143:冬が始まるよ

143:冬が始まるよ


「んも~。斬り捨てた後、適当に魔獣の仕業っぽく見せかければよろしかったでしょうに~」


 冬が迫ったため壁が作られ、東屋から建屋となった指揮所にて。

 サーシャリアが一連の経緯を説明すると、ダークは薬草茶の杯を卓上に置きつつそう口にした。

 彼女の背後にある板蔀の窓外では、ルース商会が馬車から穀物を下ろしている光景が見えている。現在の情勢下でよく掻き集めた……と感心に値するものだが、やはり得体の知れぬ出処の横流し品が大半のようだ。

 仕入元が元なので、石や木屑でかさ増ししたり袋やカビの生えたものばかりでもおかしくない。だが農林大臣主導で検めたところ、意外にもそういった代物は少ないという話である。そのあたりに、ルース商会の意地らしきものを感じられた。

「馬鹿言わないで。仮にも使節団の一員よ? 嫌な予感がするってだけで、殺せる訳ないじゃない」

「自分は今まで、そうしてきたでありますがね」

「何よそれ」


 ダークは窓の外に視線を泳がせつつ杯の残りを飲み干した後、


「……冗談でありますよ」


 そう、自分の発言を取り消した。


「ところで人が少ないようでありますな。ガイウス殿や坊主もおられませんし」

「北西に、この間から蟲熊の群れが渡ってきていてね。その討伐にガイウス様や親衛隊、主だった戦闘人員で討伐に出たの。かくいう私も一昨日までは指揮で同行していたし。色んな処理も済んだそうだから、そろそろ戻ってくるわ」

「へえ、そうでしたか。参加できず、残念であります。というかあの六本足、熊っぽいのに群れなんか作るのですなぁ」

「たまにそういう個体もいるって、ガイウス様は言ってたわね……でも女王熊を含めて二十三匹よ? 二十三匹! もし村近くにまで侵入していたらと思うと、ぞっとするわ」


 渋い表情で腕を組んでいるサーシャリア。

 その彼女の様子から、事情を察したダークが問う。


「こちらの被害は?」

「四人。スリーピングスネイルさん、グリーンビーさん……アングリーアントとイエローネックよ。もう、星送りも済ませたわ」


 魔杖と霊話戦術導入以前のコボルドらを鑑みれば、驚異的な戦力の向上であり、とても魔獣の群れを相手にしたとは思えぬ損耗率の少なさである。しかしそれでもその中身はやはり、重い。二名の名に敬称がついていないことも、よりサーシャリアの顔を暗くしていた。


「治療魔術とシャーマンによる合同施術がなければ、もう何名か増えていたでしょうね」


 精霊魔法で癒やしの精を呼ぶのは、身体の治癒能力を促進させるのが目的である。精霊は患者に触れ、傷を縫合できる訳ではないからだ。

 だが視点を変えれば、癒やしの精自身が生来の医師なのである。精霊の助言と指示を受けながら治療魔術で外科的施術を行うことで、その効率と正確さは飛躍的に向上するのだ。これは精霊への対話と助力を得られる妖精犬ならではの術式といえるだろう。

 人界魔術と精霊魔法を融合させ医療にあてた一連の発想は長老と魔法院院長の功績であり、ともすれば単なる元気少女として忘れられがちなナスタナーラの才覚を、国民に再認識させていたのであった。

 残念ながらコボルド魔法院の治療魔術士は未だ育成中であるが、彼らが育った時にこの施術方式は多くの生命を救うに違いない。


「……流石に【大森林】、か。ただ暮らすだけでも犠牲を免れぬ土地ですな。国の今後を考えると、難儀であります」

「そうでもないわ」


 赤毛の半エルフが発した意外な言葉に、片眉を上げる黒髪の友人。


「確かに人界からの攻撃以前に、王国は魔獣……【大森林】との戦いを常に強いられるわ。でもね、それは戦争が無い状態でも恒久的に、軍に実戦経験を積ませ士気と練度を維持し続けられるという利点でもあるのよ」

「ほう」

「これは長い目で見れば、コボルド王国の強みになる。強みにさせるわ」


 ダークは目を丸くして、サーシャリアの顔を見つめている。


「……って、何よその顔」

「いやー、サリーちゃん、成長しているんだナー、と」

「からかってるの?」

「……羨ましいんでありますよ」


 クフフ、と自嘲的な嗤い。


「何よ。またそうやって馬鹿にするんだから」

「いえいえ、滅相もない」


 将軍の膨らんだ頬を指でつついた女剣士は、今度はケケケといつもの笑い声で答えるのであった。


 ……コンコン。


「サーシャリアさん、今回の便は降ろし終わったぜ。今はそっちからの荷を積み込ませてもらってるよ」


 入り口の壁を叩いて指揮所に顔を出したのは、ルース商会の長ダギー=ルースだ。


「有難うございます、ルース商会長」

「今日は村に泊まらせてもらって、翌朝出発するよ。雪が降る前にできればもう二回は寄りたいと考えてる。最低でも一便、残りの届け物があるしね」

「お願いします。今年は雪が降るのが早い、とうちの長老さんも言っていましたので」

「森の妖精犬の予測か。そりゃあ、確かそうだ」


 頬を歪めて商会長は頷いた。サーシャリアもそれに、笑顔で応じる。

 そしてダギーは軽く会釈をすると、部下たちの方へと戻っていった。


「ダーク、お茶もう一杯飲む?」

「これはこれは、かたじけない」


 サーシャリアが杯に陶器ポットから茶を注ぐ。

 コポコポという音に被せて、窓の外から主婦連合の談笑が聞こえてきた。


「賑やかですな」

「沢山熊肉が入ってくるもの。干し肉塩漬け肉も作るし、今夜のご馳走にも回るのよ」

「件の蟲熊ども、食べるんで?」

「当たり前でしょ」


 人界では人を殺めた動物を食すのは好まれない。だが過酷な【大森林】に生きるコボルド族は、それを無駄にすることこそが死者への冒涜とみるのである。サーシャリアも彼らの一員として、既にそれを当然と見做しているのだ。


「やっぱりサリーちゃんは……」

『ダークおかえりー!』


 女剣士の呟きを遮って懐へ飛び込んだのは、ガイウス宅の末っ子、フラッフである。

 少年になっても子犬のようにもわっと膨らんだ被毛の彼は、べふべふ息を弾ませながらダークの胸に顔を埋めていた。


『夕食何? 何作ってくれるー!?』

「やれやれ。帰ってきて早々、夕餉の催促か。困った子であります」


 双丘にしがみつく毛玉を、優しく撫でる黒髪の剣士。

 赤毛の友人は、微笑みながらその光景を眺めている。


「私に言わせれば、ダークの方こそ変わってきた気がするけどね。存外、こっちが本当の貴方なんじゃないの?」

「ご冗談を。柄ではありませぬよ。それでもそんな風に見えるのでしたら……」


 わしわしとフラッフの背中を揉みながら、ダークは小さく呟く。


「……まぁ、良くない傾向ですな」

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