128:買い出しやっぱり失敗

128:買い出しやっぱり失敗


 ダークが帰還した翌日、指揮所にて。


「またもや、面目ない」


 ダーク達をノースプレイン西のゴルドチェスター領へ派遣しての穀物買付けは、今回も失敗に終わっていた。

 お家騒動真っ盛りのジガン家両派へ高値で売りつけるため大商人達が流通を歪めている現状は、先日よりもさらに酷くなっているらしい。


「中小の業者や商人達も豪商から圧力をかけられており、今後の商売に支障を出してまで単発案件の他所者に融通を利かせる者は見つけられませなんだ。領政府の統制も厳しくなっておりますな」


 ジガン家へ売り込むツテすらも大手商会同士で談合が行われている、という話も現地では流れており。素人の飛び込みで太刀打ちできる状況では、もう完全になくなってしまったようだ。


「それはもう仕方ないわ、私達の見通しが甘すぎたのよ。もうゴルドチェスターには見切りをつけましょう」


 小さく頷きながら、サーシャリアが溜息をつく。

 残念だが、予測されていた結果でもある。次からは南の王領(ミッドランド)方面へ調達しに向かうことになるだろう。

 ノースプレインの北西端に位置するコボルド王国はゴルドチェスターに近い。そのため、懸念されていたように道中を脅かされることもほぼ無かったが、ミッドランドに向かうのであればノースプレイン侯爵領を丸々縦断せねばならない。

 治安が悪化している現状、野盗と遭遇する危険性は増す。となれば護衛の戦力も増やさねばならないし、兵を増やせば自然、人の目にも止まりやすくなる。僻地を行くのとは違い、ノースプレインのど真ん中を横行するのだから、尚更だ。

 そうすればケイリー派の軍が動く可能性は高い。コボルド兵が森の外で正規軍に追われれば、ひとたまりもないだろう。

 苦渋かつ、危険な選択であった。


『で、外の様子はどうなんだい』


 茶を啜りながら話を聞いていたレッドアイが、ダークに副次目的の報告を求めた。

 察しの良い彼は、人界の情勢についても理解を深めつつある。


「まず件の内紛でありますが、次男ドゥーガルド派が手配していた傭兵団がようやく到着したらしく。両派の戦力差が縮まり、さらに争いは長引きそうな気配だということであります。ケイリー派もそれに合わせ慌てて外部からの兵を募っているらしいですな」

「泥沼だな。民の被害が心配だ」


 顎をさすりながら唸るガイウス。

 第一次コボルド王国防衛戦で彼等が国を守った結果、ケイリー家臣団で最も武勇に秀でた騎士が戦死し、増兵計画までもが潰れ。余波として長女派が早期決着をつける機会を奪い、内乱を長引かせる要因の一つとなったのだが。

 外界から隔絶されている環境の彼等は、自身がそこまで影響を及ぼしていたとは知らない。


「進行はあるけれど、基本的に前回と同じく膠着状態ってことなのね」

「ええ。お家騒動について聞けた噂も、どこで大きめの衝突があったとかそんな程度でありました……ただ、噂と言えば」

「ただ?」

「ケイリー派正規軍が【自称コボルド王国】を討伐しようとして敗退したという話が、ゴルドチェスター領にまで広まっていたのでありますよ。何でもケイリー自らが公表し、遺憾の意まで示したとか」

「ケイリー=ジガンが?」


 ガイウスとサーシャリアは怪訝な表情で顔を見合わせた。


「もっとも“ガイウス=ベルダラス元男爵がノースプレインの混乱に乗じて領内の一角を占拠、蜂起した反乱勢力”という但し書きつきですがね。それでもガイウス殿が首長であることまで含め、コボルド勢力の存在を認めて、あまつさえ敗北を公表してくるとは思いませなんだ」


