131:雰囲気作り

131:雰囲気作り


「こ、こ、今回は突然の訪問、にも、関わらず、コボルド王には、え、謁見をお許しいただき有り難く……」


 声を震わせながら口上を述べるダギー=ルース。

 垂れた頭から、冷や汗が雫となって地面を湿らせた。


「いやあ、よく来て下さった、ルース殿。ここは見ての通り、飾り気のない田舎。そのような畏まった挨拶は無用に願います」


 そう応じたのは、無数に焚かれた篝火に照らされたガイウス=ベルダラス。

 サーシャリアの助言通り。顔に浮かべているのは満面の笑みだ。

 一方、傍らに立つ彼女自身は忸怩たる表情。

 そしてそんな赤毛のエルフを責めるように、群衆の中からダークが半目で視線を向けている。


 ……確かにガイウスは、身なりを整えて友好的な笑顔を全力で浮かべている。彼からすれば、かなり頑張っていると言えるだろう。

 だがそれはあくまで身内の基準であり、見ず知らずの第三者からすれば猛獣が牙を剥いて威嚇しているに等しい。そんな顔を闇の中赤く照らす状況も宜しくなく。戦装束の上に熊の毛皮を豪快に羽織っている姿と相まって、お伽噺の恐ろしげな蛮族王そのものだ。

 さらに間の悪いことに、仕事帰りの親方が新作のフォセを担ぎながら様子を見に来たのも追い打ちをかけた。流石に謁見に割り込んで渡すようなことはしなかったが、その人斬り鉈が誰の得物かなど、一目で理解できる。

