130:身だしなみ
130:身だしなみ
恐らくこの商会長は大商人達に反発した結果、制裁を受けたのだ。
取引先へ圧力をかけられたのか、それともジガン家へ商売に行く道中を、直接的に妨害されたのか。
何にせよルース商会は追い詰められ、このままでは立ち行かなくなるのであろう。
だからこそ彼は、危険なノースプレインに再び足を踏み入れ。そして点と点の情報を繋いで導き出した、コボルド王国との取引に賭けたのだ。
やはり理詰めの商人というよりは、博打打ちの気性が感じられる。
ダークはレイングラスを抱き上げる振りをして再び分析を耳打ちさせると。
お返しに耳の中に「ふぅー」と吐息を吹きかけて、赤胡麻のコボルドを無闇に悶えさせつつ、
「宜しいでしょう、入国を許可するであります」
艶やかに唇を歪めて、ダギーにそう告げた。
彼女の判断で決めたのは、霊話で指揮所と連絡をとる姿を見せぬためでもある。そういう手筈だ。
レイングラスはそもそも霊話が使えないので、うっかりと素振りを晒すこともない。
「ありがとよ、ダークさん」
「後は、国王陛下とお話されるがよろしいでしょう」
「ああ、楽しみだ」
「そうでありますか?」
「いやね、難民の娘が言ってたのさ。“大きなおじさんが飴を配ろうとして小さい子に泣かれて、すっごく落ち込んでた”ってなハハハ。俺達は西方の出だから、昔の英雄がどんな御仁かぁよくは知らねえけど、大いに興味が湧いたね! どうせ商売するなら、気分の良い相手としたいものさ」
「はぁ……あのオッサン、何度やっても学習出来ないんでありますか」
「え?」
「いや、こっちの話でありますよ」
溜息をついて呆れるダークだが。
同時に、ルース商会がコボルド王国に対してほとんど警戒心を抱いていなかった理由も理解出来た。
おそらくこれも、彼等が営業に踏み切った要因なのだ。
お伽噺のような巡り合わせなど、ダークは信じている訳ではないが。
それでも。ガイウスの行いが回り回って返ることに対して、悪い感情は抱かない。
それは、彼女が信じる自己の存在理由であり、負い目でもある。
「では、ご案内致しましょう。念のためですが、護衛の方々はここでお待ちいただきます」
◆
ダークによる侵入者への検問が終了したことで、王国の警戒態勢は解かれたが。
指揮所では、緊張した空気が漂い続けている。
『ああもう! 陛下は、普段からちゃんと身なりを整えておかないから、こんなに慌てることになるんです!』
「むう」
『むう、じゃありません! ほら、顎をもう少し上げて下さい! 髭を整えますから!』
「ぬう」
『ぬう、でもありません!』
「私の身なりなんか、誰も気にしないよ……」
『動かない!』
「はいっ」
椅子に腰掛けたガイウスの膝や肩の上でぴょこぴょこと動き回っているのは、アンバーブロッサムである。
戦闘ではなく謁見だ、と聞き及んだ琥珀毛皮の少女は、彼女の取り巻きである【白霧組】から何名かを引き連れて、大慌てでガイウスの身なりを整えに来ていたのだ。
『ハサミをちょうだい』
『『はい、お姉様』』
コボルドでは非常に稀な、ヒューマン双生児の如き瓜二つな姉妹がブロッサムに呼応して動く。なんでも彼女達は、白霧組の副長格らしい。
同じく白霧組の一員であるピアーフレグランス達三馬鹿娘は、ガイウスではなくブロッサムや双子に畏まり。籠や着替えを抱えたまま、人形のように硬直している。
皆、いつの間にか用意されていたエプロンをつけており。さながら、王宮でかしずくメイド達のようでもあった。
『リトルナイト! 王様の足の臭い消しに、靴の中にあの花を入れて! ほら、陛下も靴を脱いで!』
「う、うん?」
『はいお姉様、ただいま! ……って、くっさ!』
「ぐふっ」
臭気で思わず鼻に皺を寄せたリトルナイトと心に傷を負ったガイウスの双方が、目の端をじわりと潤ませた。
