118:ケイリー側の経緯

118:ケイリー側の経緯


 ケイリー派の対応がここまで遅れたのには、それなりの理由がある。


 第一次コボルド王国防衛戦……冒険者ギルド側にとっては第二次コボルド村討伐……が失敗に終わった時。生き残った騎士セリグマンとアシュクロフトは、苦渋の末にある決断を下した。討伐に向かった本来の目的を隠蔽することである。

 即ち。ジガン家長女ケイリー派が無辜の農村で虐殺を行い、次男ドゥーガルド派の仕業に見せかけようとした陰謀がガイウス=ベルダラスに露見した、という失態に蓋をしたのだ。


 この謀略を知る者は、内容が内容だけに実行犯であるワイアット達と主君ケイリー、そしてごく限られた幹部だけであった。

 そこに目をつけた……いや、その状況に縋った二人の若い騎士は、徹底的に口を噤むことにしたのだ。


「ギルド長ワイアットは冒険者を殺害したコボルドを討つために二度の出兵を行い、そして外部から傭兵を雇い入れたコボルド達の反撃を受け、戦死した」


 真実ではないが、事実である。一片の嘘も含まれていない。ただ少し、言葉が足りぬだけだ。どこの世界でも多用される、ごく常道の工作である。

 コボルドに肩入れした者の中に【イグリスの黒薔薇】がいて、それが敗因の一つになったとしても。

 そして偶然その男はワイアット達の農村襲撃の工作を目撃しており、彼から諸侯へ話が伝わったとて。


「我々部下は、ベルダラス卿に策謀が露見したことを知らなかった。上司が出兵を強行した背景など、知らされていなかった」


 セリグマンとアシュクロフトは、そう言い張ることに決めたのである。

 陰謀が暴かれることにより将来的に自分の陣営と主君、そして己までもが破滅することよりも。目先の追及と詰め腹から逃れることを優先したのだ。

 関係者が少ないことが幸いし、隠蔽は成功するかに思われた。だがここで二人は、最後の詰めを失敗する。


 それは、怪我の療養で第二次討伐に参加しなかったロシュ=マクアードルの説得であった。

 同じ窮状であるため、進んで協力すると思われていた彼は。ベッドに横たわったまま、二人の話に対し首を横に振ったのである。しかも、かなり強固に。

 現場で失敗した当人としての負い目もあったのだろうが、マクアードルは僚友二人よりも僅かだけ視野が広かった。ここで事実を伏せる方が最悪の事態を招くと考えたのだ。


 マクアードルは同僚騎士二人を説得しようと試み、失敗し。そして口封じのために殺されかける。

 間一髪で手を逃れた彼は未だ満足に動けぬ体を必死に引きずり、命からがら主ケイリーの元へ逃げ込んだ。

 二日後にセリグマンは捕縛、投獄。アシュクロフトは抵抗して逃走を試みたが制圧され、その際に負った傷のため翌日死亡している。


 一連の事情を知ったケイリーは、蒼白となった。

 事があの五年戦争の英雄から大々的に告発されれば、真偽の確認以前に彼女のジガン家相続の正当性は大いに揺らぐだろう。

 諸侯の支持は危うくなる。ケイリーを裏で支援しているイグリス王国宰相……【白黒の人】と呼ばれるあの冷徹なビッグバーグ卿も彼女を切り捨て、ドゥーガルドに乗り換えるはずだ。宰相の立場で考えれば、手駒になるならジガン家を次ぐのが長女でも次男でも構わないのだから。

 ワイアットと同じく。そう彼女は考えたのだ。


 実際にはこの問題に対し、両者には大きく認識に隔たりがあった。

 ケイリー達は陰謀を巡らす側であるが故に、【イグリスの黒薔薇】の名望と人脈、そして政治力を実像以上に見積もっていたが。

 一方でガイウスは現王政下における自身の影響力を、全くと言えるほどに評価していなかったのである。ガイウスの人となりを知る部下達にしても、いや、彼の政治的不器用さを知るからこそ、同様の傾向があったと言えよう。

 だがそれはあくまで俯瞰した比較であり、当事者達に知る術は無い。


 ケイリーとしてはすぐにでも再々討伐軍を派遣したかったが、状況がそれを許さなかった。

 数的な勘定もあり、一度か二度の衝突で容易に制圧出来ると思われていた弟の陣営は、姉が考える以上に精強だった。彼は既に引退した騎士を多数抱き込み、事に当たって復帰させていたのだ。

 老いたとは言え、先代と共に戦場を駆けた前線指揮官達である。結果、兵数で大きく上回るはずのケイリー派は二度にわたる大敗を喫し、三度目の戦いでようやく持ち直した。四、五度目は双方決め手を欠き、痛み分け。以降、内紛は小規模な衝突を繰り返しつつも膠着の気配をみせ始める。


 そして、ここに来てある程度の余裕を手に入れたケイリーは、ようやくコボルド王国への対応に取り掛かることが出来たのだ。

 事情が事情だけに、動かせる配下も限られている。宰相に相談など、恐ろしくて考えられない。

 マクアードルの口から事態が発覚してここに至るまでの間に、心労と焦燥から彼女の身はまるで病の如く痩せ。周囲を大いに不安がらせたという。



「交代で見張りを立て、兵に休息を取らせておけ。【犬】は森の外へは出て来ない」


 まだ陽も明るい内。森から離れた場所に設営された陣、その中央に張られた天幕の中で。ロードリック=マニオンは補佐役にそう命じてから椅子に腰掛けた。

 精悍な顔つき、風体の青年騎士だ。身なりや所作からも、彼がそれなりの生まれであることが容易に見て取れる。事実彼の家はジガン家の親戚筋であり、厳密に言えばマニオン自身もノースプレイン侯の継承権を十何番目かに主張し得る出自であった。


 だが彼は、血統だけでこの場にいる訳ではない。

 年少の頃から才気を見せ、将来を嘱望されていたマニオンは王都の騎士学校に「留学」し、上位の成績を修めてノースプレインに帰ってきた有望な若手なのである。

 彼は期待通りドゥーガルド派との戦いでも存分に働き。三度目の戦いでは名のある敵騎士を二名も討ち取ることで、ケイリー派が引き分けへ持ち込むのに大きく貢献した。

 能力を無視し、貴族というだけで指揮官に据えられることも多い地方領、特に五年戦争後の平穏が続いた現状においては、家柄と経歴を兼ね備えた貴重な人材とも言える。血筋だけの無能では、決してない。

 少なくとも、主君や周囲はそう評価していた。それ故、今回の任務は彼に任されたのだ。

 そして若く野心に溢れるマニオンにとっても。この作戦は他の騎士へ能力を誇示し、主君に恩を売り、地位を向上させる好機であった。


「折角、庶民上がりの低能騎士が失敗してくれたのだ。同じ轍は踏まんよ」

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