144:冬が始まったよ
144:冬が始まったよ
『ウヒョー! これが雪! 雪かー!』
『ゆっきー』
「オーホホ! オーホホホ! オーホホホホホ!」
「ぜーっ、ぜーっ」
今年初めて空から舞い降りた、白く柔らかな欠片。
興奮したフラッフとフィッシュボーン、それにナスタナーラが広場をぐるぐると駆け回っている。遅れて後を追っているのは、ドワエモンだ。
「くっそ、追いつけねえ……チビの頃は俺を追いかけてやがったくせに……」
『兄ちゃんおっそーい!』
『おそー、い』
「遅いし、息が上がるのも早いですわー。貴方毎日毎日朝晩あんなに走り込んでいるくせに、ちっとも足が速くなりませんのね」
「うるせー! うるせー落書きブス!」
「オホホホ! 今更不細工程度で……落書きですってぇ!?」
『『ヒュー! 今日二回目の拳闘だ!』』
そんな喧騒を窓越しに聞きつつ、指揮所ではガイウス、サーシャリア、レイングラス、ブルーゲイルらが卓を囲んでいた。
『まあこの程度の雪じゃ積もりゃあしないけど、フラッフたちには新鮮なんだろうな』
「雪は怖いですけど、私たちにとっても待ち遠しくありますね」
この大陸の冬は厳しい。人界ですら雪が積もれば往来も制約を受けるし、【大森林】の中にあるコボルド王国に至っては、ほぼ完全に外界から遮断されるだろう。それはつまり、降雪期間は人界からの侵略がないことも意味する。
彼らにとっては、明確に一息つける貴重な時期でもあるのだ。
「うんうん」
コボルド王は頷きつつ老眼鏡越しに書類へ目を通しており、その脇では将軍が主君の横顔を眺め、時々恍惚とした息を吐いていた。どうも何かが、彼女の嗜好を著しく刺激するらしい。
『さてと、じゃあこいつはこの隊だな』
レイングラスの言に頷いて、ガイウスがペンで所属を書き込んでいく。
彼らは続々と成人する準第二世代の若者の、戦時配属を話し合っていたのだ。
『陛下ッ! レッドフォックスとグリーンラクーンはここでよろしいですかッ!?』
「うんうん」
『バンブーシュートノーズとマッシュルームノーズはこの隊にすっか』
「この二人は喧嘩しがちだからね。別々の隊にしておこう」
『お、そうかそうか』
『うーむ! やはり若い子だけの班もできてしまいますなッ!』
『お前が若い子とか言うなよ』
『そうでしたッ!』
あっはっは、と笑いながら互いの肩を叩きあっている。
「パープルスクオロルは頭の回転も早いですし、この若い班の班長に据えては如何でしょうか」
「うーん、あれは確かに頭のいい子だが、それは誰か周囲を纏めてくれる人がいてこそのものなんだ。その班はグレイファントムに任せて、補佐につけなさい。彼はぼんやりしているように見えるが、ああ見えて周りをよく観察し配慮している。相談を持ちかける子も多い」
「はい、分かりました」
『スタッグイヤーはどうしますかッ!』
『おお、あのでかい奴な!』
スタッグイヤーは、牡鹿の角の如くピンと長く立った耳に基づいて名付けられた若者だ。
準第二世代の中でも群を抜いて身体が大きく、背丈はなんと約四尺六寸(約百四十センチ)のサーシャリアをも上回る。
第一世代の大人が三尺(約九十センチ)に満たず、準第二世代成人でも四尺(約百二十センチ)に届かないことを考えれば、現在のコボルド族では驚異的な巨躯であった。
『あいつ足早えしなぁ。猟兵隊に入れても余裕でついてこられそうだぜ』
第一次王国防衛戦から活躍し続けてきた攻撃隊は、現在は近接攻撃の役目を親衛隊に譲ったこともあり、その機動力と走破性を活かした攻撃部隊として猟兵隊の名で再編されている。名前の由来は、狩人の第一世代を主軸としているからだ。
『親衛隊でも! 期待の声が寄せられております!』
「性格も落ち着いていますし、周囲からの評判も良いですね。体育の成績も優秀、霊話に必要なシャーマンの素養に加え、魔術適性まで有り! 最近はナスタナーラの魔法学校に参加して、熱心に修行している様子です」
『おー、そこまでやってんのか。すげえな。猟兵隊にくれよ』
『いやいや! あの肉体は近接戦闘を担う親衛隊にこそッ! 是非入隊試験を受けさせたいですなッ!』
「魔杖の射撃戦から白兵戦闘、【マジック・ミサイル】を習得すれば魔術兵も務まりますね。指揮官候補としても期待大かと! 本人からの希望部署は特にないそうですが、ガイウス様、彼はどこに配属させましょう?」
