148:ミスリルのひ・み・つ

148:ミスリルのひ・み・つ


『物資の在庫確認、終わりました』

「ありがとう、ラビ」


 ホッピンラビットからの報告書を受け取ったサーシャリアが、それに目を通して溜め息をつく。


「食糧も薪も減る一方……王都にいた頃は、冬がこんなにも恐ろしいものだなんて思わなかったわ」

「ワタクシもですわ。薪なんて木を切っただけのものかと思っていましたけれど、ちゃんとしたものは保管して長いこと乾燥させないといけないのですね。お屋敷で無造作に暖炉へ放り込んでいた時は、こんなに貴重なものだとは知りませんでした」


 よいしょ、と言いながらサーシャリアの隣へ腰掛けるナスタナーラ。


「私だって町育ちだもの。お金を出せばいつでも買えるって程度の認識だったわ」


 精霊の助力があるため乾燥期間はずっと短縮できるが、良質な薪は冬期に生産できるものではない。燃料節約のためコボルド族が身を寄せ合って夜を越すのは、種族的な性格のみならず必要に駆られたものだといえるだろう。


「ねえナスタナーラ、今履いてるそれって、ガイウス様のズボンじゃない?」

「ええ! 余裕があったはずの服がもうみんなギリギリになってきたので、団長からお借りしているのですわ」

「年頃のお嬢様が、おじさんのお古を嬉しそうに着ている、っていうのも変わってるわよね……」

「?? サーシャリアお姉様も、よく団長の服に顔を埋めてらっしゃるじゃあ、ありませんか」

「トコロデドノクライセガノビタノカシラー!?」


 コボルド王国きっての用兵家が、素早く会話の陣形を切り替えた。


「はい! 先日主婦連合の皆様に計っていただきましたら、六尺四分三厘(約195センチ)に伸びておりましたの」

「ウッソでしょ!? ここに来てから半年で二寸三分(約7センチ)も伸びてるの!?」

「えー、だってワタクシ十五歳ですもの。あと二、三年は伸びますわ。そして魔獣の肉や【大森林】の幸、美味しいです。じゅるり」

「……その内、ガイウス様より大きくなりそうだわ」

「追い抜いて見せますわよー! 奥様方が今度、蟲熊の毛皮で新しい服を作って下さるそうですし!」

「あ、あらそう。良かったわね?」


 野蛮人(バーバリアン)のような格好を伯爵令嬢にさせて良いのだろうか……と一瞬悩んだサーシャリアであったが。本人が嬉しそうなので、気にしないことにしたようだ。


「そう言えば魔法院院長。教育の成果はどう?」


 厳しい冬の間は生産活動が限られるため、自然、教育や訓練の比重が大きくなる。

 相変わらずナスタナーラは遊びと仕事をキッチリ両立させて、その職務を全うしていた。


「正直、芳しくありませんの。率直に言いますと、魔術適性の割合がヒューマンよりもずーっと少ないのですわ」

「そう」


 人界の魔術兵のように組織だった運用は難しい、と言うことである。魔術士の育成によって魔杖の数を補う目論見は、潰えたと言えよう。


「ヒューマンより遙かに神秘へ近い種族だから、適性者も多いと勝手に期待していたのだけど……こればっかりは、仕方ないわね」

「でも、適性持ちの習熟はコボルド族らしく優秀ですわ。それに『魔術』だけでなく『呪術』、そして『魔法』にまで手が届く子も何人かいますし……魔法教室はお続けになった方が宜しいですわね」

「そうね。治療魔術、魔法技術者の育成は重要だもの。その方面を優先して、引き続きお願いするわ」

「うふふ、お任せ下さいまし! ワタクシ、どこぞのうんこ大臣と違って天才ですので」


 どん、と胸を叩く伯爵令嬢。

 その音に驚いたホッピンラビットが、手に持った椀を落としかけていた。


「サーシャリア君、いいかい」


 指揮所に現れたのは、コボルド王である。

 体の温まる薬草茶を飲みながら、それを迎える将軍と魔法院院長。


「どうなさいました、ガイウス様」

「うん、レイングラスと巡回していたら、ちょっと気になる事態が発生してね」



 レイングラスの手に握られているのは、第二次王国防衛戦で敵兵が所持していたと思われるミスリル含有合金の小型ハンドアックス……つまり魔斧である。

 思われる、というのは戦闘終了直後に鹵獲された品ではなく、枯れ川の淵に埋まっていたのを冬に入ってから発見されたものだからだ。

 第一次防衛戦で倒した冒険者の装備品という可能性もあるが、状況と場所からいってマニオン配下の戦士長あたりが短剣代わりに携えていた副武装だろう。おそらく両面からの奇襲射撃を受けた際に持ち主が戦死し、そのまま濁流に飲まれ砂に埋もれたと考えられた。

 ロードリック=マニオンも貴族の御曹司らしく良質の魔剣を持っていたが、これも同時期に枯れ川付近で鹵獲されている。これらが手付かずなのは寒さが厳しくなった後に回収されたためであり、薪残量の心配から解放される春には溶かされる予定であった。

