136:方針決定

136:方針決定


 ガイウスは一息ついて言葉を続ける。


「本来であれば独立国家として我々の主権を認めさせるのが理想だが……ケイリーの立場として、それは不可能だな」


 そもそもノースプレイン自体がイグリス王国に従う貴族自治領であるため、主を飛び越えてそのようなことを認める権限はジガン家にない。それはイグリス王家への反逆にとられかねない行為だ。

 だからガイウスとしても、それを切り出すつもりはない。


「だから現実的な落とし所としては……侯爵領内の自治領か自立勢力、もしくは配下の辺境部族としてノースプレイン侯に承認させるのが妥当なところだろう」

「それって、ケイリーの下につくってことか!?」


 ガイウスの説明に、眼前まで詰め寄ったエモンが食って掛かる。


「うむ。それならばケイリー側もコボルドを従わせたとして外部への面目が立つ。故に矛も収めやすい。従えば役を課せられるが、それでも隣接領との戦は回避できる」

「連中のために働くってことかよ……」


 封建体制の服属側は軍役労役の義務を負うのが一般だ。

 交渉次第で貢物などに代えられるやも知れぬが、それは後に考えるべきことであった。


「そうだ。ケイリーがノースプレインを統一し……統一すればだが……全力をこちらに振り向けられるようになったら、その軍を防ぎ続けることはできん」

「オッサンもサーシャリアも無理だ無理だって言うけどよ。この間だって、アイツらをボコボコにしたじゃねえか!」

「ボコボコじゃなくてギリギリよ」


 不満げな少年の言葉に、年上の半エルフが訂正を入れる。

 王も、意見を同じくするように頷いていた。


「エモンよ。私たちは確かに今現在、【大森林】に霊話戦術と幾らかの魔杖で局地戦上の優位を辛うじて確保している」

「おうそうだぜ! そこにこのまま人が増えれば、もっと守りやすくなるだろ? コボルドたちは一年で成人だ。最近は子供も多いから、人口なんて数年であっという間に増えるさ……あ!」


 重大なことを思い出し愕然となる少年に、サーシャリアが語りかける。


「そうよエモン……忘れてたの? 前に教えてくれたのは貴方でしょ。『分霊種族は魂を分け合っているから種族人口に限界がある』って」

「そうだ……ああ、そうだったな。クソッタレ」


 ガイウスたちが割り切った理由に辿り着いたエモンが、弱々しげに頷く。


「ドワーフが五千人よね? 何千人、何万人がコボルド族の限界かはまだ分からないわ。でも、ヒューマンの人口は発展と共に増え続けているの、これからもね」


 ヒューマンに人口の限界はない。文明が発達し続ける限り、森の中と外の差は広がり続けるだろう。

 ドワーフは五千人が人口限界という話だが、それでもその全ては男性である。そして、大陸でも屈指の身体性能を持つ戦闘種族だ。国力も高く周辺国との関係も強い。さらには【ドワーフの娘たち】もいるため、その戦力はドワーフ単種の数字のみに留まらない。

 一方でコボルドには老若男女がおり、人口に対して戦闘人員の割合は大きく下がる。

 分霊限界は、コボルドにはより深刻な問題なのだ。


「それによエモン。その点を無視して、もし今後も戦い続けられたとして……外と隔絶したまま百年経ったと考えてみて」

「大袈裟なこと言うなよ。ルース商会みたいに人を呼べるだろ?」

「小さな砦を一つ建てるだけで、コボルド王国は外界から遮断されるわ。今それが行われていないのは、内紛中というジガン家の事情と、単純に利益の問題よ」


【大森林】の中を誘導すれば、個人単位の行き来は可能である。

 しかし枯れ川の入り口をケイリーが塞げば、商隊が往来できるような道は無くなるのだ。封鎖を越えてコボルドの集落へ赴く物好きなど、多くあるまい。王国は、物心両面で世界から遅れゆくだろう。


「コボルドが百年森の中に埋もれている間にも、人界の技術は日々進歩するわ。勿論軍事関連もね。百年後その時、コボルド王国は霊話戦術と僅かな魔杖のみでヒューマンに立ち向かえるかしら?」

「それは……」


 エモンは既に勢いを失い、肩を落としていた。

 コボルドたちも、真剣な表情でやり取りを聞いている。


「コボルド王国が存続していくために必要なのは、食料の確保、軍備の増強だけではない……人界と交流を保ち、外の技術を採り入れ、同水準に維持し得る状態をつくることこそが大事なのだよ。だから私は、これがその一歩を踏み出せる機会であれば、逃したくないのだ」


 少年の頭を撫でながら、ガイウスは穏やかに説く。

 サーシャリアがそこに、優しく言葉を添えた。


「それに、傘下に入ると言っても目指すのは形式上なの。攻めるには割に合わない軍事力を備えた『一応の配下』なんて、歴史上でも現在でも、幾らでも例があるわ。私たちの実質はあくまでコボルド王国。しかしケイリーにとっては配下の辺境部族……それでいいのよ」


 外交において、双方の「認識」が一致する必要はない。

 その「ずれ」を互いが承知の上でも、なお問題はないのだ。

 重要なのは、両者にとっての「実」なのである。


 エモンはしばらくガイウスにされるがままにしていたが……気がついたように顔を赤くすると、大きな掌を払い除けて自分の席へと戻っていった。

 それをナスタナーラが茶化したために掴み合いの喧嘩が勃発し、レイングラスが巻き添えを食って奇声じみた悲鳴を上げている。


『……ま、名目や形なぞ、どうでもええわい。大事なのは実際どうかじゃからな』


 耳裏を掻きながら、恩讐より現実を選択した男が諭すように口を開く。

 他のコボルドたちも、長老のその言葉に深く頷いたのであった。



 こうして、方針確認会議は終了した。


 究極の目標は変わらない。コボルドによる自存自衛の確立だ。

 だがそれを踏まえると国家体制の構築は勿論、周辺地域に存在を認めさせ、実質的な自治権を獲得せねばならない。

 そしてそのためには国力と軍備の増強、外部との外交関係の確保に決定的断絶の回避、恒久的な自給自足体制の確立、交易交流路の確保が必要だろう。

 現時点でケイリー派との和睦はその最短経路の第一歩と考えられる。場合によっては形式上、彼女の傘下に入ることとて辞さない。

 そのことが改めて確認され、そして共有されたのだ。


 これはあくまでコボルド側の目論見だ。

 道はまだ険しく、力を示すために再び幾度か剣を交える必要があるやも知れぬ。

 話に踏み切る時期も重要だろう。向こうには向こうの思惑もあるはずだ。

 だがそれでも神狼の子孫たちは、未来のため手を取り合い一歩一歩進んでいくことを、口に出さずとも誓い合っていたのである。

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