126:ぬし
126:ぬし
「ワタクシね、先日の件を鑑みて、ちゃーんとサーシャリアお姉様に提案していたんですのよ」
「あー? 何がだよ?」
コボルド王国がランサー以外の捕虜を解放してから数日後の村外れ。
ナスタナーラとエモンが湖へ向け、水瓶を載せた荷車を二人で動かしていた。
「エモンのウンコを敵軍へ投擲すれば、混乱を引き起こせるんじゃないかって」
「先日の件ってそれかよ」
「でもお姉様、「戦闘における毒物の使用は【南方協定】で禁じられているからダメよ」って仰って。エモンのウンコ軍事利用は却下されましたわ」
「毒物……扱いだと……」
「それに、ウンコを運ぶコボルドさんが臭気で死んでしまう危険性も指摘されましたわ」
「お前ら俺のこと何だと思ってるワケ!?」
「あーあ、ワタクシ妙案だと思ってたのに。ウンコ攻撃」
「お前、本当はウンコって言いたいだけなんだろ? 実家だと怒られるから」
ドワーフ少年は伯爵令嬢に苦い顔を向け溜息をついた後、視線を進行方向へ戻す。
すると。湖の方角から、フラッフやフィッシュボーン、その仲間の少年少女達が走ってくるではないか。
『あ、エモン兄ちゃん!』
『ナッス、ねえちゃん、も』
「どうしたガキども、そんなに揃って」
子供達は一瞬顔を見合わせると。
『湖の水が、減ったから、みんなで貝、採ってたら。ヌシが、セキニンシャを呼べ、って』
フィッシュボーンが、いつもの口調でエモンに告げたのだ。
「「ぬし?」」
『うん。湖の、主』
エモンとナスタナーラが、もう一度見合う。
「魔獣……か何かですの?」
『蟲熊や木食い蜥蜴みたいなのじゃないよー。ぬめぬめしてて、おっきくて、大人しいの。こんなで、こんーな形してるんだよ! あれがきっと、いつも枯れ川を塞いでる湖の主だよ!』
フラッフが興奮しながら身振り手振りで説明するが、当然ながら彼の説明では何も分からない。
「おいおい、よく分からねえモンに近付くなよ」
『水から、出られない、みたい。それに、ちょっと怒ってたけど、大丈夫な、魂の匂い』
「あんまりその感覚を信用し過ぎるのも危ねーと思うんだけどなぁ……」
兄貴分のドワーフ少年が、小さく溜息をつく。
「……ねえエモン、【大森林】の中央に住んでいるドワーフ族なら、そういう魔獣のこととかご存知なくて?」
「真ん中って言っても、グレートアンヴィル山はトンネルで北方と西方諸国に繋がってるんだぜ。俺達だって【大森林】の中を散歩して歩いてる訳じゃねえ」
「まあ、そうでしたの」
「遠征軍が天使を駆除しに森を越えることはあるみたいだけど、フツーに入ったら自殺行為なのはドワーフだって同じさ。だから、俺達が知らない魔獣だって幾らでもいる」
エモンはそこまで説明すると、腕を組んで軽く唸り。
「責任者ねえ……よし、お前達はオッサンかサーシャリアを呼んでこい」
ダークは親衛隊と共にゴルドチェスター辺境伯領へ出かけていて不在である。
ある意味、防衛戦直後の今こそが。戦力を買い出しに差し向ける好機とも言えた。
『『『はーい』』』
「そのヌシってのにはとりあえず俺が様子を見てやる。何せ俺は大臣! 国の要人だからな! だから、フラッフ、フィッシュボーン。ソイツのとこへ案内しろ」
『『うん!』』
「ナッスは帰れ!」
「お断りしますわ!」
何時も通りの反応ではある。
◆
「いやあ、サーシャリア君。私は初めてお目にかかったよ」
「ええ……私もです、ガイウス様。すごいですね」
子供達に案内された湖のほとりで。二人は目を丸くしながら、そう口にした。
「「人魚って大きい……」」
彼等の視線の先には、長さ四間(約7.2メートル)にはなろうかという、キラキラと鱗を輝かせた魚の背と尾鰭が横たわっている。そこにヒト型と思しき女性の「ぬめり」を帯びた上半身が、やはりそれに規模を合わせた大きさで繋がっていた。
そしてその腕にはドワーフ少年が抱きかかえられており。どうも大変機嫌の良いらしい半魚生物から頬ずりされる度に「あばばばば」と奇声を上げているではないか。
ナスタナーラやフラッフ達はその様を囲みながら、きゃいきゃいと嬌声を上げていた。
