117:売り惜しみ
117:売り惜しみ
その後ダークと親方が親衛隊と共に二回、レイングラスの隊を連れてもう一度。ゴルドチェスター辺境伯領における最寄り都市、ウィートマークへ食料の買い付けに出ていた。
以前の失敗を考慮して、もう金に糸目を付けない調達だ。だが初回は馬車に穀物をほぼ満載して帰って来たものの、二回目は半分、三回目は三分の一も調達出来ずに戻っている。
コボルド王国側も値上がり自体は見越していたが。問題は流通量が絞られていたことにあった。
「辺境伯が放出した分は商人達の手に渡らぬよう、大分厳しく管理されている様子であります」
当然といえば当然だろう。有事の備えを切り崩してまで民衆暴動を防いだのに、それが商人へ流されては意味が無いのである。
隣国や他領経由で入って来たものに関しても、市民の手に渡るよう監視されているらしい。
「だから市場に回る僅かな分はより一層、大商人達に押さえられるし、在庫は隠され売り惜しみされるし、という訳で」
「この期に及んでまだそんなことしているのね」
暴動が起きれば当然穀物商も打ち壊しや略奪の被害を受ける。下手をすれば破滅だ。実はそれ故に、今までは商人側もギリギリの線を見計らっていたのだが。ゴルドチェスター辺境伯領を治めるスペイサーク家が市民に最低限の供給を確保したことで、皮肉にもそのタガが外されたのである。
だがその辺りの背景は、ダークやサーシャリアの知るところではなかった。
「自分達で値を吊り上げて、ケイリー派やドゥーガルド派へ値上げの口実にするのかも知れませぬな。商人同士で連帯や談合をしている可能性も高いかと。どの道お家騒動真っ最中のあの姉弟は、兵を囲うために買わざるを得ませんし」
コボルド王国が求める量は、商人達が扱う量からすれば微々たるものだ。だが僅かだからこそ、それに高い値をつけた程度で蔵の戸を開けたりはしないのだろう。迂闊に応じれば、全体の値が下がりかねない。
大商人達は最早、ゴルドチェスター内での販売を考えていないのだ。穀物投機や、内乱のノースプレインへ兵糧を高く売りつけるための演出材料としか認識していない。
「この調子じゃどっちが勝っても、この内乱で、先代までで貯め込んだ財を全部失くしそうね。ジガン家は」
そうまでして争う貴族姉弟にも、それを食い物にする者達に対しても。サーシャリアは呆れた声で言った。
「まあ負ければ素寒貧どころか首が飛びますからな。もうなりふり後先構っておれぬのでしょう」
人差し指と中指を重ね、喉元をすぱっと横切らせながら嗤うダーク。
物騒なその仕草に、指揮所で卓を囲むコボルド達が驚いて耳をピン! と立てる。
「ううむ。正直、全資金をつぎ込んで買い付け出来ればいいと考えていたのだが」
「自分もそう思って「穀物商よりも高い価格で買う」という話を触れ回っておきましたが」
独断であるし、リスクも高い呼びかけだ。だがその程度の裁量はダークに委ねられていた。
小規模組織、コボルド王国故の融通である。そもそも現場に権限を与えずして、霊話も届かぬ離れた場所で応変な対応を出来る訳がない。
「……この場合は、価格よりも仕入元と販路を押さえられていることのほうが問題でしょうな。次に行った時に反応が少しでも返ってくれば御の字かと」
「既存の商人が築いた繋がり、しかも流通を絞っているところに割り込むのは、困難だな」
ガイウスが顎をさすって、低く唸る。
そのすぐ横で、しれっと幅を寄せるように座っていたナスタナーラがガイウスに腕を絡めて注意を引き。
「団長団長、ワタクシがお父様にお願いして都合してもらいましょうか? コボルドさん達の冬越え分、何とかしてくれると思いますわ!」
にこにこと提案した。童女が大人に戯れるような仕草でもあったが、ガイウスの腕に押し付けられた膨らみは、柔らかく形を変えて自己主張している。
彼女は至って無自覚無邪気に行っているものの、それを横目で眺めるサーシャリアの額には青筋が浮かんでいた。
もっともガイウス当人は色々と枯れているため、その反応はフラッフ達にじゃれつかれた時と大差はない。
「しかしナスタナーラ君、流石にそこまで」
「難しいと思うわ」
ガイウスの言葉を遮るように、サーシャリアが口を挟む。
「あら、どうしてですの? お姉様」
「遠いし、それに第一内紛中のノースプレインに物資を運び込んだら、流石に貴方の御父様……ルーカツヒル辺境伯が諸侯や王都からあらぬ疑いをかけられるでしょ? 貴方が魔術修行ついでにコボルド王国に身を寄せているのとは訳が違うもの。ガイウス様との個人的な友誼だけでそこまで危ない橋を渡ってくれるとは思えないわ」
「うーん、お父様だったら乗り気でやってくれそうですけど……」
「それはそれで困るのよ」
コボルド王国の後ろ盾としてナスタナーラの実家を利用したいサーシャリアとしては、ラフシア家とイグリス王家との間に騒乱の火種を蒔くのは避けたいのだ。
が、渋面を浮かべつつも。彼女は奥の手として胸の内にしまっておくことを忘れていない。
経路や偽装次第では、採りうる手段だ。勿論不確定であるし、危険が大き過ぎることは言うまでもないが。
「提案ていあーん」
「な、なあに?」
ヘラヘラとした笑みを浮かべながら挙手したダークに、サーシャリアは一瞬ぎょっとしたような表情を見せるも。すぐに平静を取り繕って発言を促す。
「次にゴルドチェスター方面が駄目でしたら、王領の方へ買い出し先を変更するのは如何でしょう。ノースプレインを縦断しないといけませぬ故、危険も伴いますが」
サーシャリアが、安堵の息を吐いた。
……ジガン家へ穀物を運ぶ商隊を、襲えばいいのであります。
二人で話した時にダークが言い出した話をこの場で蒸し返すのではないか、とサーシャリアは危惧していたのである。
無論そのような案にガイウスが首を縦に振る筈もないし、外界の共感と支持を得たいコボルド王国としては採れない選択肢だ。戦時に敵の輜重を奪うのとは訳が違う。それではただの山賊集団でしかない。
冗談、とあの時ダークは言っていたが。この僚友が口にすると何処までがお巫山戯なのか分からない。あるいは「自分は手を汚してもいい」という意思表示だったのだろうか。
何にせよ。幸い、彼女も場は選んだ様子だ。
その後も提案と議論が交わされたが。結局、ウィートマークにて買い付けをもう一度試みた後に、王領方面へ方向を切り替えるということで方針は決定する。
手探りに等しいものだが、この手の問題に長けた人材もツテも無いのが現在のコボルド王国だ。
資金面の問題よりも、むしろ外部との繋がりの弱さを思い知らされた会議であった。
そして翌々日。次の調達便を出す前に、それを妨げる事態が発生したのである。
《発:枯れ川入り口1 宛:全軍……ヒューマン 武装 集団 接近》
新たな敵の来襲を告げる、見張りからの霊話報告だ。
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