『ちょっと王様! 何で踵に穴の空いた靴下なんか履いているんですか!』
「あ、いや、気付かなくて。でも靴を履いたら分からないし、別にいいんじゃないかな?」
『駄目です! アプリコットペタル! ちょっと私の家へ行って、まともな靴下を探してきなさい!』
『はい!』
「ブロッサムはいつの間に、そんな人界の身だしなみを覚えたのかね」
『こういう時のために勉強していたんです! 王様が気にしなさすぎなんです!』
ピリピリとした様子でガイウスの装いを正すブロッサムであったが。
その尻尾は激しく左右に振れているため、上機嫌なのは他者から見れば一目瞭然だ。
ここぞとばかりにガイウスの世話を焼けるのが、嬉しくて仕方がないらしい。
『ちょっとー!? このシャツも継ぎが当たっているじゃありませんか!?』
「だってほら、本当は戦闘に備えてのものだったし……それに、私の服はもう全部そんな物ばかりだよ」
『あーもー! うーん……もうこうなったらいっそ装甲着(コート・オブ・プレート)と革防具を付けてもらったほうが、まだしも威厳が保てるのかしら……』
「そんなことは気にしなくてもいいと思うけど」
『私が気にするんです! コボルド族の敬愛する王様が、こんなことで軽く見られるようなことがあっては許されません!』
もう、完全にブロッサムの独壇場だ。
『ほら、髪に櫛をかけますので! 頭を動かさない! 揺らさない! ああもう、やっぱり普段から私が頭を整えてあげるべきでした! しばらく切っていないから髪もこんなに伸び……あ……?』
静寂。
「ブ、ブロッサム!? 何で今、口籠ったのかな!? 私の頭頂部が一体どうしたというのかね!? 報告したまえ!」
『いえ、大丈夫です王様。弱点は見せなければ、弱点ではありませんもの。多少守りが薄くなった程度……』
「ブロッサムー!?」
「どうしました、ガイウス様」
そんなやり取りをしているところに現れたのは、杖をついたサーシャリア。
こちらはやはりガイウスとは違い、正装とは言わずとも身なりを整えている。
左脚の自由を失って以降はずっとロングスカートを履いていた彼女だが、今日はズボン姿のようだ。
『いえ、陛下があまりにも無頓着なもので』
斯々然々と経緯をブロッサムから語られ。
「……まあ、迎える側のこちらがそこまできっちりとする必要はないけれど、流石に継ぎの当たった服で国王が対応するのも、問題よね」
『でしょう?』
「面目ないです」
背を丸めていたガイウスが、さらに肩をすぼめる。
「そうね……ガイウス様は装甲着と革防具を付けた上で、蟲熊の毛皮をマント代わりに羽織って適当に誤魔化してもらいます」
「はい」
「それより、これはまたとない好機です。是非ここで外部の商人と良好な関係を築いて、今後に繋げましょう。これも大事な一戦ですよ!」
コボルドを用いた審問を突破した相手であることが、サーシャリアの警戒を解かせていた。
今、彼女の眼中にあるのはルース商会を使って諸々の問題を如何に解決するか、なのである。
「そ、そうだね……何だか緊張してきたよ……敵陣に斬り込む方が、全然気が楽だ……」
「駄目ですよガイウス様! 険しい顔をしていたら相手も警戒します! ここは笑顔で! 友好的に! 迎えましょう! ねっ! ねっ!? 私もついていますので!」
片足でぴょんぴょんと跳ねながら。
サーシャリアが拳を握りしめて、ガイウスに奮起を促す。
「だから笑顔ですよ! え・が・お!」
「うん、そうだね。頑張るよ。笑顔で!」
「「ふふふふ」」
ガイウスと寝食を共にし、生死を賭けて戦い続けてきたサーシャリアは。
騎士団時代よりもすっかり距離を縮め、随分と仲良くなっていたのだが。
……同時に、何か大事なことも忘れていたのである。
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