151:内通情報

151:内通情報


「そのような事態になっていたとは……森の中では、外界の動きが分からぬのです。ランサー卿の御厚意、感謝に堪えません」


 首脳陣がざわめく指揮所の中。ガイウスが、客人の手を固く握った。

 乗り継ぎ強行軍にて埃まみれのランサーは、気恥ずかしげにその握力を受け止めている。


「しかしこのような機密を漏らしては、卿のお立場が危うくなるのではありませんか」

「ええ、でしょうね。これは重大な背任です。もし明るみに出た場合、この首は繋がっていないでしょう」


 窓の外へ顔を向けるランサー。視線の先では、妖精犬の幼子らが筵を敷いてままごと遊びに興じていた。


「ランサー卿……」

「……もし礼をおっしゃるならば、村の子供たちに言ってあげて下さい。全く、大した調略巧者ですよ」


 細めていた目を戻すと、中年貴族はコボルド王へ向き直る。


「それで、ベルダラス卿はいかが対策をとられますか。予測が立つ以上、グリンウォリック伯の軍が来る前に避難する手もあるかと思いますが」


 ガイウスが、持ち込まれた書類を読んでブツブツ呟き続けるサーシャリアの肩を突いて注意を引く。

 そして我に返った将軍と数秒見つめ合い頷きを待った後。ランサーに対し、こう告げたのであった。


「我々は、グリンウォリック軍を迎え撃ちます」

「……そうですか。そうですね、私もそのためにお話したようなものです」


 中年貴族が、独りごちるように言う。


「この森で遠征軍を打ち破り、その戦果をもって御家中の世論を覆しましょう」


 ふとガイウスの脳裏にトムキャットの姿がよぎり、不穏な予感を覚えさせた。

 だが戦は、一人でできるものではない。


「分かりましたベルダラス卿。私も非力ながら、他の説得に当たります」

「よろしくお願い致します、ランサー卿。我々はこれを、人界との最後の戦いにしたいと考えます」

「はい。五百名を超す軍が敗退したとなれば、家中の者も易々と討伐など口にできなくなるでしょう」


 言えば、その者が手勢をもって先陣を切らねばならぬのは明白だからだ。


「そんな空気の中でコボルド村が形式上でも恭順の意を示せば、ジガン家の面目も立ち、皆とて拳を下ろせるというもの。ケイリー様も家臣団を説き伏せやすくなるはず。結果としてそれは、コボルド村だけで無く我が主と家中にとって最善の道なのだと……私は確信しております」


 彼の言葉に嘘は無い。それは、周囲のコボルドらも嗅ぎ取っていた。


「しかし……コボルド兵の精強さは私も身をもって知っておりますが……今回の大軍、如何様にして退ける御算段ですか」


 おずおずと尋ねるランサー。

 ガイウスは「ええ」と一言おいてサーシャリアと再び視線を交え、頷き。その問いに答えるのであった。


「人界の錯覚が、今回は彼らの足下を掬うことになるでしょう」



 口の悪い仲間からは『物喋る輓馬』『肩から上は不要』『マイリー号の方が賢いであります』などと評され、残念ながら平時はそれと大差ないのがコボルド王ガイウスである。

 臣下の意見と自主性を重んじる性格もあり、彼は驚くほど内政に口を出さず、そして目立たない。傍目になら、取り仕切るサーシャリアの方が余程指導者らしく映るはずだ。


 だが有事になれば、話は別である。

 王は即座に国民へ事態を納得させると、動揺もさせずに戦争準備態勢へ移行した。

 過酷な【大森林】と度重なる戦がコボルドらの精神を鍛え上げていたとはいえ、これは彼の統率と民が寄せる信頼あってのことだ。やはり精神的支柱として彼の存在は大きいのである。

「コボルドの頭脳がサーシャリア=デナンならば、ガイウス=ベルダラスは心臓である」というのは後世歴史家の例えだが、言い得て妙であろう。


 そんな中で、彼の右腕であるサーシャリアも速やかに対応している。

 ランサーが会見途中に疲労から倒れ、その搬送を命じた直後には既に各所への指示を始めていたのだ。


 資料によれば、ザカライア軍はコボルド王国攻略の前に「調査」と称し【大森林】入りの演習が行われるとある。

 彼女はガイウスの助言もあり、これは数字だけではなく実地で情報を得る機会だと判断。レイングラスの猟兵隊に現地での偵察任務を指示した。

 目的の場所は旧コボルド村よりもずっと東に位置し、狩人らによれば「前の村でも行ったことが無い」領域だという。

 ここは【大森林】である。本来であればコボルドの戦闘力でそうそう遠出などできぬが、今回は猟兵隊全員に魔杖を装備させることで十分な対魔獣戦闘力を獲得させ、解決している。

 以前では取れなかった行動だ。彼らが情報を持ち帰れば、サーシャリアの用兵に大きな助けとなるだろう。


 ……ともあれランサーの協力により、コボルド軍はより入念な準備と対応をとる余裕を得たのだ。

 来たるべき第三次王国防衛戦に向け、各人が各人の持ち場で最善を尽くし、備え続けるのであった。

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