139:夢見る令嬢の夢見てない部分
139:夢見る令嬢の夢見てない部分
「ああ、今日は疲れたなぁ」
多連結式の竪穴式住居……ガイウス邸にて。慣れぬ渉外の一日を終えたコボルド王が、肩をほぐしながら嘆息を漏らしていた。
「疲れたのは俺だってそうだぜ。会談中、家の中で柱にずっと縛り付けられててよ」
『僕も僕も』
「貴方たちはルース商会が来た時に散々掻き回した前科があるでしょ!? 万が一にも何か面倒を起こされたら困るのよ!」
不満の声を上げる馬鹿兄弟を、赤毛の将軍が目を三角にして叱りつける。
「バッキャロー見損なうな! 来たのは男ばっかりの上に、美形までいたそうじゃねえか。美男子は敵だ! 頼まれたってそんなモン見たかねえよ!」
『おっぱい……女の人が来てないなら僕も興味はないよ』
エモンにはサーシャリアの手刀、フラッフにはアンバーブロッサムの拳骨が、それぞれの頭頂を痛打する。
「あらあら、そんな美男子までおられましたの? やっぱりワタクシも覗いてみたかったですわー、ですわー」
残念そうな表情で、人差し指を頬に当てるナスタナーラ。
なお、柱に拘束されていたのは伯爵令嬢も同様であった。
「使者を任されるような貴族だったら、もしかしたらナスタナーラの顔を見知っているかも分からないでしょう? どう受け取られるか不明な材料は露出したくないの。戦場で垣間見られるのとは違うのよ」
「ちぇー、つまんないですの」
ナスタナーラが膨らませた頬を、左右交互に押し込むサーシャリア。「ぶふー」と音を立て、尖った唇から空気が排出されていく。
ガイウスは微笑みながら可愛らしいそのふれあいを眺めていたが、
「さて、寝る前に少し散歩してくるかな。今日は緊張しっぱなしで、どうにも少し動いてからでないと寝付きが悪そうだ。皆は先に寝ていなさい」
ごきり、ごきりと凝りをほぐすように三度ほどゆっくり首を回した後、「はっはっは」と笑いながら表へ出ていってしまった。
残った者たちがそのまま邸内で寛ぎ、幾らかたった頃。
「あーいけなーい。指揮所に忘れ物してたわー。取りに行かないとー。暗いから見つかるかしらー。皆は先に寝てるのよー」
妙に抑揚の欠けた声を上げたサーシャリアも、不意に立ち上がって家の外へと歩き去っていく。
そしてまた経つ、しばしの時間。
「そろそろ……ですわね? 行きますわよ、エモン」
「あ? 何処にだよ」
鼻提灯のフラッフを寝床へ運び終えたドワエモンに、うきうきした様子のナスタナーラが声を掛けた。
「んふふー! 恋の匂いがしますわ! サーシャリアお姉さま、この機会に団長ともっと仲良くなろうとしているのです! ワタクシの鋭敏な恋愛感知感覚がビンビン反応してますの! こっそり追いかけて、情緒溢れる感動的な光景を偵察しましょう!」
「お前ホントそういうの好きだよな……姐御土産の恋愛モンとかもよく読んでるし」
外部への買い出しでは、コボルド王国の文化水準向上のため書籍を持ち帰るのも重要な任務の一つだ。
その際にダークが時折サーシャリアへ流行りの恋愛小説などを土産に買ってくるのだが……当の半エルフは自身の行動を棚に上げそういった類を鼻で嗤い、男臭い戦記物や英雄譚、任侠小説を読んでは涙ぐんでいる……という有様であった。
ナスタナーラや村の乙女たちはそのおこぼれに預かり、盛んに回し読みや感想会に興じていた。
「頭脳明晰なサーシャリアお姉さまの、大人の恋の駆け引きとかとっても勉強したいですわ!」
「あんなのどう見たってジジイと孫だろ……てか、そもそもナッスお前、オッサンを婿に取りに来たんだろ? サーシャリアが仲良くしてたら都合悪いんじゃねーのか」
「いえ別に? 貴族にとって恋愛と結婚は全く別物ですもの。性能としての血統を追求するラフシアの家では、尚更ですわ」
「お、おう?」
「うちの御父様が御母様と結婚したのだって、御母様が様々な種族の血を引きつつ魔術の達人だったからですわ。ラフシアの家へ優れた力を取り入れるために、西方生まれで平民の御母様を娶ったんですからね」
「そ、そうか……」
天真少女の口から出る乾いた価値観に、ドワーフ少年は少なからぬ動揺を見せた。
「ワタクシの体格が恵まれていますのも、御母様の家系にオーガ族がいたからですの。所謂、ちょっとした先祖返りですわね。そういった意味でも、御母様はラフシアの家に適した女性だったのでしょう」
それが当然、という顔で語るナスタナーラ。
普段は見せぬ友人の以外な側面に、少年は複雑な表情を浮かべていた。
「南方の貴族って不便な生き方してんのな……でもウチのかーちゃん、北方の小さい国の姫様だったけど、若い頃フツーにとーちゃんと駆け落ちしたぞ」
「あら! それはそれでとっても情緒的ですわ! すごく感動的ですわ! 愛ですわ! 恋ですわ! 詳しく教えて下さいましまし! あ、御母様は今もグレートアンヴィルにいらっしゃいますの?」
目を輝かせながらにじりよる伯爵令嬢の顔を、ぐぐぐ、とエモンが押しのける。
「ああ。子供の時から絵が得意だったらしくてさ、今は美少年がくんずほぐれつする戯画本を描いて暮らしてるよ」
「まあ面白そう! 読んでみたいですわ! エモン、その本を持ってきてませんの!?」
「持ってくる訳ねーだろボケ」
えー、と不満声の貴族娘。
しかしすぐに、はっとした顔になり。
「いけない! こうしてはいられませんわ! 情緒的光景を見逃してしまいます!」
「一人で行けよ、面倒臭え。何で俺が」
「もしお姉さまに見つかって怒られたとしても、貴方が一緒であればお叱りの対象を分散出来ますわ。はー……攻撃を集中させず可能な限り受け流すのは、兵法の基本ですわよ? 王国は未だ厳しい状況に置かれているというのに、エモンは不勉強なんですから……」
「何言ってんだこのアホもごもご」
息を吐くナスタナーラが、敷物でエモンを簀巻きにした上で猿轡を噛ませる。迅速で、慣れた手付きであった。おそらく普段からありふれた光景なのだろう。
「ブロッサムも行きます?」
『遠慮しておきます』
「んっふふー、ヤキモチですの?」
『否定はしませんけど』
頬を膨らませて答える琥珀色のコボルド少女。
『サーシャリア姉さん「は」勇気があるから応援しているんです。ですから私、お邪魔したくも怒られたくもないので』
「?」
『……まあ何にせよ、囲炉裏に火を焚べたまま家を空けるわけにもいきませんから』
「そうですわね。じゃあ、行ってきますわ!」
『くれぐれもお邪魔だけはしないようにして下さいね』
「ですわ~」
筵の芋虫を脇に抱えたまま家を出るナスタナーラを、アンバーブロッサムは溜息をつきながら見送るのであった。
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