145:歴史的大事件

145:歴史的大事件


 コボルド王国として迎えた初めての冬。国全体を揺るがす歴史的大事件が起こった。

 雌鶏大好きニワトリ大臣ことブラッディクロウが、結婚することになったのである。


『え!? アイツが!? 鶏以外に興味あったのか!?』

『雌鶏とじゃなくて、コボルドと!? 嘘だろ!?』


 予測もしなかった事態に国民は驚愕、狼狽した。

 その相手が新郎の同年代で人気のスモールヴァイオレット嬢であったことも、より一層その衝撃を強めたと言えるだろう。


 だが事情が明らかになるにつれ、それは反転して納得へと変化していく。

 鶏舎運営にかけるブラッディクロウの真摯な姿勢に心打たれたスモールヴァイオレットは、いつしか進んで手伝いをするようになり、共に長い時間を過ごす内、互いの思いを通わせるようになったのだという。

 そのことを知った王国民は、あのニワトリ大臣の心を雌鶏以外に向けさせた若い乙女の人柄と器量、情熱に、敬意に似た感情を抱かざるを得ない。

 そしてそれ以上にコボルドたちの心を揺さぶったのは、ブラッディクロウがスモールヴァイオレット嬢に捧げた、求婚の言葉であったのだ。


『にわとりよりもあいしてる』


 王国民は、戦慄に近い感動を覚えた。

 彼らは、短く簡素でありながらこれほどまでに深い愛の込められた言葉を、今までに耳にしたことがなかったのである。

 その結果『○○よりも愛してる』はこの冬の流行語となり、その結果多くの若い夫婦を生み出していく。


 また、ブラッディクロウ夫妻が与えた影響はその言葉だけに留まらない。

 この若夫婦は結婚にあたり、人界の風習に倣ってコボルド族初の結婚指輪を交わしたのだ。

 親方が作った二つの小さな輪の交換は若い恋人たちの心を惹き付け、以降、コボルド族も婚姻の際に左手の薬指へ指輪をはめる習慣が根付いていくこととなるのであった。



「いやー、微笑ましいものですなあー」

「そうねぇ。良かったわねえ。いいわねぇ」


 ブラッディクロウらの結婚式の帰り道。杖をついたサーシャリアとダークが、夜道を並んで歩いていた。


「おやおや? 繊細なお年頃のサリーちゃんとしては、やはり指輪に憧れがあるのですかなぁ~?」

「私は勲章とか襟章とか腕章とか肩章とか胸章とか袖章とか臂章とか帽章とか周章とかの方がずっといいわ」

「見た目可憐な乙女のくせに、この軍事情緒嗜好者は……」


 何が可憐よ、と言いながら友人に肘鉄を入れる赤毛の半エルフ。


「そう言う貴方はどうなのよ、ダーク」

「まあ自分には終生関係ないシキタリですので、特に何も。ケケケ」


 打たれた腹を擦りながら、黒髪の剣士は蛙のように笑った。

 その時である。若いコボルドの娘が将軍らの前を横切ったのは。


「あら。枕や毛皮布団を持って、何処へ行くの?」

『あ、将軍こんばんは! 王様に夜のお供でお呼ばれしておりますので、今からお屋敷に行くんです。それではまた後ほど!』

「ほえあっ!?」


 目を点にし、硬直したままコボルド娘を見送るサーシャリア。

 汗をだらだらと流して、激しく震えつつ隣の友人へ向き直る。


「ガガガガイイイイウスさまのよよよよるのおとももも? ダダダダダーク? どういうこととと?」

「……前に聞いたのを忘れたでありますか、サリーちゃん。コボルド族は厳しい冬を越すために、寝る時はなるべく身を寄せ合って暖をとる風習があるのを。そろそろ雪が積もりそうだから、王宮にも今夜から集まって寝る手筈ではありませぬか」

「あっ」


 思い出したように手を打つ。実に犬っぽい風習ではあるが、らしいと言えばとても彼ららしい。

 見回せば他のコボルドたちも寝具を持って屋敷へと向かっており、村全体がまるで子供のお泊まり会の如き賑やかさを見せていた。


「……そうだったわね」


 やや気落ちした面持ちで、それを眺めるサーシャリア。


「ははーん。サリーちゃん、さてはガイウス殿と過ごす時間に邪魔が入りそうで、残念なのですなー?」

「そそそそそそんなことないし!?」

「いやいや、皆まで言わずとも結構。お察しします、お察しします故」

「むきーっ!」


 ぽかぽかと交互に拳を叩きつける華奢な将軍を、ケケケと笑っていた黒髪剣士であるが……ひとしきり終えた後、耳打ちするように囁いたのである。


「サリーちゃん。発想を切り替えるべきであります」

「……は?」


 腕の動きを止め、僚友と視線を合わせるサーシャリア。


「皆が温め合うため、雑魚寝をする訳でありましょう?」

「そうね」

「暖をとるのですから、くっついて寝ることになりますな」

「まあ、そうなるわね」

「でしたら……ガイウス殿の寝床に同衾し、密着してサリーちゃんが寝ていても、何もおかしくありませんよねえ?」

「合理的かつ効率的な風習よね!」


 途端に浮かぶ、満面の笑み。


「そうよね、冬を越すため相互に助け合う、コボルド古来からの生きる知恵なんだもの。【かの土地ではかの民の如く振る舞え】って昔から諺で言うくらいだものね! こうしちゃいられないわ! 場所取りに早く行かないと!」


