114:民への対応

114:民への対応


 奴隷狩人に蹴られた男児は、幸いにも軽傷で済んでいた。

 蹴った狩人の体術が拙かったことと、落ちた先の地面が泥濘であったことが要因のようだ。

 負傷している他の農民達も落ち着きを取り戻し。当初は【モンスター】と怯え竦んでいた者達も、水を与えられ手当を受けることで、コボルド達が敵ではないことを実感しつつあった。

 最終的には老婆の弔いや賊の死体処理も、男達とコボルドが協力して作業している。


 ガイウスは結局女子供を恐れさせるばかりで会話を成り立たせることが出来ず、沈んだ表情で馬車の修理を黙々と行っていた。代わりに難民達と話したのは親方とレイングラスである。

 強面だがガイウスに比べれば遥かに人間の範疇である親方を同行させたダークの洞察と、レイングラスの面倒見の良さが図らずも示されることとなった。


 一方。多数の切り傷、そして奴隷狩人のメイスで両腕を打たれたエモンは、馬車に寝かされていたが。


「おばあさんを助けられなかったのは残念です。ですが貴女達だけでもお救い出来たと思えば、この程度の怪我、安いものですよ」


 妙齢の婦人や村娘に心配され、看病を受けているエモンは全力で男前を作っているつもりなのだろう。だが鼻の下は伸び、息も荒く、見苦しいことこの上ない。

 女性に囲まれて浮かれているのは誰の目にも明らかであったが……少年が奮闘したのは事実であるし、その醜態に言及するものは、特には居なかった。


 こうして、しばらく後に馬車の修理は終わったものの。

 農民や捕縛した賊を連れたまま買い出しへ向かうことは出来ず。さりとてこの情勢下のノースプレインで、食料も物資もない満身創痍の難民を放り出す選択肢も無く。

 ガイウス達は彼等を伴ったまま、王国へと引き返さざるを得なかったのだ。



「大変な思いをされましたね。ですがご安心下さい。我がコボルド王国の勢力圏においては、皆さんの安全を保証致しますので」


 夕刻。

【大森林】へ続く枯れ川の入り口、ガイウスの故郷跡にて。先行させた霊話兵からの連絡を受けたサーシャリア達が、救援部隊を率いて農民達を出迎えていた。

 強面凶相の男達と違い。見た目小柄な少女であるサーシャリアが対応したことは、農民達の緊張を和らげるのに大きく役立ったことだろう。


 前掛けをつけたコボルド達が温かい食事を振る舞い、枝や葉を素材にした仮設小屋を次々と設営していく。

 怪我人にはナスタナーラが治療魔術を用いて傷を塞ぎ、ホッピンラビットをリーダーとしたシャーマン達が薬草と精霊魔術で化膿を防ぐ処置を行う。

 やっと人心地ついた難民達は、疲労の濃い者から倒れるように眠りにつき。体力の残る数名の男性だけが、焚き火の周りに座って白湯を口にしている。


「サーシャリアお姉様。とりあえずの処置は終わりましたわ!」

「ありがとう。お疲れ様、ナスタナーラ」

「あら? 団長はいずこに?」

「レイングラスさんやブルーゲイルと一緒に、あっちの方で正座中。いくら言っても、何度注意しても、いっつも無茶するんだから。まったくもー。これだからもー。やんなるわもー。ホント、あの人には困っちゃうわー」

「? お姉様、何だか嬉しそうですけど……」

「そそそそんなことないし?」


 サーシャリアは早口で否定すると、誤魔化すように話を戻した。


「それにしても流石に魔術の天才と言われるだけあるわね。治療魔術も扱えるって。他人の身体の魔素を動かすのは、自分の体内で練り上げるのよりもずっと大変なんでしょ?」

「ええまあ。でも、ワタクシは一通り修めただけですから……高度な治療魔術は医療の知識も求められますので、とても専門家には敵いませんわ」


 本職の治療魔術師は治療魔術で治す者ではない。医術の手段として魔術を用いるのだ。

 攻撃魔術の如く魔素の加工で肉を盛って無理やり塞ぐのは、患者の身体に負担も強いる乱暴な応急対応である。だがそれでも、処置の有無は生死に大きく関わるだろう。


「だからごめんなさいねエモン。ワタクシでは骨折を治して差し上げられないの。だから、安静にしていて下さいましね?」


 添え木を当てられ、担架に寝かされたままのエモンへ語りかけるナスタナーラ。


「あー? いいよ別に。明日くらいには治るぜ」

「何言ってるんですの。ああもう、動かしてはいけませんわ」


 ドワーフの生命力を目の当たりにしていない少女は、少年の発言を強がりと思ったのだろう。

 幼児をあやすように、「めっ!」と小さく叱りつける。


「何でナッスにガキ扱いされねーといけねえんだよ……それより農家のお姉さん達を呼んでくれないか? お姉さんを」

「まあ、どうしてですの?」

「俺は両腕がやられてるから、一人で小便も出来ないだろ? だからこう、手取り足取りナニ取りで手伝ってもらおうかなと思ってな」

「最近少しは成長したかと思ったけど、相変わらずどうしようもないわね、貴方」


 サーシャリアは呆れたように溜息をついた。


「あら、それくらいワタクシがお手伝いしますわよ?」

「は?」

「御婦人方はもうお休みになられていますし。それにワタクシ、力持ちですので」

「おいやめろバカ、やめろー!」


 ナスタナーラは喚き散らすエモンの脇腹を持って軽々と持ち上げると、森の方へズカズカ歩いていく。

 しばらくして、少年の悲痛な叫び声が木々の間に響き渡った。


「止めるべきだったかしら……」

「サーリーィちゃーん。尋問終わったでありますよ」

「ご苦労さま。ちゃんは止めてよ、ちゃんは」


 石を椅子代わりにしたサーシャリアに向かい合うように、一仕事終えたダークが腰を降ろす。


「ジガン家絡みの背景はナシ。ノースプレイン侯領とグリンウォリック伯領を森沿いに東へ抜け、聖人教会の領域で売り飛ばす手筈だったそうで」


 イグリス王国の東には、聖人教会の教皇国を宗主とした連邦が隣接している。

 彼等は宗旨としてヒューマンを至上とするだけではなく。都合によっては異教徒や異端も人間扱いしない。

 イグリス王国の各地方は先祖の霊や土着の神々を代々崇めているため、その民を奴隷として扱うことに抵抗はないはずだ。


「まあ、王領(ミッドランド)の港は取締りが厳しいですからなー。川を船で下って港へ向かうより、陸路グリンウォリック経由で連れ出したほうがむしろ目に付きにくいのでありましょう」


 グリンウォリックは「緑の居住地」の由来通り【大森林】以外にも森の豊かな地方である。人目を避けて奴隷を連行するのに、都合が良いのかもしれない。

 かの地を治めるのはガイウスの元実家たるベルギロス家だが、流石に今回の件に関して絡んでいる可能性は無いだろう。


「じゃあ連中は本当に、ただの……ただの奴隷狩りだったのね」

「どう処理するでありますか? なんなら今から自分が手早く殺しておきますし、被害者に復讐させるのも趣があって宜しいでしょう」

「止めてよ」

「本気でありますがねえ? ケッケッケ」


 目を細めて蛙じみた笑い声をあげる僚友に、眉を顰めるサーシャリア。


「……あの人達に身柄を預けて、ライボローで代官に突き出してもらうわ」


 難民達を王国へ受け入れるガイウスの提案は、難民自身から辞退されていた。

 助けられたとはいえ、知らぬ者頼りに【大森林】の中へ付いていくのはやはり躊躇われたらしく。明朝、ライボローへ出立するとの意向を、謝辞と共に告げられている。

 どうもライボロー周辺には、同様の避難民が流入してきているらしい。あの街程の規模になれば、小さな農村とは扱いも違う。領主後継の争いで焼かれることはないからだ。

 また。冒険者ギルドは実質崩壊したが、そもそもあそこにはケイリー派の代官が配されている。であれば賊徒から守ってもらえるという期待もあるのだろう。


「ガイウス殿が無茶言い出した時は慌てたものですが。正直、ほっとしましたな」

「私もよ……まあ……それも嫌な話だけどね」


 心配だが、コボルド王国自体も食糧危機の最中なのだ。難民自身が王国への収容を拒むのであれば、それ以上強く薦めることもない。


「明朝、馬車に水や食糧を載せ出発するであります」


 鹵獲した馬車まで進呈しまうガイウスにサーシャリアは難色を示したものの、最終的には同調している。

 流石にコボルド王国軍でライボローの街まで護衛する訳にはいかないが。途中までダークが武装一隊を率い送っていくことで、既に話がついていた。


「聞いた話によると、ライボローでは難民への配給も多少行われているようですなあ」

「自分達で見捨てておきながら、何でまた。それにケイリー派だって、わざわざ大枚を叩いてかき集めた兵糧でしょうに」

「んー? 簡単でありますよ。人間、困らないようにしてあげても誰も礼など言いませぬが、困ってから助ければ感謝されますからな。遠くまで伝わる美談でありますよ、び・だ・ん」


 民が困窮するのは統治者であるジガン家姉弟の不手際だが、その責は政敵に負わせるだろう。

 そしてこの【美談】も。王や諸侯へジガン家継承の正当性を主張する材料になるはずである。

 結局あの者達には、民というものは政争や陰謀に饗する贄に過ぎないのだ。


「……腐ってるわ」


 森の中でコボルド達と共に過ごす間、遠ざかっていた感覚。

 唾の代わりに。サーシャリアは言葉でそれを吐き出すのであった。

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