127:教育問題
127:教育問題
その単語を耳にした子コボルド達やナスタナーラが、嬌声を上げながらまた走り回る。
一方サーシャリアは「ウン……」とまで呟いて足元に目をやっていた。視線の先では、村の水源たる湖の水が、風で波立ち砂を洗っている。
「まあまあサーシャリア君。ほら、ミミズの糞塚が多い所はいい土だ、って言うじゃないか。ここの水が綺麗なのも、似たようなものだよ」
何の根拠も意味もないガイウスの言葉であったが、サーシャリアはそれで気を取り直したようだ。
「ですよねー! さっすがガイウス様!」
と笑いながら顔を上げた。憧れは盲目である。
「しかし、エモンは随分ヌシに気に入られたようだね」
『さっきエモン兄ちゃんが石運んでヌシにあげたら、大喜びでバリバリ食べてた』
『バヌー!』
「あばばばば」
熱心な頬ずりを受けるドワーフ少年の悲鳴だ。
ヌシの身体が分泌する粘液で、エモンはもう全身ぬめり塗れである。
「そんなことどうでもいいだろ! 見てないで降ろしてくれよー!」
「ああいや、何だか邪魔したら悪いのかなと……」
「「楽しそうでイイナー」みたいにワクワクしてんじゃねーよオッサン!」
「良かったじゃないエモン。女の子からこんなに熱烈に求愛されるなんて奇跡よ。モテたかったんでしょ?」
「そうですわよエモン! 貴方みたいなお馬鹿を好いて下さる女性なんて、もう二度と現れませんことよ」
生暖かい目で見守るサーシャリアに、ナスタナーラが同調した。
「糞エルフと貴族のバカ娘が……」
「でもやっぱり、身長差が大き過ぎますかしら」
身長四尺三寸程度(約130センチメートル)のエモンと全長六間(10メートル)近いヌシの取り合わせは、傍目には食物連鎖の一光景にしか見えない。
「馬鹿野郎! この倍くらいの大きさまでは全然余裕で恋愛対象じゃ! ボケナッス!」
「あらまあ、そうなんですの」
「俺が問題にしてるのはなあ、大きさや外見のことじゃねえ! こいつはな、中身はガキなんだ! 子犬みてえに純粋無垢な好意に付け込むのはな、俺の信念に反するんだよ!」
びしぃ! と親指で自らを指し示しながら。堂々とエモンは言い放った。
『『『エモン兄ちゃんカッケー! ヒュー!』』』
相変わらず、子コボルド達からの人気は絶大な大臣である。
「ほう。いい心構えだ」
「駄目ですよガイウス様! あんなの褒めちゃ!」
腕を組んで頷くガイウスの脇腹を、サーシャリアが突っつく。
「それに下半身が魚っつーのはちょっと、子作り的な意味で支障がある! 主に過程における俺の満足度の方向でな!」
「うーん」
「ね、だから言ったでしょガイウス様!」
王の袖を引いて叱る将軍の傍らで、伯爵令嬢は首を傾げている。
「ねえエモン、貴方の言う過程って、子供を作る儀式のことですの?」
「お、おう!? そ、そうだな」
ナスタナーラからの予期せぬ発言に、エモンがたじろぐ。
「ヌシは女の子なのですから、何の問題もないのではなくて?」
「……一応聞くが、お前、どうやったら子供が出来るのか知ってんのか?」
「馬鹿にしないで下さいまし! キャベツ畑で採れたり、シュバシコウがクチバシで運んでくるなんて、まだ信じているとでも思ってますの!?」
怒気も顕に、ナスタナーラが拳を振り上げる。
段々この状態に慣れてきたエモンは、呆れたように息をつくと。
「分かった分かった。そりゃそうだよな」
「子供はキッスしたら出来るのでしょ?」
会話が止まる。
子供達がはしゃぎ回る声とヌシの鳴き声だけの中、しばらくの時が過ぎた。
「お、おう……」
目を逸らしながら、呟くエモン。
「え!? 何!? 違いますのエモン!?」
「いや、それでいい。お前はそれでいいんだ。今まで色々言ってすまなかった。実家に帰れ。達者でな。元気で暮らすんだぞ」
「ちょ、ちょっと何ですのソレ!? 超腹立ちますわ! ねえサーシャリアお姉様、団長、どういうことですの!?」
狼狽したナスタナーラが二人の方を向く。
「ナスタナーラ、貴方そんな認識でガイウス様をラフシア家の婿にとか子供がどうとか言ってたの……?」
「え? だってお父様が「細かいことはガイウスにでも教えてもらえ! フハハハ」って仰ってましたし……あ、丁度いいですわ! 団長! いい機会ですからご教授下さいまし!」
「はっはっは」
「何故、目を逸らしますの!?」
「ダメよ! そんなの私が許さないわ!」