興奮した様子で問いかけるサーシャリア。
蜂蜜湯割りを両掌で持ち「あまくておいしい」と語彙力の欠如した感想を述べていたガイウスは、周囲から返答を求められていることに気付いて目をぱちくりとさせると、
「ん? 衛生兵かな」
『『「何でー!?」』』
目を丸くした幹部らが、声を合わせて王に尋ねる。
「この子は気が優しすぎる。魔杖や剣を持たせても、実戦では何もできないよ」
『し、しかし陛下ッ、彼は実際、軍事教練でも優秀でありましたがッ!?』
「まあ練習で相手に真剣を打ち込むわけじゃないしね。木剣でだって、彼は相手の身体へ一度も打ち込むことができていない。確かに模擬戦では勝ちが多いように思えるが、それは全部、自分より小柄な相手の得物を力で叩き落としての判定勝利だ。それではヒューマン相手に通用しない」
『そ、そうでしたかッ……』
「決して、臆病な訳じゃないんだよ。あの子は相手を傷つけることができないだけなんだ。例え敵でもね。しかし仲間のためなら白刃の海へ何度でも飛び込み、負傷兵を幾人も担いで戻ってくることだろう。きっと、良い働きをするよ」
『じゃあ、ナッスちゃんとこで魔術の修行頑張ってるっていうのは?』
「おそらく治療魔術を習得したいのだろう」
『ふーむ。いい体格してんのに、勿体ねえな』
「まあ、こればかりは向き不向きどころの話じゃなくてね。それしかできない人間がいるのと同じで、それは絶対にできない子もいるんだ」
「……スタッグイヤーも、希望があるなら言えばいいのに。どうして希望部署は無回答だったのでしょう」
「あの子も周囲の自分に対する印象を分かっているのだろう。その遠慮があるから、自分からは……とうとう言い出せなかったのだね。だがこのままでは彼も周囲にも、良くないはずだ。だからサーシャリア君。面談の機会を作って、君からこの配属予定を伝えなさい」
「あ、はい……はい!」
半ば呆然としながら、サーシャリアは三度ほど頷く。
『お前……普段全然気が利かなくて物覚え悪い癖に、そういうのはよく記憶してるよな』
「そうかな」
『ほーう?』
ふと聞こえた声に一同が振り返ると、そこには様子を見に来たレッドアイの姿が。手には差し入れと思しき、奥方手製の焼き菓子が入った籠を抱えている。
『さてはお前さん……畑仕事全然覚えられないのは、真面目にやってないからだな?』
「そ、そんなことないよ!? 真面目にやってるよ!?」
『春になったら重労働を覚悟しとけよ』
農林大臣に詰められる国王。
指揮所にはしばらく、皆の笑い声が響いていた。
◆
スタッグイヤーと個別面談をサーシャリアが行ったのは、翌日だ。
彼女が配属予定を告げたところ、牡鹿角の耳を持つ若いコボルドは涙ながらに自分の悩みを話し始めたのである。その内容は、やはり概ねガイウスが語っていた通りであった。
「察しのいいところと、鈍感なところで差が激しすぎるんだから……」
晴れやかな顔で帰っていくスタッグイヤーを見送ったサーシャリアは、溜息をつきながら指揮所へと戻る。
戸を開けて中に入ると、件のガイウス=ベルダラスは床に四つん這いのまま固まっていた。
「ああ! サーシャリア君! 助けてくれないかな!?」
「またですか」
ガイウスの背中には子コボルドたちが何人もよじ登り、服にしがみついたまま『きゃーきゃー』とはしゃいでいる。
「落としたペンを拾っていたら、ワームテールとオウルアイとトライアングルノーズとスリーピーシェルフィッシュと、ラフィングスパローがよじ登ってきて、中々降りてくれないんだ」
「え!? 誰が誰だか分かるんですか!?」
王国の幼子たちは、かなりの人数になる。ましてや日が変わる度に成長する年頃でもあり、その判別は別種族にとって容易ではない。
「ん? うん」
「何処に何を置いたかとか、しまったかはすーぐお忘れになるのに」
赤毛の将軍は四つん這いの国王に歩み寄り、毛玉たちを一人ずつゆっくり摘んで降ろしていく。
「まあガイウス様らしいといえば、らしいですけどね」
堪えきれない笑いが、唇から漏れ出る。
「おや、ご機嫌だね。何か嬉しいことでもあったのかい?」
サーシャリアは「ふふふ」ともう一度小さく笑い、ガイウスの背中を指でなぞりながら答えるのであった。
「ええ。とっても」
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