「半分魚で半分ヒト……これが所謂、人魚種族なのだろうか」
「伝聞よりも、ずっと大きいのですね」
「バキャーロー! こんな馬鹿でかいマーメイド族がいるかボケー!」
なおも頬ずりされ続けるエモンが、右腕を振り回してガイウス達を怒鳴る。それに合わせて半魚生物は『バヌー!』と、大きさに似合わぬ愛らしい鳴き声を上げていた。
その際に大きな口からサメのように鋭い牙の列が覗き見え、背筋を一瞬冷たくさせたが。どうも子コボルド達が全く心配していないように、敵意や害意の類は全く抱いていない様子ではある。
「近所にマーメイド族の嫁さん貰ったニーチャンも居たけど、こんなデカくねえし、ちゃんと喋れるっつーの! これはもっと別モンだ!」
『ウォッキュン!』
「ぬおー! はーなーせー! なーまーもーのー!」
むちゅ、むっちゅ、と巨大生物がエモンの頬に口付けしている。余程のお気に入りらしい。
警戒を解いたガイウスは抱きかかえていたサーシャリアを降ろすと、安堵の息をついてナスタナーラ達に事情を尋ね始めた。
「責任者を連れて来い、という話だそうだが。彼女……は喋れるのかね」
「ワタクシ達の言葉は理解出来る様子ですけど、鳴くだけでお喋りは駄目みたいですの。ただ、精霊魔法の範疇なのか、霊話を使える子には言っていることが分かるみたいで……という仮説をフィッシュボーンが立てていましたわ」
「すごいなあ、フィッシュボーン」
『フィッシュボーンはすごいんだよ!』
『だよー!』
『えへ、へ』
ガイウスや仲間達に褒められ、フィッシュボーンは鼻水を垂らしながら照れくさそうに身を捩った。
「彼女は何が言いたいのか、教えてくれるかい」
『うん。ヌシは、ずっと、ずーっと大昔から、この湖に、住んで、いるんだけど。近頃は、砂の中で寝ていたんだ、って。でもちょっと前、湖の水が、いきなり減って、びっくりして、目が覚めたの』
「防衛戦で枯れ川に水を流した時か」
『流れ込んでくる水の量が減ったから、しばらく前に、湖の水を、たっぷりにするため、一番大きい流れを、塞いでおいたんだけど、それに穴が、開けられてて。慌てて、埋め直したって』
「枯れ川は彼女が水を堰き止めたため、水が涸れていたのか……」
「第一次防衛戦の後に流出口がひとりでに塞がれていたのは、彼女が土砂を寄せたからなのね」
ガイウス達の合点に、フィッシュボーンは鼻を啜りながら『うん』と一言。
『で、それからもう一度、寝ていたんだけど、ついこの間、また水が減ったから、驚いて目が覚めた、って怒ってるの。それで、貝を採りに来た、僕達に、セキニンシャを呼べ、って』
『バーヌー!』
いつの間にかガイウス達の会話に注意を向けていた「ヌシ」が、エモンを保持したまま頷く。
「ああいや、それは大変申し訳ないことを致した。私はコボルド達の王を務めているガイウス=ベルダラスと申します。お詫び致します」
突然現れた異形に対しても慇懃な態度をとる元騎士団長に、傍らの元女騎士はやや驚いた顔を見せたが。すぐに主に倣って頭を垂れ、謝罪に加わった。
『ウォーッキュン!』
『だから、次からは、ちゃんと、ひと声、かけてね! って』
その程度でいいのか、とガイウス達は顔を見合わせたももの。すぐにヌシの言葉に同意を示した。
王国の水源に棲息する巨大生物。それも対話可能な知的生命体と事を構える意図など、毛頭ないのである。
「ただ……枯れ川に水を流すのは国防上、これからも度々あると思います。その都度ご迷惑をおかけすることになり、申し訳ない」
『バヌー!』
『それなら、たまに、岩を、持ってきてくれたら、いいよ! って』
「「岩?」」
『バヌーン!』
『石や岩、歯ごたえの、あるもの、食べるの、好き! って。でも、長い間に、湖にあった岩山も、石も、全部、何度も食べて、砂にしちゃったみたい』
「……そう言えば湖底も浜にも、見る限り石や岩は転がっていないな」
「え、ちょっと待って!? ひょっとして、枯れ川や湖のきめ細かい砂は」
『うん、ぜーんぶ、ヌシが、お尻から、出した、ウンコ』
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