129:ルース商会

129:ルース商会


「「「『『『商人……?』』』」」」


 戦支度を整え指揮所に集まっていた一同は。近くの者と顔を見合わせつつ、そう口にした。


『はい。報告では、一団は枯れ川の入り口からやや離れたところで陣を張った後、数名が森の近くへ接近し、コボルド王国への入国許可と、交易のために陛下への謁見を求めて森に呼びかけているのだそうです。その時名乗ったのが、“ルース商会”という名だそうでして』


 警戒班からの詳細な霊話を変換し、説明したのはホッピンラビットである。

 長老の孫であるこのコボルド娘は、サーシャリアの副官役がすっかり板についてきていた。


「ガイウス様、ご存知ですか?」

「いいや、聞いたことがない……と言うより、私はその辺り疎くて、心当たりが全く無い」


 サーシャリアの問いに、首を振るガイウス。


『呼びかけは断続的に行われており。歩哨からは接触するか放置するか指示を求められていますが、いかがしますか』


 ラビの言葉に、一同は再び顔を突き合わせて相談に入る。


「ケイリー派の罠……でありますかね? 捕虜のランサー殿奪還作戦とか」

「その線も捨てきれないけど、本当にただの商人だったら手荒な真似をする訳にもいかないし」

「とは言え、村巡りの行商人や商隊がこんな【大森林】に訪れるとは思えませぬが」

「やっぱり罠なのかしら」

『一回会ってみればいいんじゃねーの? 嘘ついてるか分かるし』

「レイングラスは気楽でありますなぁ……」


 だが結局、レイングラスの案が修正の上で採用され。

 歩哨には呼びかけに対し声だけで応じ、対応役が到着する翌日まで待つよう、相手へ告知する命令が与えられた。

 ダークはレイングラスを伴い、親衛隊と20名の魔杖兵を率いて夜の森を抜け、そのまま明朝接触を図る役を命じられている。

 残りの兵はいつでも動けるように、武装の上で待機となった。



 夜明けとともに自称商隊のキャンプに姿を見せたダーク達を迎えたのは、一組の男女であった。


 男は身の丈五尺(約150センチ)と少しの、小柄なヒューマンだ。年の頃は三十半ばといったところだろうか。黄褐色の肌と黒い髪、精力的な顔の男性であるが、商人というよりは博徒という方がしっくりくる雰囲気でもある。身なりや仕草も、およそ上品とは言い難い。

 一方その後ろに立つのは、身の丈十尺(約三メートル)を超す女性であった。赤みの強い肌とその背丈、額から生えた短い角から、オーガ族であることは一目で分かる。だが世に聞こえる戦闘種族としての印象とは真逆に、猫背と分厚い眼鏡、たっぷりとした肉付きが印象的だ。年齢は三十前後に見えるが、オーガの寿命はヒューマンの二倍に相当するため、実年齢はその倍程度あるだろう。


 距離をおいた背後には護衛と思しき軽装の戦士団。そして、職人や従業員などの非戦闘員の姿も見える。それらを合わせた人数が、報告にあった総数のようだ。

 構成だけ見れば。政情不安の地を行くため護衛をつけた商隊……ということで整合性はとれている。


「お初にお目にかかる。俺はルース商会の商会長、ダギー=ルースっていうモンだ」

「わ、わたすはアンナっていいます。ダギー坊っちゃんの、ひ、秘書をすてます」


 商会長と名乗った男に続き、後ろのオーガ女性ももぞもぞと自己紹介をする。


「おい客の前だぞ! 坊っちゃんはよせ! てか客の前じゃなくてもよせ!」

「ご、ごめんなさい」

「はっはっは。いやいや、仲がよろしくて結構でありますな! 自分はコボルド王ガイウス=ベルラダラスの臣、ダークと申します」


 目を艶やかに細めつつ、拳を豊かな胸の前に当て敬礼で応じるダーク。

 表面上愛想よく振る舞ってはいるが、いつでも斬りつけられる間合いは崩さない。

 その殺気を嗅いだ、傍らのレイングラスが唾を飲み込むほどだ。


「ははーん、そうか。アンタだろ、ウィートマークで穀物の取引相手を探してた黒髪の女剣士ってのは。なるほど、確かに聞いていた通りの人相だ」


 伝聞の印象と照合しているのか、ダギーは顎に拳を当てつつ一人頷く。

 若干鼻の下を伸ばした商会長を、背後の秘書が「坊っちゃん、失礼ですよ」と嗜めていた。


「自分、ゴルドチェスターに向かった際、あちこちの商人に声を掛けさせてもらいました故。いささか目立ってしまったようですなー。お恥ずかしいお恥ずかしい」


 ダークはへらへらと笑いながら、自らの頭を掻く。


「して、ルース殿は。ウィートマークで、この自分めが穀物を買い求めていたとの話を聞き、わざわざここまでご足労頂いたわけでありますか? いやぁ、何だか申し訳ありませぬなあ」

