115:焚き木拾い

115:焚き木拾い


『あらナスタナーラちゃん! 今日も元気ねえ!』

「ごきげんようですわ! 奥様も超元気そうでなによりですわ!」


『院長せんせー。あたしー、体内魔素の練り方がー、ちっともうまくいかないんですぅー?』

「もともとヒューマンでも、何年もかけて修行するものですわ。慌てる必要はありませんのよ? 後で練習に付き合いますので」


『おう、落書き娘。これから見習い共を精霊と遊ばせるから、付いてくるといいわい』

「きゃー! 行きますわ行きますわ!」


『ナッスちゃん、果物食べるかい』

「いただきますわー! おっほ! 超すっぱいですわ!」


『『『ナスねーちゃん、きょうもルーカツヒルのおはなししてー!』』』

「そうですわね、じゃあ……侍女のお尻を撫でたお父様が、棍棒を持ったお母様に三日三晩追いかけ回されたお話なんていかがです? 最終的に裏山が丸焼けになりましたのよ」

『『『ヤッター!』』』


 ……といった様子で。

 ナスタナーラ=ラフシアは、今やすっかり王国の人気者である。

 魔術師、そして教師としての仕事ぶりを評価されただけでなく。彼女の人柄がコボルド達に受け入れられたのだ。


 そのため外を歩けばあちこちから声がかかり、引っ張りだこではあるのだが。

 かといって魔法院院長としての職務を疎かにすることもなく、自己課題である研究や自己研鑽も継続しつつ。

 それでいて忙殺されることもなく、余暇はしっかりと確保しているのである。と言うより、むしろ普段はエモン達の後にくっついて遊んでいるようにしか見えない。

 天才肌、というものである。


 いきなり新入りに肩書がついて人気者となり、その仕事ぶりも有能で。みるみるうちに王国の重要人物となってしまったのだから、同い年のドワエモン少年としては面白くない。

 さらに先日「いくらなんでも剣なら魔術師に負けないだろう」という情けない魂胆で臨んだ手合わせですら完膚なきまでに叩きのめされてしまい、面目もないのだ。


「馬鹿ね、あの子は魔術師である以前に武の名門、ラフシア家の娘なのよ? 幼少から武芸全般嗜んでいるし……それにあの恵まれた身体でしょ。ダークだってナスタナーラを負かすには真面目にやる必要があるんだからね」


