125:南方協定
125:南方協定
マニオン軍が撤退してから、三日が経過した。
親方が戦死者の検分を要求したことで軽い悶着があったものの、星送りの儀も既に終わり。敵味方負傷兵への治療も一段落ついたことで、ガイウス達は捕虜の尋問を開始する余裕をようやく得ていたのであった。
予想するまでもなく、兵は上からの命令で動いていただけであり。
得られた情報は、彼等がマニオン家が抱える常備兵ということと、指揮官がロードリック=マニオンというジガン家に連なる名門の嫡男であり、主君ケイリーの命でモンスター村の討伐にあたった……という、ごく当たり障りのない事柄だけであった。
テレンスという元傭兵頭の戦士長は自身と部下の安全をガイウスに確約させた後、兵達の情報に加え、自らもマニオン麾下で戦ったケイリー派とドゥーガルド派との幾つかの戦闘について問われるままに語ったが。貴族私設軍の現場指揮官、小部隊長格では出兵の背景やケイリーの思惑、ジガン家内紛の政治的状況など知らぬのは道理であっただろう。
同席したホッピンラビットも、嘘の匂いは嗅ぎ取っていない。
「マニオン家というところも、なかなかいい人材を擁しているなあ。あれは、もっと多くの人数を率いても通用する男だよ」
「そんな感じのする人でしたね。でも……身代金が取れるかどうかは、疑わしいかと思います」
ブルーゲイルにテレンスを牢へ戻させた後、サーシャリアは苦々しく口にした。ガイウスはそれに、静かに頷く。
あの劣勢の中、主たるマニオンが脱出するまで義理堅く戦い続け。それを確認するやいなや躊躇なく降伏し、部下を可能な限り生き残らせた嗅覚と手腕は。傭兵らしからぬ気配があり、同時に、らしいと納得させるものもあった。
ただ、惜しむらくは平民である。
貴族の名家が身代金を払ってまで平民……それも傭兵出の現場指揮官を取り戻そうとするかについては、貴族社会の傾向を知る二人にとって楽観的な予測が立て辛い。
マニオン家が金を払えば問題はないが、反感と名門意識から渋れば、事はややこしくなるのだ。まさか永久に囚えておく訳にもいかぬ。
かといって。捕えた兵を労役の後に解放する世の習いと同様に、準騎士のような役割をしていた戦士長まで容易く帰してしまうのも躊躇われた。皆殺しにするのは王国の外交方針上、問題外だ。
「うーん、こればかりはマニオン家がどう考えているか次第かな」
「まあ、本来の目的はお金ではなく交渉の窓口と実績を作ることにあります。相場よりも思いきり額を下げて提示してみましょう」
「そうだね」
「ほいほーい、次の捕虜を連れて来たでありますよ」
割り込むように指揮所に現れたのは、ダークだ。その脇には、手を縛られた中年の男が連れられている。彼は脇腹に怪我を負っているらしく、包帯を巻いた上半身には上着だけを緩く羽織っていた。
ダークに促された男は椅子に腰掛けたが。ガイウスやサーシャリアとは目を合わせようとせず、落ち着かぬ様子であった。まあほとんどの兵も同様だったし、ガイウスを目の前にしては、無理もないだろう。
「私はコボルド王ガイウス=ベルダラス。貴殿の姓名と身分を教えてもらいたい」
「お、オラはジャック。マニオン様のところで雇っていただいている、ただの一兵卒だ」
ホッピンラビットがサーシャリアの袖を引いて、首を横に振った。
「ガイウス様、この人嘘ついてますね」
「ええー!?」
中年男は悲鳴を上げた。
それに合わせたように周囲のコボルド達が一斉に鼻に皺を寄せ、牙を剥いて威嚇する。
『嘘?』
『嘘ついた?』
『ダマシタ?』
『オウサマダマシタ?』
「ぎょみー! う、嘘じゃない! 嘘じゃないー!」
「偽られると、賊徒として処するしかありませんなー、ケケケ」
「そうなのよねぇ……」
頬に手を当てたサーシャリアが、指揮所の壁に立てかけられたフォセへ視線を向ける。
革の覆いが被せてあるが、その形状と大きさは男を怯えさせるに十分であった。
追い打ちにダークが、鞘から剣を軽く抜き差しして擦過音を立てる。
「す、すまん! 嘘、嘘だ! うっそでーす! 私はショーン=ランサー! 主であるケイリー様の命で、今回マニオン殿の補佐役として同行していたのだ! これは本当! 本当だってば! だから止めろ! 止めて下さい! 殺さないで!」
その言葉への判定を、親指を立てながら報告するホッピンラビット。
ダークが蛙のような笑い声をあげつつ、「かしん」と音を響かせて刃を収め直した。
「んっんー。大方、侵略軍の幹部だと知れたら真っ先に殺されると思ったのでありましょうな。我々コボルド王国を、粗野で未開な蛮族集団と思っている証左であります」
「うう……」
ランサーが首をすくめて呻く。
「それにしても、ランサーって……あのショット=ランサーの子孫なの?」
「……ああ、まあ、そうだ。一応は私が現当主にあたる」
家名を誇るでもなく、何処か気まずそうにランサーは短く答えた。
「知っているのかい、サーシャリア君」
「昔の有名な武将ですよ。私も伝記や分析本を何冊か読んだことがあります。兵を率いてよし、槍を振るって無双、という屈強な騎士だったそうですね。何度か寡兵で大軍を打ち破った記録が残されていて、騎士時代にお城の資料室で読んだことがあります」
