122:斉射三連
122:斉射三連
水を満たすと、川沿いは王国のある草地まで「繋がる西側」と完全に「切り離される東側」に分かれる。
コボルド王国軍は敵に十字砲火を浴びせて痛撃を与えた後、その両岸に押し込むことで戦力を分断した。
そして川を渡れなくなる前に「東側」にいた全戦力を迂回して「西側」へ移動させつつ。同時進行で、前を阻んでいた親衛隊、後ろを塞いでいたダークの攻撃隊も同様に「繋がる西側」へと向かわせ、緑の壁を越えさせた敵軍の包囲に加わらせたのである。
これらの連携と同期、そして機動を可能にしたのが、サーシャリアが構築し改良し続けてきた霊話戦術によるものとは言うまでもないだろう。
「切り離される東側」の岸には数十名規模の敵戦力が手付かずで放置されたことになるが、これは濁流が続く限り、対岸に手出し出来ないため問題はない。むしろその岸にコボルド側の戦力が配されていないため、彼等は完全に遊兵と化したと言える。
こうして約40名に切り取ったマニオン軍の一隊に対し、コボルド側は魔杖兵6班48名、親衛隊と攻撃隊合わせて43名、合計91名での包囲状態を作り上げた。
第一次王国防衛戦に比べてコボルドの兵数が倍増しているのは、戦場が川沿いに限定されるため偵察役の霊話兵を戦力に回せたことと、この数ヶ月の間に成人を迎えた者が多かったことがある。準第二世代は第一世代より体格に優れているためか、女性の志願兵が多いのも一因だ。
旧コボルド村が冒険者に滅ぼされた時、その身を呈して子供達を逃そうとした村の戦士達の努力が。今この時に、このような形となって実を結んだとも言えよう。
『足止めしろ! 斉射三連! よーぅい!』
魔杖隊の一つを指揮するレッドアイの号令のもと、魔杖を持ったコボルド達と共にナスタナーラ=ラフシアが【詠唱】を始めた。
……ガイウスは最後まで彼女の参戦を渋っていたのだが。
「ワタクシの教え子でも戦いに加わる子がいますのよ!? それに、うんこ大臣は出撃するのに、王国魔法院の院長たるワタクシが出撃させてもらえないなんて差別ですわ! 超クッソムカつきますわ! 武門ラフシアの者として生涯最大の恥辱ですわっ! お尻を舐めて下さいまし!」
どうも先日の一件以降、むしろナスタナーラの方がエモンに対抗意識を持っているらしい。長身の彼女が地べたを横転しながら駄々をこねる光景は、中々の迫力と訴求力を備えていた。
「彼女の実力は、尋常の魔術・魔杖兵数人分に匹敵します。その分、味方の死者が減るのだと認識して下さい」
そこにサーシャリアの進言もあり、ようやく戦列参加が許されたという訳である。
なお、伯爵令嬢に余計な言葉遣いを教えた某大臣が将軍から折檻を受けていたのは言うまでもない。
『うーてーッ!』
多数の魔素の釘が空気を切り裂きつつ、マニオン軍へと襲いかかる。
横殴りの暴風雨のように吹き付けたそれは。通常よりも間隔を縮めた三連続の一斉射撃によって、まさに嵐のように襲いかかり、退避の遅れたヒューマン達の肉を抉っていく。
しかし枯れ川での攻撃とは違い、今度は森の中だ。ほとんどの【マジック・ミサイル】は木々や藪に射線を遮られたり、幹を盾に使われることで防がれており、見た目程の損害は出ていない。
『あちっ』
『うわっちー!』
「オゥフアッツーーイ!」
魔杖射撃は体内の魔素を送り込むために、素手でミスリル合金の杖を掴まねばならない。
連射によって熱を帯びすぎた魔杖をコボルド達は慌てて手放し。水筒の水をかけて冷却の足しにしている。
ナスタナーラは調子に乗って多連装射撃を行い。身体の印が帯びた熱で地面をのたうち回っているところへ、溜息をついたレッドアイから水を浴びせられていた。
……【三連斉射】はナスタナーラの提言で、コボルド王国の魔杖で瞬間最大火力を叩き出すために研究された射撃法だ。
ナスタナーラの多連装マジック・ミサイルのように同時に何発も撃つのは天賦の領域のため不可能だが、実験を重ねることでその魔杖自体の射程、熱、連射の最大性能を把握することは出来る。
南方諸国群で使われている魔杖は、基本的には規格の統一はなされていない。純度や製法も違うため、性能にばらつきのあるのが一般的であり。そしてそれが常識であった。魔術師による魔術兵であれば、個々の技量力量に差があるのは言うまでもないだろう。
一方。コボルド王国の魔杖は、親方の工廠でミスリルの配分から操作して製造しているため性能の均一化がある程度実現されており。それが軍全体の戦術と行動に、一種の基準をもたらしていたのだ。
【三連斉射】は、そのような背景の上で生み出された、全魔杖隊が実行可能な攻撃法であった。ただ現状の魔杖では実行後の帯熱がひどく、しばらく射撃不能になるという非常に大きな弱点がある。
だがそのリスクを承知で実行したのは、コボルド側はマニオン軍が強行突破に踏み切るのを阻止せねばならなかったからだ。一度撃てば木の陰に相手が身を隠すため、以降は命中率が著しく低下するという理由もあった。
『よし、嬢ちゃんに報告入れろ』
『あいよ』
予めこの場所に用意されていた槍を隊員達に装備させながら、レッドアイが霊話兵に指示を出す。傍らではいつの間にか立ち直ったナスタナーラが、鞘から剣を抜いていた。
イヤー・ソードという、柄頭と鍔に円形の金属板が護拳目的で取り付けられた、一風変わった拵えの剣だ。独特の形状が耳のようにユーモラスであるため、「耳の剣」と呼ばれている。実戦に使う者は少なく、どちらかと言えば装飾品や儀典用に分類されるものであるが。虹色の光を湛えたその刃は確かな業物であり、それを見た親方とガイウスを唸らせたものだ。銘は【オリファント】と言うらしい。
《発:魔杖隊1、2、4、6 宛:指揮所……斉射三連 終了 敵部隊 予定位置 防御中》
《発:指揮所 宛:魔杖隊1、2、4、6……近接戦闘 用意》
《発:指揮所 宛:魔杖隊3、5……支援射撃 用意 包囲 続行》
本来であれば。ゆっくりとこのまま包囲を狭めつつ、時間を掛けて敵を削りきるのが最も損害が少ない展開だろう。
だが実はこの時、コボルド側には時間的な余裕が無かったのである。
最近の雨不足で湖の水量には余裕がなく、枯れ川に流れ込むだけの水位を短時間で下回るだろうと見込まれていたからだ。湖からの現状報告も、やはり同様である。四半刻も保たないのではないか、という予測すら上げられていた。
よってコボルド側は。川が敵を分断している間に、早急に、そして確実にこれを討ち取らねばならなかったのだ。
《発:指揮所 宛:親衛隊、攻撃隊……突撃 開始》
《発:指揮所 宛:魔杖隊1、2、4、6……攻撃 開始》
サーシャリアからの指示が飛ぶ。
自身も受信していたレッドアイは小さく息を吸い込むと。槍を掲げて牙を剥いた。
『……牙と共に!』
『『「牙と共に!」』』
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