「はっはっは。ダギーって呼んでくれよダークさん。そっちの方がしっくり来るんだ。アンタも難儀しただろ? 今、ゴルドチェスターは豪商どもが流通に圧力をかけてやがるから、新規の客にはけんもほろろな対応だったはずだ」

「そーなんでありますよー。もう皆さん、色仕掛けも通じず困ってしまいまして。なーんて」

「「はっはっは」」


 二人して、声を合わせて笑う。


「あー、で、ですなダギー殿」

「何だい、ダークさん」

「……自分、買い付けの際に一度たりともコボルド王国の話は出しておらぬのですがねぇ?」


 ダークの右手が、左腰の柄へ緩やかに流れる。

 レイングラスの体が、びくりと震えた。


「……フッフッフ」

「フッフッフ?」

「そこはそれ、自由商人の情報力ってモンさ。正直な話、ウィートマークの噂話だけじゃあ、ここまで来られなかったよ。でもウチは商売して回ってるからな。ケイリー=ジガンのところへだって何度も兵糧を売りに行ったし、その足でライボローにも立ち寄ってる」


 ダギーは不敵に笑うと、得意気に語り始めた。

 ダークの動きに気付いていないのか、それとも意に介さぬほど大物なのか。


「そこで、おたくらが奴隷猟団から救ったっていう避難民にも会ったよ。アンタがライボローの途中まで送ってやった女隊長さんなんだろ?」

「み、皆すん、感謝すてましたよー。ワンちゃん達がー、助けてくれたって」


 確かに。

 ガイウスと親衛隊が救った避難民を王国からライボローの途中まで送ったのは、ダークが率いる一隊である。

 買付けと難民の情報が合わされば、ダークがコボルド王国の所属であるとダギーに特定されても、不思議はない。


「俺はピンと来たね! ライボロー冒険者ギルドの討伐隊を二度も退け、ケイリーの派遣した軍も打倒した謎の武装勢力。ジガン家両派どちらでもない奴がこの状況で兵糧を集めようとしているなら、そいつしかいねえ! とな。極めつけに、ケイリーがコボルド王国の存在を公表までしたじゃあねえか」


 胸を反らしながら、自信満面で語る商会長。

 どうも、ダークに斬られるとは微塵も思っていないらしい。

 察しが良いのか、悪いのか。


「しかし。取引相手に我々を選ぶとは、また奇特でありますな」


 レイングラスと目配せでやり取りしたダークが、柄からそっと手を離す。

 差し当たって、相手に害意は無いらしい。


「……実はな。豪商の談合で最近、ジガン家へ兵糧を売る出入りからウチみたいな小さい商会は閉め出されたのさ。ついでに連中、集めた穀物を寄越せと、圧力までかけてきやがる」


 力の強い商人が独占を企むのは、どこの国、どの時代でも同じである。


「従わなければ、今後の商売に支障が出るのではありませぬか? 事実、自分が買い付けに回った際は、そのように押さえつけられている業者ばかりでしたが」

「ハッ! 商売人ってのは、売って、届けて、流して回して、それで儲けてこその商人なんだよ。締めて、鈍らせ、絞って渋ることで稼ぐ奴は商人じゃねえ。それはな、クソッタレの役人共と一緒の下痢便みてえな考えだ」


 ペッ、とツバを吐き捨てるダギー。

 後ろのアンナが「坊っちゃん!」と無作法を叱りつけている。


「俺達は元々西方から流れてきた商人だ。競争と発展を愛する、誇り高い自由商人だよ。だからよ、クソ野郎どもからそんなことを言われたら……」

「言われたら?」


 ダギーは後ろめたそうな表情になり、背後の商会員達を垣間見ると。


「……その……つい……反発したくなっちゃうだろ……」


 もじもじと指を交差させながら、呟くように口にした。


 ……どうして彼等が危険を冒してまで、コボルド王国を直接訪ねなければならなかったのか。

 その辺りの背景が、何だか一度に分かってしまったような気がするダークであった。

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