「サーシャリア君はやっぱり物知りだなぁ」
「えへへへへ」
コボルド王国軍事指導者が、だらしなく頬を緩ませる。
そのまますすっ、と寄せられた赤毛の頭を。王の大きな掌はコボルドに接する時の如く、条件反射でわしわしと撫で回した。
「よっしゃ!」
「あっ、ごめんね」
「いえ、私は大丈夫です!」
「ん? うん」
「はい! はいはーい! 自分もその名前、本で見たことがありまーす! 褒めて! 褒めてであります!」
一連のやり取りを眺めていたダークが、思い立ったように挙手し、声を上げる。
「ほう、お前もかい」
「自分の愛読している歴史書【深夜英雄伝説】で! 女中に自分の尻を鞭打たせるのが大好きな武人だったという逸話が記されておりました! たしかショット=ランサーは著者による番付順位が47位だったかと」
「何読んでんの貴方!?」
「えー、でもサリーちゃんのご先祖も一人、載っておられましたよー? 20位くらいで」
「いーーやーーー!」
「なんでも少女の履物を寝所に集めて毎夜匂いを……」
「きーきーたーくーなーいー!」
「ケケケのケ」
尋問が進まない。
ガイウスは、サーシャリアをからかい続けるダークを抱えて指揮所の外へ放り出すと。席に戻り、ランサーに向かい直した。
「あー……ランサー殿。正直に明かしていただいたのだ。我々は貴殿の身柄を【南方協定】に基いて扱うとお約束しよう」
その単語にランサーは一瞬驚きの表情を見せたが。すぐに納得した様子で、深く長く息を吐いた。
【南方協定】とは300年近くもの大昔に南方諸国間で締結された国際戦時協定で、それが一種の国際慣習法と化したものだ。
俘虜の待遇や、戦闘における毒物の使用禁止といった様々な項目から成っており、戦争にある程度の秩序を持たせようと当時の貴族階級が試みたものであった。
その本質は指揮官たる貴族の生命を守るためにあり、平民や民衆の保護については一切考慮されていないものの。白旗による軍使や降伏の意思表示という共通認識や、身代金での身柄返還を始めとする戦時交渉の慣習が根付いたのはこの協定の影響が大きい。
300年前から続くカビの生えた戦の習いなれど、「カビが生えた」と思われる程度には万人に認知され、定着しているのである。
現実には都合の良い時に守られ、悪ければ無視されるのは言うまでもないが。それでも露骨に踏みにじればそれだけで国や家の名誉、政治的正当性。そして戦の大義名分が失われるため、各国そして貴族達はこれを前提に。いや、前提にしている振りをして戦を行わねばならなかったのだ。
勿論、【大森林】の片隅で建国したばかりの「自称コボルド王国」が諸国諸領を相手に外交の場で協定に参加した訳ではない。
だが敢えて【南方協定】遵守を強調することで。ガイウス達は自らが辺境の山賊や荒野の暴徒ではなく、対話と交渉の余地を持った理性ある自治体であると認識させようとしているのだ。
「……分かった。ベルダラス卿の言葉を信じよう。非逃亡の誓いをここに立てておく。その代わり、【南方協定】に準じて私の生命の安全と自由を保障して欲しい」
「勿論だ、ランサー殿。交渉が終わるまで、客人として遇しよう。宿舎に世話係も用意する」
ガイウスはそう答えると、彼の拘束を近くのコボルドに解かせる。
話が通じる事態であることに安堵したのだろう。ランサーは表情を緩め。手首をさすりながら、ガイウスとサーシャリアに言った。
「身代金なら、私の家に使者を送ってくれれば弟が用意してくれる。幸い、我が家は金銭的に不自由はしていないからな」
◆
その後も、礼節をもって尋問は続けられたものの。
結局ランサーも戦士長テレンスと同程度の事情しかロードリック=マニオンから知らされておらず、期待したほどの情報は得られなかった。
身代金交渉については、誰を使者に立てるかというのが改めて問題になった。
ダークは彼女自身がそれを請け負うつもりであったようだが。ランサーを人質に取っているとは言え、身分を明らかにして敵地にいきなり乗り込むのは危険過ぎると、意外にもコボルド達から心配する声が強かったのである。
会えば相手の人となりを嗅ぎ取れるコボルド族だけに、逆にそれの及ばないところの相手には、どうもヒューマンよりも不安と警戒が強いらしい。
その意見も理があるため、集会を行って相談した結果。
返還交渉を申し入れる手紙にガイウスやランサーの署名を入れ、兵卒を解放する代わりにテレンス戦士長に書簡の運搬を依頼する、ということで方針は決定した。
不安要素は多いが、南方戦史上、類似の事例が無かった訳でもない。持ちかけられたテレンスもそれを快諾し、誓約している。
最善とは言い難いが、コボルド王国には外交や策謀に対応出来る人材は欠けている。それ以上の手も打ちようがなかった。
ともかくも。こうして捕虜への対応は一段落したのである。
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