153:生き残り

153:生き残り


「頑張レ、できるだけ遠くへ逃げるゾ」


 老若男女……いや、若男女百名程のゴブリン避難民を励まし続けているのは、彼らの若き村長ウーゴ=ゴブだ。ゴブリン族の姓は家ではなく村単位で名乗るため、「ゴブ村のウーゴ」をその名は意味している。


「さあ歩くんダ。あの村には住めなイ」


 ゴブの村もかつては、もっと多くの住民がいた。

 だが集落はここ数年で二度もヒューマン……冒険者という存在に襲われ、略奪と殺戮を受けてきたのである。その度に村人は殺され、蓄えの間に合わぬ冬が隣人を奪った。


 ……三度目が来たラ、村を捨てよウ。


 ここに留まり続ければ、必ずまた次が来る。

 彼らは多大なる犠牲を経て故郷を諦め、その決断を下したのだ。


 それは遅過ぎたが、正しい選択だった。

 もしウーゴらがほとぼりを冷まし村に戻る従来のやり方を踏襲していたならば、数年以内に冒険者の再々襲撃を受けたのは間違いないだろう。ライボロー冒険者ギルドの中には、かつてセロンやシリルと共同で亜人の村々へ略奪を行っていた者がまだ生き残っていたのだから。

 彼らはシリルが生きていた頃に幾つか村の情報を買っており、かつて主導権を握っていたセロン亡き今、自らが金策用地として運用する計画を立てていたのである。

 社会性生物である以上、生活の過程で必ず亜人村には【大森林】の珍重品が蓄積されてゆく。程よく村が再建したところで略奪、また休閑期をおいて襲撃……とすれば継続的な資源として再利用が見込めるだろう。二圃式農業ならぬ、二圃式略奪と呼ぶべき悪辣な周回だ。都度の殺戮は、抵抗力を削ぐ意味と冒険者自身の娯楽を兼ねていた。