 心底呆れた様子で溜息をつきつつ諭したのは、サーシャリアである。

 なんでも、鉄鎖騎士団へ研修に来ていた頃のナスタナーラは騎士相手に訓練で8人抜きし、話題になったことまであるという。


「そんな……まさか俺が剣で敗れるなんて……」

「どういう脳味噌ならそんな言葉が出てくるのよ貴方」


 最後の砦までがあっけなく崩れ落ちたエモンは、それでも何とか挽回しようと、その後も唸り続けているのだが。

 ナスタナーラはそんな少年の気苦労も知らず、後をぴょこぴょこと付いて回り彼を悩ませるのであった。



「だーかーらー! イチイチ付いてくんなよ!」

「よろしいじゃありませんの、何か減る訳でもなし」

『いいじゃん、エモン兄ちゃん』

『何も、減らない』

「俺の神経が磨り減るんだよ!」


 王国の草原から森へ入り、しばらく進んだあたり。

 いつものやりとりをしているのは、エモン、フラッフ、フィッシュボーンの三人とナスタナーラである。近日よく見る組み合わせだ。


『焚き木拾い、人手があったほうが、楽だし、楽しい』


 垂れた鼻水を啜りながら、ぼつぼつと喋るのはフィッシュボーン。

 親友のフラッフもその横で勢いよく頷いている。頭を激しく振りすぎて抱えた枝まで落としているのが、いかにもこの子らしい。

 ナスタナーラは笑いながらその脇に屈んで、一緒に拾い集め背負籠に放り込んでいたが。


「あら……ドングリ」

『ん、それは、去年の。今年は、もうちょっと、後』


 旧コボルド村が滅び貯蔵が利用出来ないため、王国では現在食されていないが。ブナ科の果実たるドングリは彼等にとって大事な食料の一つである。

 特に【大森林】原産種のものは、熟した直後のみにみせる独特の色合いから【黄金ドングリ】と呼ばれ。コボルド達に古くから親しまれていた。


「【黄金ドングリ】ってさぞかし綺麗なのでしょうね!」

『見たことない! 僕もフィッシュボーンも春生まれだから、秋のドングリ拾い初めてなんだ、楽しみー!』

『うん、楽しみ』


 少女とコボルド少年達は顔を見合わせて、んふふ、と微笑み合う。


「ワタクシも小さい頃、秋には下のお兄様と一緒に裏山でよくドングリを拾って遊んだものですわ」


 指先でつまみ上げた虫食いの実を眺めつつ、伯爵令嬢は懐かしげに呟いた。


「ほーん? お貴族様でもそんな庶民遊びするのかよ」

「しますわよ! うふふ、たしかワタクシが6歳の頃でしょうか。お兄様がふざけてお尻にドングリを入れたら取れなくなって、大騒ぎになったこともありましたわね」

「ははーん、さてはラフシア家って馬鹿だな?」

「まあ! ひどいですわ!」

「おいフラッフ、フィッシュボーン。絶対に真似するなよ」

『『しないよお』』


 エモンに言われた二人は臀部を押さえながら、真剣な顔で頷いている。


「エモンも、ご兄弟がいらっしゃるのですよね?」

「ああ、姉貴が六人な……」

「ねえねえ、ドワーフは女の人にもお髭が生えているって、本当ですの?」


 好奇心に目を輝かせながら、ナスタナーラは髭のない少年に尋ねた。


「いつの時代の迷信だよ! 生えてねーよ。てかドワーフに女はいねーよ」

「あら、だってお姉様がいらっしゃるって」

「純粋なドワーフは男だけなの! 女は母方の種族で生まれるんだ。一代だけ、ドワーフの力もちょっぴり受け継いでな。そういうのを東方や北方では【ドワーフの娘達】って呼ぶんだぜ。南方じゃ滅多に見ないだろうけどよ」


【大森林】の中心にそびえるドワーフのグレートアンヴィル山は、長大なトンネルで東方と北方諸国群に接続されている。

 そのためそれらの地方とは交流や馴染みも深いのだが。ここ南方諸国群においては、そうではない。


「ただ【ドワーフ娘】とドワーフが結婚しても、そこから男は生まれない。次に生まれるのは完全に母方種族の女の子だけなんだ。だから俺達はある程度の歳になると、運命の嫁探しの旅へ出るのさ……ううん?」


 そこまで語ったところで。エモンが苦しそうに腹をさすり始めた。


『エモン兄ちゃん、どうしたの?』

「いや、【ドワーフ娘】の話をしていたらクソ姉貴共のことを思い出して、腹が痛くなってきた……」

「どれだけ仲悪いんですの」

「あれはエルフの皮を被った悪魔だからな……うう、やっぱりだめだ。ちょっとあっちの方でウンコしてくる」

「あら、行ってらっしゃいまし」

『『頑張ってね』』


 ドワーフ少年は眉を顰めながら手を振ると、離れた茂みの方へ内股で走り去っていく。

 残されたナスタナーラ達は、焚き木の収集作業に復帰していたのだが。


『……く、くさい、くさいよ兄ちゃん。いつもくさいけど今日のは特別だよ』

『あっち、風上、だった、うぐぐ』

「ゲホゲホ、ちょっとエモン、貴方お腹の中腐ってるんじゃありませんの!?」

『こんな、離れたとこまで、強烈な、おげえええ』

『うわーん! ナスねーちゃーん! フィッシュボーンが吐いちゃったー!』

「きゃーフィッシュボーン! 気をしっかり持って! ああもう! エモンいい加減になさいまし!」


 阿鼻叫喚、非難轟々。


「うるせー! 知るかボケー! 途中で止められる訳ねーだろ!」


 離れた木の陰から、エモンが大声を張り上げて反論する。


「ゲホゲホ! ちょっと! まだ出るんですの!? おふざけも大概になさいませ! 子供を泣かすなんて貴方、最低ですわよ!」

「出るわ! 出すわ! フザけてんのはテメーだ! 鼻つまんで息止めてろ! てか泣きたいのはこっちじゃアホー!」

『びえーん! ゲホゲホ』

『げろげろげー』


 もう、場は滅茶苦茶だ。ナスタナーラ達の悲鳴と、エモンの叫びが木々の間に響き渡っている。

 そしてそこへ。


 がさがさ、と。


 騒ぎを聞きつけたのか、悪臭の元を警戒しに来たのか。それとも涙目で咳き込みながら歩くうちに、たまたまここへ来てしまったのか。それは分からない。

 だがエモンと反対側の茂みを揺らして。この時ナスタナーラ達の背後に、第三の被害者が現れたのだ。


「ぐえほ! ぐえほ!」


 涎と涙を流しながら激しく咽るその男と。振り返ったナスタナーラ、フラッフ、フィッシュボーンの視線が交差する。

 劣悪な環境の中で訪れた偶然の出会いは双方に思考の硬直をもたらし、まるで時間を止めたかのような場を生み出した。

 静かで、穏やかで、とても臭い空間であった。


 そして数秒の後に。その沈黙は、少女達の口から発せられた叫びで破られたのである。


『『「熊だあああああああああ!」』』

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