112:狩りの一団

112:狩りの一団


 出発当初はひどく疲れた様子で親衛隊を心配させたガイウスであったが。枯れ川出口で野営を終え、外界に出た頃にはすっかり元気を取り戻していた。


 おいらの 村の 大将は

 酒屋の ジム兄 赤毛の ジム兄

 のっぽで ふとっちょ 力持ち

 オオカミ イノシシ クマだって

 ジム兄見れば 逃げ出すさ ホイ!

 でもでも みんなは 知ってるぞ

 村で 一番 怖いのは

 ジム兄の カミさん おチビの カミさん ホイ ホイ!


『うはははは』

「わはははは」

『『『ホイ! ホイ!』』』


 行進曲代わりにガイウスがノースプレイン地方の民謡を歌う。

 当初は聞くだけだった親衛隊達も、何度か繰り返す内に調子を合わせて合いの手を入れ、じきに一緒に歌うようになった。

 王国から様々な個性が育っていけば、やがて独自の行進歌を生み出す者も現れるだろう。


 こうして、初の外界に緊張していた若者達の緊張もほぐれ、周囲の景色を楽しむ余裕さえ生まれていた。

 勿論その間にも霊話を利用した索敵は怠っておらず、行軍訓練としての側面は見失っていない。


 そんな中。肩車でガイウスに乗っているレイングラスは、音頭に合わせて灰色の頭をぺしぺし叩き遊んでいたが。


『ぬぅ! レイングラス殿! 陛下に対して! それはッ! あまりにも不敬ではありませぬか!?』

『いいんだよ、俺とガイウスはダチなんだから』

「左様。友達である」

『「ねー」』


 大人げない。


『しかしですな』

「はっはっは、ブルーゲイルも昔のように肩車して欲しいのかい」

『いえ! 私はそんな恐れ多い!』

「うむ」


 ガイウスは身体を曲げてブルーゲイルを拾い上げると。レイングラスを肩車したまま、自分の頭頂部に座らせるように持ち上げた。


『へ、陛下ァァッ!』

「ほーれ高い高い」

『あーっ! お、お戯れを! あーっ! このようなことでは! あーっ! 隊員に示しがッ! ウヒー!』

「はっはっは」


 照れ慌てふためくブルーゲイルだが、その内心は隠せていない。

 ばばば! と激しく振られる尻尾に顔面を乱打されたレイングラスは


『ぶべばばば』


 と奇声に近い悲鳴を上げつつ肩から落下し、すぐ後ろを歩いていたエモンの手で受け止められる。


「オッサン。護衛とか、行軍訓練とか格好つけて、結局遠足に連れて行きたかっただけじゃないのか?」

「わはは。まあ、否定はせん」

「だよなー。盗賊のことがあるから護衛は要るとしても、平野で行軍なんか、コボルド達に必要無いもんな。俺達は森の外で戦わないんだからさ。サーシャリアも言ってたけど、地の利って奴だろ?」

「んー、半分正解」

「どういうことさ」

「森の中という優位性を利用して敵を迎え撃つ。まあこれが我が軍の基本戦術であることに間違いはない」


 ガイウスは歩きながらブルーゲイルを降ろすと、別の親衛隊員を肩車で担いだ。

 若いコボルドは尾っぽを盛んに振りながら、王の頭にしがみつく。


「だが、森の中だけに軍事行動の範囲を自ら限定する必要はない。それでは戦術的にも戦略的にも、常に受け身を強いられるだけだ」

「敵の拠点に攻め込むってことか?」

「はっはっは。そんな戦力もつもりもないよ。ただ、防ぐだけが防戦ではないということさ」

「うーん?」

「味方の君ですら森の中から出ていく発想が中々出てこないのだ。固定観念に囚われた者が相手なら、それだけで裏をかく一手になるだろう。そうでなくとも、外で行動が出来れば敵の補給線を攻撃することが可能かもしれない。その時に、森の外に出たことがない……では困るのだよ。私やダークがいつも部隊の指揮をとれるとは限らないしね」