 コボルドの幼女達が腕によりをかけて作った可愛らしい白い花輪の王冠も、もうここまで来ると不釣り合いに過ぎて、狂人の装いにすら見え、逆効果だ。


 ガイウスに慣れすぎたサーシャリアとコボルド達が作り上げてしまった、蛮人狂王ガイウス=ベルダラス。

 これならばいっそ、野良着で応対していたほうがまだましだっただろう。


 ……だが、そんな中でもダギー商会長は懸命に挨拶と自己紹介を終えた。

 恐らくは一挙一投足の不手際が自らの生命を絶つであろう、と誤解したままの状況下で。

 ガイウスとしては害意は微塵もないのだから、とんだ喜劇である。


 結局、双方に大きな認識の違いを残したまま初の謁見は終了し。

 翌日の本格的な商談に向けて、サーシャリア達は何かしらの手を打つ必要に迫られていたのであった。


 ◆


「まったく、サリーちゃんが付いていながら、一体何をやっているんでありますか」

「うう、ごめんなさい」

「あの珍獣を人前に出すなら、細心の注意を払わないと」


 商会員達を来客用の宿舎へ案内し終えた後。

 王宮……ガイウス邸にて、サーシャリアがダークから叱責されていた。

 ガイウス自身は明日の会談に向けて机や椅子を準備しているため、留守である。


「……貴方ってガイウス様のことになると、ホント、ボロッカスに言うわよね」

「まあ? 付き合いが? 長いで? ありますからー? ケケケ」

「くっ……腹立つ……」

「まあそれはそれとして、明日の対策を立てるであります。今更やっぱりやーめた、とか言い出されても、困るのでしょう?」

「もう謁見は済ませたのだから、これからはガイウス様の姿を見せないよう、何処かに隠しておこうかとも思ったんだけど」

「サリーちゃんも大概言いますな……でも、却って不安と不信感を植え付けることになりかねませぬ」

「そうね。そうよね。だからもう、明日は継ぎが当たっててもいいから、普段の服装で応対してもらうわ」


 それがよろしいでしょうな、とダークは相槌を打つ。


「でね、考えたんだけど。商談の場で、ガイウスの膝の上に誰か子供を載せておこうと思うのよ」

「なるほど。可愛らしい子コボルドを添えておけば、猛獣の恐怖感も薄れるというものですな」


 ガイウスも上機嫌で、一挙両得というものだ。


「大昔、イグリス王国の三代目国王レドワルドは、敵国との交渉が難航した際、会談の卓に猫を闊歩させて場の空気を和ませたという逸話があるわ。それに倣いましょう」


【レドワルドの猫会談】は、南方諸国群では有名な故事である。


「ただ、あまり小さい子だと、お漏らししたりはしゃいだりして話が進まなくなりそうですな」

「ええ、だからフラッフあたりにお願いしようかと思っているの」


 準第二世代であるフラッフは、もう体つきだけならレイングラス達第一世代よりも大きいのだが。

 ガイウスの体躯であれば、それも問題はないだろう。


 二人が頷いて、白い少年コボルドの方へ視線を向けると。

 当のフラッフはエモンやナスタナーラと共に囲炉裏を囲み、談笑しているところであった。


「おうフラッフ、ナッス! 見たかあのオーガのお姉さんを! すげえよな! すげえでっかいよな!」

『おっきいねー』

「やっぱりオーガは大きいですわねえ」

「だなー! たっぷりとした尻肉! やっぱり女はぽっちゃりめが最高だぜ!」

『おっぱいもすっごい大きいよね!』

「ワタクシのお母様も西方の出でオーガの血も少し入っているらしいのですけど、やっぱり純血のオーガ族は背が高くて羨ましいですわ」

「分かる、分かるぜナッス、あの肉付きの良い臀部、たまらんよな! あー、あのむっちむちのケツに下敷きにされたい」

『えー? でも、潰れちゃうんじゃない?』

「それで死んでも、男の本懐ってもんよ。若き勇者ドワエモン、美女の尻に埋もれて圧死、享年15歳……最高に格好いい墓碑銘じゃねえか」

『へー、そうなんだー』

「貴方さっきからお尻の話しかしてなくありませんこと?」

「よし決めた! 俺、あのお姉さんとお近付きになるぜ!」


 エモン組はいつもの調子である。



 翌朝、再び広場にて。

 会談のために運ばれた卓を囲むのは、ダギー、アンナ、ガイウス、膝の上のフラッフ、サーシャリア、ダーク、レッドアイ、そしていつの間にか席についていたドワエモンだ。

 今更つまみ出すのも体裁が悪いので、やむを得ずそのまま商談は開始された。


「やあルース殿。昨夜はよく休めましたかな」

「え、ええ。ありがとうございます。国王陛下」


 幾分慣れたのか、覚悟を決めてきたのか。

 ダギーも緊張はあるが、昨夜のように狼狽えてはいない。


「では紹介しよう。こちらはサーシャリア=デナン君。コボルド王国の軍事と内政を取り仕切ってもらっているんだ」


 王自らが丸投げ宣言をしているようなものだが、実際そうなので仕方がない。


「よろしくお願いします」

「ルース商会長のダギーです。よろしく」

「わたすはアンナです」


 軽く頭を下げたサーシャリアに、ダギーとアンナも礼を返す。


「このコボルドは農林大臣のレッドアイ。そしてそこのドワーフの少年は……」

「ぼくドワエモンです! 王国では大臣です! こんな僻地で貴方のようなお美しい女性とお会い出来るとは、女神の加護に感謝せざるをえません! 色々とよろしくお願いします!」


 顔の造形が変わる勢いで表情を引き締めたエモンが、アンナへ歩み寄り握手を求めようとする。

 が、三歩ほど進んだところでサーシャリアから指示を受けたダークに首根っこを掴まれて、広場の外へ引きずられていってしまった。


「や、やっだー。坊っちゃん、わたす“お美しい”なんて言われちゃいました~。えへへ」


 アンナはもじもじと巨体をくねらせて照れている。

 膝が触れた卓が、大きく揺らいだ。


「うーむ……あの少年、目が相当悪いのか。眼鏡を作った方がいいかもな」

「ぼ、坊っちゃんひどいです~」

「ほう! 眼鏡も扱っているのかね」


 思わぬところでガイウスが食いついてきたため、ダギーの表情が明るくなる。

 やはり商売の話になると、気持ちも弾むようだ。


「え、ええ。眼鏡屋ってのは大きな街にしかありませんからね。地方の村なんかでは、結構な売れ筋商品なんでさ。うちの商隊にも眼鏡職人がいて、今回も同行してますんで、ご入用でしたら、後で見繕わせますよ」

「それは助かる。最近、私も老眼が始まったような気がしてね……書を読む際に欲しいなあ、と」

「あ、私も予備の眼鏡が欲しいです!」


 サーシャリアまで、話に乗ってきた。

 戻って来たばかりのダークが、目を剥いて驚く。


「え!? サリーちゃん、予備の眼鏡十個くらい持ってませなんだか? しかも念のためとか言って、リスみたいにあちこちに埋めて隠しているではありませぬか。あんなことをしていると、そのうち春になったら芽が出て、秋には眼鏡の実がなるでありますよ?」

「何言ってるの! 眼鏡は私の生命線よ!? 無くなったら何にも見えないのよ!? 世界は深い霧に包まれるのよ!? 一箇所に保管しておいたら、事故や火事で全部無くしちゃうでしょ!? 私は主張するわ! 眼鏡で生きる者は、いざという時に備えてあちこちに眼鏡を蓄えるべきなのよ! それが危機管理というものよ!」

「お、おうであります……」


 眼鏡にこれほどの情熱を秘めていたとは。

 サーシャリアの迫力に気圧されたダークが、後退りするように椅子へ腰掛ける。


「あ、それ、なんか、わ、わたすも分かります~! やっぱり、め、眼鏡が無くなったらって思うと、心配ですもの~」

「分かります!? 分かりますアンナさん!? ですよねー、やっぱりそうですよねー!?」

「「ね~」」


 他者にはよく分からない共感を得たらしい。

 だが、場の空気は馬鹿馬鹿しさで和んだようだ。


 ……その後自己紹介したフラッフが『こんにちはお姉さん! おっぱいすっごく大きいですね! 触らせて下さい!』と元気よく言い放ち、馬鹿兄弟揃って早々につまみ出される場面はあったものの。


 一同はなんとか、交渉が出来る雰囲気を作り出せたのである。

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