「えー! どうしてですお姉様!?」
「その、あ、アレよ! ド素人で経験も無いガイウス様が教えられる訳無いからよ!」
「さぁーしゃーりーーあくぅーんー!?」
「はいこの話はここまで! さ、戻りますよガイウス様! ではヌシさん、これからもお世話になりますので!」
『ウォッキュン!』
「あ、私もこれにて失礼致す。それよりサーシャリア君!?」
サーシャリアは答えずにガイウスの指を掴むと、杖を突きながら村の方へと歩き去ってしまう。その様は、雄牛を引く牛飼いに似ていた。
ナスタナーラは頬を膨らませて後ろに続き、それを子コボルド達がきゃいきゃいと笑いながら追いかけていった。
「……っておいコラお前らーっ!」
一連の騒動で忘れ去られていたエモンは、叫んだ後にもう一度深く息を吐き。
自身を抱きかかえるヌシの頬をぺしぺしと叩きながら語りかける。
「とまあ……こんな風に、俺以外は馬鹿しかいない国だけど、宜しく頼むわな」
『ヴァヌーン!』
再びの親愛表現に、エモンはまた悲鳴を上げた。
◆
「……なるほど、枯れ川が出来た由来はそういうことだったのでありますな。しかし双子岩みたいな巨石が湖にもあったとは。さらにそれをヌシが全部砂にしてしまったのだから、どれほどの年月、あそこ居たのやら」
あれから数日後のガイウス邸。王国へ帰って来たダークはヌシ関連の経緯をサーシャリアから説明され、自らの肩を揉みながら頷いていた。
「とはいえここは【大森林】。人知を超えた生き物が居ても驚くに値はしませぬ、か」
「最初は驚いたけど、取って食われる訳じゃないし、どうもヌシは水や砂を飲み込んでは排泄……排出して浄化しているみたいなの。王国にとっては有り難い存在だったみたい」
「ほんっとにミミズみたいですなー……まあ、仲良くするに越したことはありませぬ」
「ええ。だからヌシについては特に心配していないわ。開墾で出た石を時々捧げ物にするくらいね、双子岩削ってもいいけど。それよりむしろ、問題なのはナスタナーラの方よ」
「ははーん。お嬢様に性教育を施すべきかどうか、でありますか」
カエルのように笑うダーク。サーシャリアは溜息で答えた。
傍らでは、当のナスタナーラが涎を垂らしながら昼寝の真っ最中だ。
「私も勉強ならいくらでも見てあげられるけど、こういう繊細な問題はどうも心得がなくて。やっぱり雄しべと雌しべの話から始めるべきなのかしら……うーん」
「なるほどなーるほど! 仔細一切合点承知致しました! それでは早速自分、手を綺麗に洗って来ますので!」
愉しげな表情で立ち上がり、サーシャリアの横を抜けようとしたダークの脇腹を。素早く伸びた指が鷲掴む。
「あだだ!?」
「何、故、手を洗いに行く!?」
「だって、手を洗うのは最低限の作法でありますよ!? ご覧下さい、ちゃんと爪も整えてありますし? 自分そういうのは気を遣……」
力が強まる。
「何の作法よ! 何するつもりよ!?」
「いででで!? ほらだって自分、貴族の御令嬢への性教育は実績があります故、適任かと」
「誰が性行為を教育しろと言ったー!? 外交問題になるじゃない!」
捻りが加わった。
「あ! これ真面目に痛い!?」
「だったら大人しく座ってなさい!」
「いや、ここは負けておれませぬ故! ぐおおお!」
痛みをこらえつつ、サーシャリアを引き剥がそうとするダーク。
「一体何処からその熱意が湧いてくるのよ貴方!?」
「え……下腹部とか?」
「そんな話はしてなーい!」
一層力を込めるサーシャリアと、引き剥がそうとするダークは揉み合いになり。
寝息を立てるナスタナーラの上へどすん! と倒れ込んだ。
「「あっ」」
二人は息を呑んだが、長身の褐色少女は驚いたことに目を覚ましもしない。
「むにゃむにゃ……もうー、フラッフったら、大人しくしてなさいな……」
などと寝言を口にしながら、その腕で彼女達をまとめて抱きかかえてしまったのだ。
「ちょ、ちょっと!? ナスタナーラ起きて! ねえ!」
「み、身動きが取れない……」
サーシャリア達は懸命に振りほどこうとするが、長い四肢と剛力を駆使したナスタナーラの拘束は揺るがず。
結局そのまま一時近くも二人を拘禁し続けることで、伯爵令嬢は無意識の内に無垢を守りきったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます