123:包囲から

123:包囲から


『『『牙と共に!』』』


 親衛隊の面々は一斉に声を上げると、木々に身を隠すために分散していたマニオン軍へと殺到した。

 コボルド達の中でも特に厳しい鍛錬を積んだ彼等の役目は、相手の防御に鋭く楔を打ち込んで混乱状態を作り出すことにある。それにより、後続の味方歩兵の負担が減少するのだ。


(……それでも。また、死なせるな)


 慣れてはいる。だが、慣れているだけだ。

 ガイウスは共に駆けつつその現実に胸の痛みを覚えるが。彼が為すべきはコボルド達を柵に押し込めて守護することではない。

 王の務めは、コボルド達を鍛え、戦わせ。後を託せるまで育て、かつ、それからも育つ国を作り上げることなのだ。

 一呼吸の内に逡巡を終えると、ガイウスは速度を上げて正面の敵兵へと踏み込んでいく。


 ひゅん、と。

 上方からフォセの刃が斜めに相手の身体へ振り下ろされる。駆けながら調子を変えての、【憤激】だ。

 ニキビ跡の目立つ若いヒューマンは横に跳ねることで剣の軌道を回避しようと試みたが、全く間に合わない。

 肩から胸当ての半ばまで刃を食い込ませた後に、蹴り飛ばされることで剣を抜かれていた。


 少し離れたところに居た別の兵は、恐怖感もあったのだろう。剣を突き出す【突きの構え】で反射的に防御姿勢をとったが。ガイウスやはりこれに対しても、その反応速度を上回る踏み込みからの横薙ぎで頭部を跳ね飛ばしていた。


 速い。ガイウスの剣はとにかく初撃が速く、鋭く、重く、そして刃が予測よりもずっと伸びてくるのである。何度も彼と鍛錬を重ねているダークなどはそれを「まだあと一歩あるかと思ったら、もう打ち込まれているんでありますよー。詐欺ですな詐欺」と評していた。この踏み込みの速さと、詰める距離の長さが剣戟におけるガイウスの強さの一端と言えよう。そしてそれに相手が気付いた時には、大半は既に絶命している。


 敵軍をさらに掻き乱すために、進むガイウス。すると右手から、


『やったらー!』

『おうらあー!』

『にわとりだいすきー!』


 と各々喊声を上げてコボルド兵達が突入してきた。魔杖から槍へ持ち替えた、4つの班の面々だ。

 親衛隊と攻撃隊による挟撃への対応に追われていたマニオン軍は側面を突かれ、一人、また一人と槍に囲まれ討ち取られていく。これならば、川に水がある内に敵を打ち倒すのは間に合いそうだ。

 だがそんな敵軍の中で、意気軒昂な一角が残っていた。


『ギャウンッ!?』


 包囲からの連携攻撃を仕掛けた親衛隊員の顔をロング・ソードで叩き割り、突き出された槍を巧みにスモール・シールドで跳ね除け、反撃の刃を打ち込んで胴を裂く男がいる。

 赤い顎髭が猛々しいその中年騎士は、背後に蹲る手負いの青年の前に立ちはだかって剣を振るい、コボルド兵達を全く寄せ付けない。

 手練だ。おそらくは中級の指揮官だろう。

 そしてそれは同時に。そこまでして彼が守るのは、敵の将であることを物語っていた。


「下がれ。私が引き受ける」


 ガイウスは右手にぶらりと剣を下げたまま、左手は腰に当てつつ、赤髭の騎士へと歩みを進める。

 一見無防備だが、見る者が見れば、柔軟性を維持した構えであることが理解出来るだろう。

 迫るコボルド王の姿を見た騎士は、一瞬目を見開いた後に「くっ」と小さく呻き。


「……【イグリスの黒薔薇】です。ロードリック様。お覚悟を」


 背中越しに自らの主へ、呼びかけた。


「これまでというのか、メイヒュー」

「いえ、川へ飛び込んで下さい、若。そのお怪我では、賭けですが」


 告げられたロードリック=マニオンは、赤く染まった脚を押さえながら背後を振り返る。

 そこには、彼等を孤立させた濁流がごうごうと流れ続けていた。


「ここは私がお受けします」

「分かった」


 家臣の献身を当然と見做すのは、貴族によくみられる悪癖である。

 だがこの場合はそれが躊躇を排し、速やかな行動を促した。


「お早く、若」


 そのやりとりの間に赤髭の騎士……メイヒューへと向かい合ったガイウスは、片手にぶら下げていたフォセの切っ先を上げ、腰のあたりで地と平行にした。片刃剣術で言うところの『猪』の構えだ。防御を主体としたこの体勢は、相手の力量を侮らぬ証左でもある。


「……【イグリスの黒薔薇】と剣を交えることになるとはな」


 スモール・シールドを捨て、ロング・ソードを持ち上げ構え直すメイヒュー。

 その背後では、脚を引き摺りながら彼の主が濁流へと向かっている。


「マニオン家家臣、アーネスト=メイヒュー。貴様とは、一度会ったことがあるな」

「コボルド王、ガイウス=ベルダラス。うむ。確か、第二次ジェローン会戦の陣中か」


 懐旧は無かった。メイヒューの【憤激】が次の言葉であった。

 ガイウスは掬い上げるようにフォセでそれを受け止めると、バインドから刃を滑らせ。踏みしめるような体勢で、勢いを乗せた切っ先で相手を突く。

 喉元に先端が到達する前にメイヒューは腕を捻りながら身を捩り、それを躱した。

 剣の交差が解かれ、距離が確保されたところでメイヒューが再攻撃に移る。


 バインドからの力負けを避けるために、赤髭の騎士は踏み出しながら鋭く突きを入れた。ガイウスは横から刃を当てるように受け流してそれを防ぐ。彼が重ねたフォセはぐりん、と傾けられ。先端がまた相手を狙う。

 メイヒューは辛うじてそれを下に跳ね除け、間合いを取り直す。


 無理な後退で剣が下がったメイヒューへ向け、押し付けるような軌道でフォセが振るわれる。

 そしてメイヒューが急ぎロング・ソードを持ち上げて攻撃を右へ流そうとした時、ガイウスは刹那のバインドを支点に柄を持ち上げ斜め下へと突き込むと、さらにそこからフォセで掻き回すように巻いたのだ。

 赤髭騎士の腕へ到達していた刃はその回転で食い込み。べろり、と。まるで厚いハムのように腕から肉を切り取った。

 行軍重視による軽装のためか。バインドから派生する小さな攻撃を防ぎきれなかったのである。


「うあ」


 痛みより前に驚きから上がった声。

 同時に生まれた隙をガイウスは見逃さず。もう一捻り加えることで今度は刃を首筋へ届かせ。押し当て、走らせ、引き抜いた。

 首の半ばまでに切り込みを入れられたメイヒューの身体からは力が抜け、膝からがくり、と崩れ落ち。そして座り込む寸前に横に走った一閃が、彼の頭部を切り離す。


 剣戟を終え、短く息を吐いたガイウスが顔を上げると。

 その視界の先に見えたのは、今討ち果たしたばかりの騎士が守りきった主が、丁度、濁流へと身を投げる姿であった。

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