 正確にはコボルド王国は【大森林】の中に位置するので、ノースプレイン領外にあるが。

 討伐の正当性を確保する一環で、ケイリー側は領内と主張しているのだろう。

 言うだけなら、金も手間もかからない。


「こんな僻地の局地戦、しかも敗戦をわざわざ喧伝する必要があるとも思えんが」

「私にも彼女の意図が掴めません……どちらかと言えば隠蔽してもおかしくはない、いやむしろ、その方が自然でしょうに」

「左様、その辺りが分かりませぬ。これでケイリーが得をするとは、まるで思えないのでありますよー」

「ううむ、分からぬ」

「一体裏で、どんな恐ろしい謀略を考えているのか」


 理解を越える事態に、一同は深刻な面持ちで唸る。

 ……結局、その後もケイリーの意図や背景を推し当てるには至らず、彼女の思惑や策謀に不安が募るだけとなり。

 王領方面への買い出しをダークと親衛隊が行うということを決定して、会議は解散となったのである。



 会議の後、夕暮れ前。

 湖のほとりでその日の垢を流し終えたドワーフ少年とその弟分達が、切り株に腰掛けながら談笑していた。


「やっぱりよ、俺の好みはこう、乳と尻がばいーんとしてる大人のオネーチャンな訳よ」

『よく、分かん、ない』

『僕もおっぱいは大好きだよ!』


 頭を傾げるフィッシュボーンと、勢いよく挙手して兄貴分に同意するフラッフ。


「お前のおっぱい好きはまた違うだろ」


 コボルド族はヒューマンとは違い、乳房に性的な感情を抱かない。

 フラッフのそれは言うなれば、ヒューマンが犬猫の肉球を愛でたり、頭を撫でるのと同系統のものである。


「あらあら、楽しそうですわね! 何のお話をしてらっしゃいますの?」


 そこに割り込んできたのはコボルド王国魔法院院長、ナスタナーラ=ラフシア嬢だ。


『おっぱいの話してるんだよ!』

「ちげーよ! 異性の好みの話してんだよ!」

「まあまあ、フラッフは本当におっぱいが好きですわね」

『ねえねえナッス姉ちゃん、おっぱい触っていい?』

「いいですわよー」

『ヤッター!』


 フラッフがナスタナーラに飛びついて、その胸に顔を埋める。


『わーい、柔らかい奥に確かな筋肉の感触だー』

「うふふ、力を込めるともっと大きく出来ましてよヌフゥンッ!」

『わぁ、かたーい!』

「なんなんだお前……男の語らいに割り込んでくんなよ」


 しっ、しっ、と。追い払うドワーフ少年の手を無視して、少女は輪に加わった。


「だってだって! コボルドさんの恋愛談義とか、ワタクシもすっごく興味ありますわ!」

「無駄だぞナッス。こいつら中身はガキのまんまだ。オネーチャン眺めてるよりウンコ観察してる方が楽しい連中だぞ」

「あらー、それは残念ですわね。コボルドさんの中ではどんな方が美人さんとか、カワイイとか、そういうの聞いてみたかったんですのよ」

「うーん、まあ、その気持ちは確かに分からんでもないな」


 亡きホワイトフォグはコボルド基準だとかなりの美人だったらしいが、ヒューマンやドワーフ達からすると、違いがよく分からない。

 エモンにとってもそれは、素朴な疑問であった。


「他の奴にもちょっと、聞いてみるか」

「そうですわね」


 そんな時。輪の脇を、水浴びを済ませたブルーゲイルが通りかかる。

 親衛隊も明日の出発に備えて準備を終え、体を清めていたのだ。


「お、丁度いいところに! なあブルーゲイル」

『おやッ! これはエモン殿にナスタナーラ殿ッ! いかが致しましたッ!?』


 元気溌剌の親衛隊長はキラリと歯を輝かせると、エモン達へ歩み寄ってきた。


「そうですわね! 成人したブルーゲイルさんなら、良い答えを教えて下さりそうですわ!」

『私にッ! お答えできることでしたらッ! 何なりとッ!』

「おう、お前の好みの異性ってどんなのだ?」

『それはやはり、ガイウス=ベルダラス国王陛下でありますかなッ!』

「異性だっつってんだろ」

『何だ……女人の話ですか……』

「何だじゃねーよ」


 一旦は落胆の表情を見せたが、ブルーゲイルは腕組みをして少し考え込むと。


『……となるとやはり、サーシャリア=デナン将軍ですかなッ! コボルド村防衛戦の際にッ、身を挺して我々が避難する時間を稼いで下さった閣下の行動を思うと、私は……私はッ! 私はフグウッ!』


 瞬間的に感極まったらしく、地に膝をついて涙を流し始めた。


「……駄目だ、コイツも話にならねえ」

「弱りましたわね。ああん、泣き止んで下さいまし」


 親衛隊長はその後もしばらく『ぶおーん ぶおーん』と泣き続け、エモン達も途方に暮れていたのだが。

 フラッフが一報の霊話を受信し、彼に告げたことで。それは瞬時に止められた。


《発:枯れ川入り口1 宛:全軍……武装 集団 接近 約20名 馬車 6両》


 警戒班が発した、緊急の警報である。

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