157:防御線を抜け

157:防御線を抜け


 バシュ、ぎしぎし、ばすっ、ばすっ。


 増した重量に車体を軋ませながら、二台の馬車が川底をゆっくりと進んでいく。

 そこにコボルドの魔杖から放たれる多数の【マジック・ミサイル】が、装甲と呼ぶには単純過ぎる丸太の追加部材へ鋭く突き刺さり、穿ち、木片を盛んに撒き散らしていた。


 ……だが、戦争馬車の進みを止めるには至らない。

 工兵らが突貫で施した改造は現場の需要をほぼ完全に満たし、壁に到達するまでの時間、中の戦闘員たちを保護し続けるのは疑いないだろう。

 あるいは側面から車輪を集中射撃すれば擱座するかもしれないが、両翼に展開した三つの部隊がそれを阻んでいる。


「防壁への到達は、時間の問題だな」


 木の幹を盾にしながら、枯れ川を進む戦争馬車の様子を確認する第一部隊長。

 彼の担当する左翼でも魔術射撃の激しい応酬が繰り広げられており、時折魔素の矢が彼の脇を掠めていく。


「敵部隊の魔杖は二十本あるかないかですかねッ!?」


 隣の木から声を上げるのは、副隊長だ。この若い騎士自身も、斃れた味方の魔杖を手に射撃戦へと加わっている。貴族の四男だが、幸い戦場での勇気は証明できているようだ。後は、慎重さを学んで欲しいところか。


「そうだな。左右中央で三倍すれば、敵の総魔杖数は六十前後というところかな……? 辺境の盗賊や旧式軍相手ならそれなりだが、うちみたいな近代軍相手に撃ち合うには厳しいだろうよ」

「ですねッ!」


 第一部隊だけでも魔杖・魔術兵は合わせて三十五。防御側優位の射撃戦故に魔杖兵が数名倒されたが、歩兵が臨時で交代を務めている。隊の火力自体は落ちていない。


『ギャウン!』

『ビートルダンス!?』

「よしっ! 一匹仕留めた!」


 コボルド兵の頭を撃ち抜いた副隊長が、拳をぐっと握りしめる。


 ……彼ら左翼部隊の役目は牽制だが、それでもコボルドらに後退を強いていた。

 火力と兵数を活かした突撃で一気に突き崩せないのは、やはり要所に罠や障害物が仕掛けられているためである。その解除と支援の都度、足止めを強いられるのだ。


「功に逸るな。それ自体も突出を誘う連中の目論見かもしれん」

「大丈夫ですよ!」


 副隊長が大声で返した瞬間であった。


「「「おおおおおーっ!」」」


 枯れ川を挟んだ向こうから、木々の葉を揺らすような勝ち鬨が上がったのは。


「隊長! あれは!」

「おお、右翼が突破したか!」

『撤退ーッ! 撤退ーッ!』

『逃げろげろげろー!』

『待ってー』


 右翼部隊の歓声を聞くやいなや、尻尾を巻いて逃げ出す毛皮の原住民たち。

 彼らの背中めがけてザカライア側が放つ【マジック・ボルト】の飛び交う中、一際体の大きな個体が負傷コボルドを二体も担ぎ走り去る姿も見える。

 状況に高揚し、反射的に「逃がすかよ!」と駆け出す副隊長。


「あっ! 待て!」


 すぐに上がる悲鳴。

 隊長の制止も虚しく、若騎士は左足を膝まで落とし穴に食われていた。

 予想通り内部には尖った杭が埋め込まれており、何本かが鋭く肉へ食い込んでいる。


「馬鹿が! あれほど言っておいただろう!」

「も、申し訳ありません……」


 正気に戻ったのか。痛みと羞恥で、その目は涙で潤んでいる。


「兵の模範となるべき騎士がその有様でどうする! 猛省しろっ!」

「ふええ……」


 隊長は内心で彼の生存に胸を撫で下ろしつつ……一際厳しい声で叱咤すると、他の兵へ救助を命じた。致命傷ではないが、もうこの戦いの間に戦線復帰は叶うまい。

 騎士格の後送は痛手だが、これだけ派手にしくじれば、不用意な追撃をする兵も出ないだろう。


「枯れ川もやったか」


 第一部隊長の視線の先では、勝ち鬨を好機と見た近衛隊が戦争馬車から飛び出し、次々と壁に取り付いている。

 コボルドの防壁は縦に丸太を重ねて固定し、倒れぬよう裏側に支えをつけただけの構造物であった。乗り越えるのは容易く、またその作り故に半分は手前へ引き倒されてすらいる。守りについていた獣人らは、左翼と同じで早々に防御線から逃げ出したらしい。