 レイングラスが気まぐれに持ち出していたのは、そんな品だ。


「威力強化の魔術印が刻まれていますわね。魔杖と同じで体内魔素を消耗して魔術を発動させるものですわー。材質強化や重量低減と並んで、よくある類ですわね」


 魔法院院長の鑑定である。


「うむ……ただちょっと、予想外のことがあってね。レイングラス、頼む」

『おうよ』


 背を向けたレイングラスが樵の要領で、すぐ近くに生えているヘビカンバの木を魔斧で打つ。蛇が巻き付いたような螺旋の縞模様が特徴的な、【大森林】原産の硬い樹木である。

 甲高い衝突音を立てるかと思われた斧刃は、非力なコボルドが振るったとは思えぬ勢いで樹皮を割り、たった一撃でその内部へと鋭く刺さったのだ。

 目を丸くするサーシャリアとナスタナーラ。


「えっ!? すごい威力じゃないですか、その斧」

「そんな逸品だとは、思いませんでしたわ! 誰か名のある魔剣鍛冶による業物だったのでしょうか」

『まあ、親方によればなかなかの良品らしい。ガイウスの見立てでも、ミスリル含有率は結構高そうって話なんだが』


 そこまでの品となると、戦士長ではなくマニオン当人の持ち物だったのかも知れない。


『問題はどうも、そこだけじゃねえみたいでな』


 レイングラスは困惑した表情を浮かべたまま、雪を踏み分けて別の幹の前に立つ。今度の樹木は、人界でもありふれたマツ科のものであった。


『おらよっと!』


 先程よりも気合いの入った一撃を叩き込むレイングラス。

 今度は馴染みのある樵の音色が幹より響き、サーシャリアの身を一瞬怯ませた。

 しかし斧頭は樹皮を裂いてはいるものの、傷の大きさは小柄なコボルドが振るった相応のものである。


「……樺の木って、そんなに柔らかかったですかね?」

『いやー、ヘビカンバはすごく硬いよ。建材向きの奴さ』

「試しに普通の斧で打ってみたが、やはりこれは堅木だね」


 コンコン、と先程の幹を叩くガイウス。


「じゃあどうして……」

「これは仮定だが……もしかすると【大森林】原産の種は、ミスリルという金属に対しとても弱いのではないのだろうか。他の木で試してみても、やはり同様の結果を示していたよ」

「うーん、そんな話は聞いたことありませんわ。とは言え、【大森林】に入って魔剣で木や魔獣を叩く事例なんて今迄そうそう無かったでしょうし」

「エモンなら何か、そういう知識無いかしら。あの子、グレートアンヴィル山のドワーフなんだし」

『俺、さっき聞きに行ってみたけど、「学校で習った覚えが無い」って言ってたぜ』

「うんこ大臣の場合、習っていても覚えていなさそうですわ」


 否定できないサーシャリアが、唸る。


「……まあ、私がそう考えたのも、思い当たるところがあってね。以前フォグが魔剣【スティングフェザー】を魔獣狩りに用いていた時、妙に切れ味が鋭かったのだ」

「そう言えばフォグさんもいつぞやの狩りの帰り、『やたらと切れ味が良くってね』っておっしゃってましたね」


 ガイウスの肌着の匂いを嗅いでいた現場をフラッフに見つかった記憶が乙女の脳裏に蘇り、赤毛の将軍は小さく頭を左右に振った。


「当時は彼女の技量故と認識していたが、確かにフォグの腕力以上の威力を発揮していた」

『俺もそうなんだ。第一次王国防衛戦で、ギルド長のワイアットだっけ? ……が蟲熊の首を魔剣で押し斬るのを見たのさ。今日までは赤い鎧の力だと思ってたけど、多分それだけじゃなかったんだな、あれは』


 ガイウスとレイングラスが、「『なー』」と調子を合わせる。

 サーシャリアは少しの間考え込んでいたが、やがて一人頷くと。


「手持ち無沙汰な冬の内に、詳しく実験しましょう。薪の在庫も心配ですが、もう一本の鹵獲魔剣は溶かして、コボルド用の斧や加工道具へ改鋳してもらいます」

「うむ、親方にも頼んでおこう」


 もしこの説が確かであれば、コボルドらの木材加工効率は大きく向上することだろう。

 罠や防衛施設の建設も、加速するはずだ。


「明るい材料ですわね! お姉様ん~」


 背中から抱きついたナスタナーラに、サーシャリアは「え、ええ」と落ち着かない様子で答える。ガイウスも、何か考え込むような顔つきであった。


「ナスタナーラ。これは霊話と同様に機密事項よ。気をつけてね」

「あら、これもですの?」

「ええ。まあ、いつかは誰かが気付くでしょうね。でも、それはできるだけ先であって欲しいもの」


 サーシャリアは嘆息を吐き、胸に回された少女の腕に手を乗せて呟く。


「【大森林】というコボルド王国の城壁を、未来の人界が克服しかねないということよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る