133:秋
133:秋
「うーしガキども! ドングリ拾い合戦っ! いくぞーっ!」
『『『おーっ!』』』
「ドングリを見つけても、お尻に入れたら駄目ですわよー!」
『『『おー?』』』
ドワエモンとナスタナーラの前に整列したコボルド少年少女達が、拳を掲げ気勢を上げている。
皆、この秋に向けて編んでいた籠を抱えており。尻尾を盛んに振り回し、待ちきれぬ様子でぴょこぴょこ跳ねている子供や、兄弟姉妹で隊伍を組んで参加している幼子達も見受けられた。
エモンの号令にあるように、彼等が拾いに行くのはブナ科果実類の俗称……ドングリである。
特に栄養価の高い【大森林】の原産種が実らせる【黄金ドングリ】。それらが林床を輝かせる時期が訪れたのだ。
堅果が金色に彩られる理由は、はっきりと分からない。
かつて【大森林】の研究を行った人界の学者達は、乾燥ですぐに発芽能力を失うドングリが小動物に速やかな発見と埋蔵貯食を促すためだとか、【大森林】の地中から吸い上げた魔素が熟し落果する際に変質するのでは、と仮説を立てたそうだが。いずれも確証を得るには至らなかったようだ。
何にせよ、動物が探しやすいものはコボルド達にも見つけやすい訳で。また、力仕事でもない落果集めは、伝統的に子供達が手伝う秋の風物詩なのであった。うんこ大臣と魔法院院長が引率しているのは、児童に人気があることと、先日熊を追い払った武功によるものだ。
ただ、ドングリ拾いは野生動物や魔獣との争奪戦でもあるため。勿論彼等だけではなく、魔杖で武装した親衛隊が護衛のために随伴、巡回する。寄ってくる魔獣がいれば、速やかに狩りの獲物とされるであろう。
コボルド王も子供に混じって列に並んでいたものの、『今日のお前はひたすら木を切り続けるんだよ!』とレッドアイ達に縄で繋がれ連行されていってしまった。
少し離れた場所からそんな彼等の様子を眺めていたサーシャリアであったが。やがて思い出したように小さく笑って向きを変え、杖をつきながら歩き始めた。
もう片方の腕には、木箱と小さいスコップを抱えている。
「おや、デナン女史。ごきげんよう」
しばらく歩いたところで声を掛けてきたのは、散歩中の捕虜、ショーン=ランサーであった。
彼は不逃亡の誓いを遵守しているため、慣習と南方協定に基づき行動の自由が許されている。一応、世話と監視のため、今日は当番で白霧組の三馬鹿娘達が付いているものの、そもそもランサーが身一つで森から脱走するのは自殺行為に近いだろう。
「ごきげんよう、ランサー卿。もうお腹の傷も大丈夫なようですね」
武門でありながら家名に辟易しているこの中年貴族に、サーシャリアは何となく自分の境遇を重ね、親近感を持っていた。
また、そうでなくとも。戦場外で敵指揮官や貴族に礼節をもってあたるのは、コボルド王国の立ち位置と品格を示すために重要な対応である。
一方ランサーも武家の生まれであり、かつ、年齢も重ねているだけに心得ているのだろう。敗戦の恨みを口にすることもなく、概ね紳士的と言える振る舞いで過ごしていた。
「お陰様で、こうして散歩にも出られますよ。そちらも何処かへお出かけですかな?」
「ええ、ランサー卿。新しい眼鏡を作ってもらったので、今から埋めに行くんです」
「!?!?!?」
楽しげに小箱を持ち上げた赤毛の将軍に、困惑の表情を浮かべる俘虜貴族。
「そ、そうですか」
「はい!」
深く考えないことにしたのだろう。ランサーはコホン、と咳払いをすると。
「そうだ。ベルダラス卿に、このショーン=ランサーが感謝を申し上げていたとお伝え願えますかな。蜂蜜酒の素朴な味わいも良いですが、昨晩は久しぶりに葡萄酒を楽しめました」
「ガイウス様からのお祝いです」
上り調子、とでも言うべきなのだろうか。
ルース商会が去った二日後、枯れ川の入り口にケイリーとランサー家からの使者が訪れ、ショーン=ランサーの返還交渉に応じる旨が伝えられたのである。
貴族家としての体面を損なわぬ程度に低く設定された身代金額はそのまま受諾され、後日改めて人質との交換が行われることが決まった。
彼に饗された葡萄酒はダギー=ルースが王への手土産として持参していたものであるが、ガイウス自身が酒を飲めないため、そのままランサーに提供されていたのだ。
酒好きの親方は残念そうな顔をしていたが、これは仕方ない。
「陛下にもお伝えしておきますね!」
にこにこと答えるサーシャリア。
王国がルース商会という交易手段と、精神的に同調出来ぬ勢力とはいえ外界との交渉実績を続けて築いたことに、近日の彼女は上機嫌であった。
「よしなに、デナン女史」
「はい! では私、この後もう一個眼鏡を埋めに行かないといけないので、これで失礼します!」
「!?!?!?」
ふん、ふん、ふーん! と鼻歌を歌い杖をつきつき歩いていく赤毛将軍の後ろ姿を見ながら。
ランサーは呟くように、傍らのコボルド娘達に語りかけるのであった。
「……王都の習慣って、変わってるねぇ……」
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