 隊長は自隊へ向き直ると、手近の兵長に現状を報告させる。


「戦死二、重傷三いや四。軽傷二名は戦闘に支障ありません」

「……クソ、結構やられたな」


 勝ち戦でも戦死者は出る。

 ましてや、不慣れな森の中で仮にも敵の防御線を攻撃したのだ。避けられぬ犠牲ではあろう。


「罠を警戒しつつ枯れ川へ出て味方と合流。その後、負傷者は第三陣地へ後送だ」

「はっ!」


 敬礼で応えた兵長は、手近の者に呼びかけてすぐさま行動へ移っていた。


「……連中、頼みの綱の防衛線も終わりだな。まあ、冒険者相手ならこれで十分だったのだろうが」


 一仕事終えた実感が、肩から力を奪っていく。

 隊長は深く息をつくと、枯れ川へ向け部下たちと歩き出すのであった。



 右翼を攻撃した第二、第三部隊は合計で戦死六、重傷十一の損害を出していた。左翼に倍する戦力でありながら被害がより大きいのは、やはり牽制と突破という目的の違いだろう。魔杖を手に戦うガイウス=ベルダラスの姿も報告されており、あるいはそちらが本命の防御線だったのかもしれない。

 一方、最も被害を受けると思われていた枯れ川の近衛は戦死、負傷ともに無し。よって今回の戦闘では右左翼中央と合わせ二十三名の戦力が失われたことになる。

 コボルド側の死傷数は、後退時に死体を回収されてしまったため分からない。


 負傷者は治療魔術師の控える第三陣地へ送られ、応急処置を受けた後に野営地へと後送されることとなった。もしも橋頭堡がなければ、それも満足にはできなかっただろう。

 生還率に気を砕くことは、兵の士気に対し極めて重要である。


「防御線は抜いたものの、犬どものほとんどは逃げおおせたか」

「「「申し訳ございません」」」


 舌打ちする主に、臣下は揃って頭を下げた。


「まあよい、許す。彼奴の存在も確認できたしな。まったく、逃げておれば名を失うだけで済んだものを」


 ふふん、と小さく嗤うザカライア。


「よし。再編終了後、このまま前進して今日中に次なる橋頭堡の場所を確保する。増援として第八部隊を既に呼び寄せている」


 第八、第九、第十部隊の計百二十名は野営地守備に残した予備兵力だ。当初の予定よりも陣地を一つ多く設営することになったため、そのうち一部隊を投入するのである。

 第四陣地を彼らで固めてしまえば、コボルド村討伐作戦はいよいよ最終段階に入るだろう。草原での戦いに持ち込めば、ザカライア軍は圧倒的な優位に立つ。


「「「はっ!」」」


 隊長たちは異論を挟まなかった。

 この戦でザカライアが実績を作れば、グリンウォリック伯爵領内の世代交代は近いうちに必ず行われる。その際、早くから旗色を示していた彼らは厚く遇されることであろう。不興を買うのは、これまでの努力を無にするに等しいのだ。

 加えて主の作戦は既定路線であり、それ以上の案が現時点で提示できるわけでもない。


 ……こうして再編成を済ませた彼らは工兵を呼び寄せつつ、前進を再開する。

 最も損害の少なかった近衛を先頭に、第一、第二、第三と続く隊列だ。

 これまで同様に側面を警戒しつつ進む一同であったが、しばらくしてその備えは空振りとなったこと知る。


 突破した防御線から枯れ川のうねりをまた一つ越え、前方視界が広くなったあたり。

 そこでザカライアたちは、再び川底を塞ぐ丸太の防壁を目にしたのだ。


 コボルド王国軍、二つ目の防御線である。


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