 ただ今回においては、目端の利く冒険者が演習地を求めるザカライアの手下に情報を売ったため、相手がグリンウォリック軍となったのである。

 無論そこまでの事情を、森の中に住むウーゴらが知る由もない。


『ウーゴさん、女子供がもう限界みたいだ。休ませた方がいい』


 皆を励まし続ける若き村長に駆け寄って来たのは、数匹の犬……いや、コボルドであった。


『俺たちも村を焼かれて逃げ延びた際、無理をした奴から倒れていった』

『気持ちは分かるが、そうなったら何処へも行けなくなる』


 ウーゴは一瞬彼らを睨んだが、自身の焦燥を認識したのだろう。「すまなイ」と頭を下げた後、皆に休息を命じた。


『見張りは俺らでやっとくよ。ウーゴさんも休んどきな』

「助かル、スイートウォーター」

『何言ってんだよ。森の中を彷徨っていた俺らを助けてくれたのは、あんたたちゴブリンじゃあないか』


 スイートウォーターと呼ばれた中年コボルドが鼻を掻きながら、ウーゴに笑いかける。


「……そうカ。そうだよナ。そっちモ、村をなくしていたナ」

『ああ……森に逃げ込んで、魔獣に追われて散り散りになって……他の連中も、何処かで生き延びていてくれればいいが……難しいだろうな』


 ふう、と息を吐いたスイートウォーターに、頷くことで相槌を打つゴブリン村長。


『これからどうする?』

「旅の準備はしていたガ、結局次の候補地を見つけることは間に合わなかっタ。他の村との連絡モ、絶えて久しイ」


【大森林】の住民とて、密林の中何処にでも村を構えられるわけではない。

 魔獣が好まぬ、森に空いた隙間のような草地が好ましいが……そういった土地、特に建屋や田畑を作れるような場所は貴重なのだ。


『コボルド村が襲われたことを考えると、どのみち今ある村は危ないのかも知れないな』

「いっソ、もっと森の奥へ向かってみようカ、と思っていル」

『それは難しいぞ。土地を見つける前に魔獣の餌食に……んん?』


 その時、毛皮の隣人は不意に怪訝な表情を浮かべた。


「どうしタ?」

『ああいや、こっちのことさ……おい、霊話鳴らしてるのか!? 今真面目な話をしているんだから、巫山戯るのは止めてくれ』


 彼の言葉に、ゴブリンの子供らに水筒と食料を配っていた別のコボルドが応じる。


『俺じゃねえぞ。他の奴だろ?』

『私でもないよ、そっちの誰かじゃない?』

『僕はシャーマンの才能ないよー』

『トンツートンツー気が散る』


 鼻に皺を寄せつつコボルドらは悪戯の下手人探しに没頭していたが。

 しばらくの後、この中には犯人がいないと気付いたのである。


『なあおい、ひょっとして』

『これって』


 互いに顔を見合わせる妖精犬。まさか、という期待を込めて揺れ動く尻尾。


『ウーゴさん』

「一体何があったんダ、スイートウォーター」

『……俺たちの仲間が、近くにいるかもしれない』



 ゴブリンと猟兵隊はその日の内に合流を果たした。難民側が無秩序に霊話を鳴らしたことで王国霊話兵も彼らの存在に気付き、捜索を促したのだ。

 レイングラスは王国へ先行連絡を向かわせると偵察人員を残し、兵の大半を率いて難民の護衛を行った。コボルド狩人の予測通り隊列は数度魔獣と遭遇したが、これは練度の高い猟兵隊により、全て撃退されている。

 こうしてゴブリンの避難民と旧コボルド村の生き残りたちは、魔獣の餌食になることも森ではぐれることもなく、数日かけて王国へと辿り着いたのであった。



『お、お母さん……お母さんだよね……!? 生きていたんだ!』

『サンセンチ……? サンダーセンチピードなのかい!? ああ、ああ……こんなに大きくなって……ッ!』


 親衛隊員のサンダーセンチピードが、互いに死んだと思っていた母親との再会を果たし、涙を流しながら抱擁している。

 同様の邂逅劇はコボルド難民十六名の数だけ展開されており。さらにその向こうではガイウス、親方、ドワエモン、レイングラス、ブルーゲイル、ナスタナーラらが抱き合って「ぶおーんぶおーん」「おーいおいおい」と号泣していた。


「まったく……うちの男衆は、涙脆くていけませんな」

「そ、そうねぇ」


 呆れたように溜息をつくダークに、鼻を啜りながら答えるサーシャリア。

 一方、二人が視線を戻した先では長老と農林大臣レッドアイがゴブリン村長ウーゴと話を始めていた。

 ガイウスも思うところがあったようだが、『お前は話をせん方がいい』と老人が制したのである。


「受け入レ、感謝すル」

『何を言う。礼を言うのはこちらの方じゃ。はぐれた村の者を救ってもらったのじゃからな』

『うちには十分な土地もあるし、冬を越えたから食糧も大丈夫だ。ゴブリン皆、ここに住んでくれたって構わないさ』

「あア。移り住む先を見つけるまデ、厄介になル」

『そうか。歓迎するよ』

「ありがとウ」


 ウーゴが、長老とレッドアイの右腕を軽く掴んで揺らす。ゴブリン流の親愛表現だ。


「あそこでオンオン泣いているボンクラガ、お前たちの村長カ。ヒューマンに前の村を滅ぼされておきながラ、それを長にするなド……」

『まあ、色々あってのぅ』

「レイングラスから話は聞いていル。コボルドにはコボルドの事情があるだろウ。だからお前たちがヒューマンを長に選んだのヲ、責めはしなイ」


 よく見れば、ウーゴの顔には治りかけた痣が浮かんでいる。おそらく既に、その件でレイングラスと殴り合いの喧嘩になったのだろう。

 それを察し、ただ黙って聞くコボルド二人。


「だガ……我々は決してヒューマンなんかの下につくつもりモ、馴れ合う気もなイ。それだけは覚えておいてもらおウ」

『ああ、分かっておるとも』


 老コボルドも背伸びをして、ゴブリン村長の右腕を揺すった。


『お前さんたちを迎えるのに、急ぎ天幕と家を用意したんじゃが、十分な数を間に合わせられんかった。しばらくは窮屈な思いをさせることになる。すまんのう』

「いいヤ、家は我々で建てル。そっちの事情もレイングラスから聞いているからナ」

『まあそうなんじゃ。五百人以上相手の大きな戦いになるものでな。準備もあるから、戦争が終わるまでしばらく手を貸せそうにない』


 自らの曲がった腰をぽんぽん、と叩く彼の脇を、ゴブリンとコボルドの幼子らが「『きゃっきゃっ』」と笑いながら駆け抜けていく。流石に子供たちは、打ち解けるのが早い。


『まあ、話はそこまでにしとこう、爺さん。ゴブリンの皆も、早いところ休ませてやったほうがいい。案内するから、付いてきてくれ』

「ア、あア……」


 そう言って歩き始めた農林大臣に、ゴブリンらが重い足を動かしながら付いて行く。

 ウーゴは立ち止まったままその光景を見回すと、「あいつラ、本気で勝つつもりなのカ……」と呟き。仲間たちの最後尾を、暗い顔でゆっくりと歩き始めるのであった。

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