135:方針会議
135:方針会議
コボルド王国、王都の指揮所。
もうじきに会議が行われることとなっているがまだ少し早いため、卓についているのは三人だけだ。
「ナスタナーラが、エモンたちに感化され過ぎだと思うんです」
隣に座るサーシャリアからの苦言に、薬草茶を飲み干した野良着姿のガイウスが顔を向けた。
「どうしてだい、サーシャリア君。仲が良いのは結構なことだろう」
『そうだよサーシャリアちゃん。いがみ合ってるよりずっと良いじゃないか』
コボルド王に同調したのは、指揮所卓の反対側で農書を読んでいる農林大臣レッドアイだ。
サーシャリアの努力とコボルドの学習能力により、現在王国の識字率はほぼ十割である。
「それはそうなんですけど……私は、エモンたちに引っ張られてナスタナーラの品がどんどん悪くなっているのが心配なんです。いつか彼女がルーカツヒルに帰る時、この調子で下品になり過ぎていたら、コボルド王国とラフシア家の外交問題に発展しかねません!」
「うーん、大丈夫だと思うけどねえ」
「だってあの子この間、村の子供たちに混ざって【勇気一本槍(スピア・オブ・ブレイブリー)】で遊んでいたんですよ!? 大貴族の子女なのに! 伯爵令嬢なのに! きゃいきゃい言いながら馬のフンを突っついていたんですからね!?」
拳を上下させながら嘆くサーシャリア。
ガイウスが彼女の方を向いて両掌を差し出すと、頬を膨らませながらポコポコとそれを叩き始める。そうしている内に将軍はにやけ顔になり、何だか機嫌も回復してきたらしい。
レッドアイはその様子を見て『効果覿面だな……』と呟いていた。
「……あれ? そう言えば勇気一本槍ってもう結構前に廃れて、今は【勇気二刀流(ツインソード・オブ・ブレイブリー)】が主流なのではなかったかな」
本筋から外れた点に、ガイウスが首を傾げた。
真剣競技の規則(ルール)に関しては、今更語るまでもないだろう。
『ああ、何でも一周回って「一本の方がより集中できて、技量も反映されやすく奥深い……!」と再評価されているらしいぞ』
農書のページをめくりながら、農林大臣が国王の疑問に答える。
「なるほど。人界でもよく流行は巡ると言われているが……所と種族は違えど、ヒトの営みというものに変わりはないのだなあ。ふふふ」
「まあ……ガイウス様ったら詩人なんですから。うふふ」
「「うふふふ」」
『……』
「「うふふのふ」」
『……』
「「うふふんふん」」
『あ、ひょっとしてこれ、俺が馬鹿共の抑えに回らないと収拾がつかない流れか?』
やれやれという表情を浮かべ、レッドアイは嘆息を漏らすのであった。
『あー面倒臭い……ダークの奴、早く帰ってこないかなあ……』
◆
しばらくして人が集まったため、そのまま予定通り会議は開かれた。
「喫緊かつ最大の問題であった越冬用食糧の問題も解決の目処が立ったので、今後の方針を確認、共有しようと思います」
一同から、『『「はーい」』』と声が上がる。なお、ダークは未だルース商会に同行しているため、この場にはいない。
そんな首脳陣や隊長格を前に司会役を務めるのは、いつも通りサーシャリアだ。
その脇に座ったガイウスは彼らを見回すと、一度小さく頷き息を整えてから口を開く。
「我々の次の目標は、ケイリー派との和睦だ」
「何だとオッサン! あんな奴らと手を組むのかよ!?」
声を荒げて立ち上がったのは、某大臣ドワエモンである。
ケイリー一派が無辜の農村を生贄にした現場に立ち会った当人の一人でもあり、少年としては納得がいかないのだろう。
同様に声を上げそうなレイングラスは、ナスタナーラに抱きかかえられたままそれを眺めている。旧コボルド村を直接滅ぼした冒険者やギルドとは違い、母体のケイリー派に関しては仇敵というより敵手に近い印象なのか。
他のコボルドたちも対外問題は不得手であるため、外交に関しては首脳陣に一任して話を大人しく聞いている。
「無論あの精神におもねるつもりはない……ないが、私は王国の生存を優先する。ノースプレインまで届くほど私の手は長くなく、掌も大きくはない」
