撫で始めた。最初は照れていたが、やがて昔と同じ様子を見せる琥珀色の娘。
「はっはっは」
『うふふふふ』
「ブロッサムも頑張ったね。お疲れ様」
実際ブロッサムは、今回の戦いでも目覚ましい武功を挙げていた。班長として兵を率いただけではなく、自身の剣技で敵の隊長格や手練れを討ち取っている。
「でもね、ブロッサム」
『はい、おじさま』
「無理に勇気を示そうとしなくても、いいのだよ」
ブロッサムはずっと、ホワイトフォグの死に責任を感じている。
あの時自分が竦まずに走れたら、走る勇気がありさえすれば。叔母は、従兄弟(フラッフ)の母親は、死なずに済んだのではないか。その思いと後悔が、誰より彼女自身を厳しく律し続けてきたのだ。
「あれは、決して君のせいなどではない」
『……ありがとうございます、おじさま』
膝上で子犬のように、鼻を鳴らす。
『でも大丈夫です……今はもう、それだけじゃありませんから』
「そうかい?」
『ええ! 私も清く正しく美しいコボルドの戦士として、一隊の指揮官として王国を支える自負と責任がありますので!』
今回の武勲と彼女を慕う王国子女らの強い要望で、女子青年団的存在であった白霧組は【白霧隊】として正式部隊に編成されることが内定している。
「……そうだね。私の膝でフラッフと毎日喧嘩していた毛玉も、すっかりと大きくなったのだなぁ」
一年も経たぬはずだが、随分と昔のようだ。懐かさを感じながら、ブロッサムの頭を撫でるガイウス。
『それに』
「うん?」
『おじさまは、私よりももっと気にかけてあげるべき人がいると思います』
「うーん」
灰色髪のおじさまは低く唸って返答を避けると、代わりに彼女の腹を掌でさする。
『あ! もう、そうやって誤魔化すんですから! おほほほ』
「はっはっは」
なでなで、こしょしょ、さわさわ。
『「うふふ、うふふ、うふふのふ」』
『おじちゃーん! じゃなかった、王様ー!』
バン! と勢いよく戸を開けて乱入してきたのはフラッフであった。
瞬間ガイウスの胡座から飛び上がり、空中で数回転した後にすとりと着地するブロッサム。猫の如き見事な身のこなしだ。
『……陛下、これが敵の隊長を討ち取る際に用いし秘技、【ぱっと空中三回転】でございます』
「え!? う、うむ。そうだね」
『お、ねーちゃんもいたんだ』
『あらフラッフ。私は国王陛下に交戦記録の報告をしていたのよ。大事な公務なのよ』
『へー』
極めてどうでも良さげに、間抜け面で鼻をほじるフラッフ。『ホワイトフォグの再来』とも評される従姉妹と違い、当の息子は毛色以外にフォグ要素が皆無である。
うっかり鼻糞を弾きブロッサムに命中させ、顔面を殴打される光景は……相変わらずと言えば相変わらずで、日常の復帰を感じさせてもいた。前向きに捉えればの話だが。
「オホン。それでフラッフ、慌ててどうしたんだい? あとブロッサムもその辺にしておきなさい」
ガイウスが、気を取り直して尋ねる。
『あ、そういや忘れてた』
再度拳を振りかぶる女戦士を王が制し、鼻血の綿毛に発言続行を促す。
『ランサーさんが、ホリョヒキワタシのコーショーを求めてきたんだってさ!』
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