 杖つきとは思えぬ速度でズカズカと歩いていくサーシャリア。

 ダークはもう一度いつもの笑い声を上げると、その背中を追っていくのであった。



『外はどうじゃ、ドワーフ坊主』

「結構雪降ってきてるぜ、爺さん。クッソ寒いし、これ積もりそうだな」

『そうか。では明かりを消して寝るかの。風の精に換気を頼んでおくので時々冷気が入るからな、皆暖かくしておれ』

『『『「「「はーい」」」』』』

「ほらほらフラッフ、こっちへおいでまし」

『ううん、僕ダークと一緒に寝るー』

「はー。この綿毛は幾つになっても甘えん坊ですな……やれやれ」

「じゃあフィッシュボーンおいでませ」

『僕、弟妹に添い寝、するから、いい』

「まあ! すっかりお兄様ですのね、よしよし」

『えへ、へ』

『おいガイウス! 一緒に寝ようぜ』

「うん、寝る寝るー」

『「シャーッ!」』

『うお、蛇の威嚇かと思ったらサーシャリアちゃんとブロッサム!? 分かったよ分かったよ。場所とったりしないってば』

「じゃあレイングラスさん、ワタクシのところへどうぞどうぞ」

『お、おう。そうかい? ナッスちゃん』

「あーあ、レイングラス、安らかに眠れであります」

『え、何その不穏な発言は』

「苦しくなったら噛むでありますよ。運が良ければ起きるでしょうな」

『だから何で―!?』

「エモンもワタクシのとこへおいでなさいな」

「アホか、絶対に嫌じゃ! 俺はその辺のチビ共と寝るわ……ってうわ、何か小山ができてんぞ」

「ガイウス殿の足に固まってますな」

『おうさまのあし、あったかい』

『あったかくてくさい』

『このよのものとはおもえません』

『あまりのくささに、われなきぬれてあしとたわむる』

『くさくておちつくの』

「しくしくしく」

「体臭の濃いところにわざわざ集まってくるとか、ホント犬っぽいよなお前ら……」

「ぐおーすぴー」

『ナッスちゃんやたら寝付きいいな……ってか腕がほどけねえ! ……もごご』

「むにゃむにゃ、静かにするですわンゴゴー」

『もごもご』

「ナッス烏賊の餌食になったか……哀れレイングラス……ん、足臭山がもぞもぞしてんな、なんだ?」

『おしっこいきたくなった。でもおそとさむい。どうしよう』

『ばかだな、ちょっとずつしっこして、かわかしていけば、おべんじょいかなくてもだいじょうぶなんだぞ』

『あったまいー! さっそく』

「おい誰かこのガキ共をとっとと便所に連れてけ!!」

「ブロッサム、連れて行ってあげなさい」

『はい、陛下のおっしゃる通りに……さ、他にも行きたい子がいたら一緒に行くわよ。三馬鹿も手伝いなさい』

『『『はい、お姉様』』』

『『『おべんじょだー』』』

「ブロッサムは何だかんだでちゃんとお姉さんっぽいでありますなぁ」

『んー……おっぱい』

「おや寝ぼけた何処かのおチビが……んっ……これこれ服に潜り込むなであります。ああもう、左は乳首無いからまさぐっても無駄です故」

「右だって出ないでしょ!」

『あらごめんなさい! ウチの子が』

「いえいえ全然大丈夫でありますよ若奥様、はいどうぞ」

『ありがとうございます、ダークさん』

「……ううむ、ところでさっきから私のお尻を撫で回しているのは誰かね?」

「さ、さあ!? 誰ですかね!? レイングラスさんでしょうか!?」

『もごもごー!』

「そうか。じゃあ別にいいや」

「何でレイングラスさんならいいんですか!!」

「サ、サーシャリア君、どうして怒っているのかね!? いたた、背中を抓らないでくれたまえ。いたたたた」

『うるっさいわお前ら! 静かにせんか!』

「「ごめんなさいー!」」


 外では雪がしんしんと降り続ける中。

 コボルド王国の暖かく賑やかな夜は、こうして過ぎてゆくのであった。

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