ガイウスとて激発した身である。ケイリー派の所業に対する憤りを忘れたわけでもない。再び眼前で繰り返されるならば、実際どう動いてしまうかは分からぬ。
だが彼は貴族の政争とはそのようにおぞましいものであると、良くも悪くも知っていた。
そして自らの使命を鑑みた時に、優先順位を無視できるほど若くもなかったのだ。
……しかしそれでも。いや、だからこそ。ドワエモンが抱く感情を大切に思うのだろう。
王国の未来について「我々は」ではなく「私は」と語ったのは、その判断と行動の責は自らにのみあるのだ、という彼の宣言なのである。
「ねえエモン。私たちは現時点、この【大森林】のおかげで辛うじて侵攻軍を退けているわ。でも、外に出てケイリー派が擁する全軍を打ち破れる戦力はとても持っていないの」
エモンを窘めるように、サーシャリアがやり取りに入って来た。
「そりゃそうだけどさ。こう、腹立つじゃねえかよ。あんな連中と妥協するなんてよ」
「そうね、分かるわ。でも国を守るために私たちはどうすべきだったか、覚えている?」
「侵略してくる敵をぶっ倒すんだろ」
「違うわ、『敵を諦めさせる』のよ。前にも言ったでしょ、忘れた? 『割に合わない』と思わせなきゃ駄目なの。私たちが独力で人界の攻撃を防ぎ続けるのは、絶対に不可能なんだから」
赤毛の将軍が言い切った。
「幸いと言っていいかしら……いや、言うべきね。ここはせいぜい魔獣から採れる珍重品程度しか資源も無いし、農地としても未開拓。おまけに【大森林】の中にあるから、辺境なんて次元じゃない、不便極まりない僻地よ。はっきり言ってこんなところを攻め落としても、常識的に考えて何も得るものはないわ」
またすぱり、と断言する。
「ケイリー=ジガンは冒険者ギルドと配下のワイアットを倒された報復として、先の攻撃を行った。でもそれは領主を称する者の体裁としての行動よ。決して、コボルド王国を倒して益があるわけではないの。むしろ彼女からすれば、金と人材を浪費する厄介ごとの筈ね。弟ドゥーガルド派と内紛中なんだから、なおさらよ」
これは捕虜やショーン=ランサーから得られた情報や状況よりサーシャリアやガイウスらが分析したものであり、常識の範疇で推察されたものだ。
しかしランサーはケイリーが農村を贄にした陰謀自体を知らない。それを元に行われた推理が真実から乖離しているのも、無理からぬことだろう。
勿論ドゥーガルド派と手を組む案も検討されはしたが、現在王国との接点は全く無く、彼らが信用に足るかどうかも分からない。もし同調した後に次男派が敗北したならば、それこそ取り返しがつかなくなる。その方向は危険過ぎた。
「でもその面子による行動も、損失が限度を上回れば話は別。そうなれば別の理由を持ち出して体裁を繕うわ。貴族は、そういうものよ」
サーシャリアを支援するかのように、ナスタナーラが「ですわよ!」と親指を立てて片瞬きをエモンに送ったが……これはあまり意味が無かったようだ。
と言うより、そもそも何の意味があるのか分からない。
「前回の敗北で、ケイリーは流石にそのあたりを考えているはずよ。あの時倒した兵力は彼女一党からすれば大したものではないかも知れないけど、これで私たちを攻め滅ぼすには、大した手間がかかるとはっきり分かったんだもの」
『つまり、俺たちを攻めても「割に合わない」って思い始めてるってことだな?』
「希望的観測ですけど、ね」
横から問いを投げたレッドアイに、サーシャリアが頷いて応える。
そこに言葉を繋いだのは、ガイウスだ。
「うむ。ここまでやりあった以上、彼女もこちらを放置したままでは次期侯爵を称する者として沽券に関わるだろう。だが交渉でコボルド王国を説き伏せた、という事実を作れれば彼女はそれを妥協点にできる筈だ。だから我々はそこを狙う。人質返還で交渉実績が作れそうな今が、その好機だと睨んでいる」
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