 彼の務めは、自らを剣として王国を守ることだけではない。

 コボルド達を育て、鍛え。ガイウス達がいなくなった後も戦い続けられる軍隊を作り上げることが重要なのだ。

 それがホワイトフォグとの約束であり、彼自身の望みである。

 だからガイウスもサーシャリアも、子供や若手への育成には特に力を入れていた。

 ごく小規模とは言え。全国民を対象とした義務教育を施している国家機構は、この時期南方諸国群ではコボルド王国のみであったろう。


「平時なら政治的な問題もあるし、軍を率いてノースプレインを闊歩するのは憚られるだろう。しかし我々はケイリー派と既に事を構えている。今のところは遠慮をすることもないさ」

「ほーん」

「まあ、また教えてあげよう」


 笑いながら頭を撫でようとする太い腕を「ガキ扱いするな」とエモンがはねのけた時。


『お、王様! 大変です! 斥候から報告で、ヒューマンの集団を見つけたと!』


 慌てふためきながらガイウスの足元へ駆け寄ってきたのは、霊話を担当していた親衛隊のパインコーンファーだ。

 にわかにコボルド達が、騒然となる。

 流石に場数を踏んできたレイングラスは落ち着いた様子で。耳を澄まし、風の匂いを嗅ぎつつ『すぐ近くじゃない』とだけ告げた。

 余裕があることを察したガイウスは


「ん。いいからいいから。こちらは見つかったか。数は。武装の有無は。進行方向は。順番に聞いてごらん。彼等も慌てているだろうからね」

『は、はい!』


 配慮する側に回らせることで、若いコボルドを落ち着かせる。

 動悸を鎮めながら、一つ一つ確認していくパインコーンファー。


『こちらは見つかっていません。ヒューマンの数は約50、馬車1台』

『ぬっ!?』

『50人!?』


 多い。だがガイウスは表情を動かさない。


「ほう。全員武装しているのかな」

『……いえ、武器を持っているのは20人程度です。こちらの北、林のあるあの丘を挟んだ向こうで止まっているとのこと』

『休憩してんのか? まあ丘向こうならこのままやり過ごせそうだな、ガイウス』

「うむ。商隊にしても、遭遇しないに越したことはない。だが……」


 無精髭をさする彼の疑問符に、レイングラスが尋ねる。


『だが?』

「様子がおかしい。護衛付きの商隊にしては、馬車の数が少なすぎる。抱えにしても臨時にしても、一台程度の荷に20人もの戦士団を用意しては採算がとれるまい」

『そんなモンか? ヒューマンの都合は俺にはよく分かんねえ』


 ふむ、と呟いたガイウスが何事かに気付くまで数秒の時を要した。

 親衛隊の中でも勘の良い数名が、王の気配が変わったことを嗅ぎ取り唾を飲み込む。


「武器を持たぬヒューマンの特徴を報告させよ」


 そしてしばらくの沈黙の裏で霊話兵は斥候とのやり取りを終えると。

 ガイウスへ向け、受けた通りに報告したのであった。


『縄と枷で繋がれているそうです』



 馬車を隠し、茂みから林へ入る。木々の間を抜け、稜線を超える手前で姿勢を低くし、這うようにガイウス達は進んだ。

 丘の頂上に近付いたところで、草むらに伏せていた斥候が手招きをする。


『あちらです』


 注意深く稜線から覗き込むと。報告の通り、そこには50名近いヒューマンがたむろっていた。

 雑多で軽装備な男が20名程で、身なりから農民と思われる者達が約30名。男もいれば、女もいる。泣き叫ぶ子供も、だ。

 農夫は武装者から時折地面に引き倒されて、家畜の鞭で打たれ。そしてその脇には、頭を割られた老人の死体まで転がっている。

 一箇所に集められた彼等の近くには二頭立ての馬車。片側の車輪が破損したのだろう。その交換作業に、数名の男達が従事していた。


「おいおい旦那、こいつは……」

「うむ……囚人か捕虜の移送ではないか、と期待したのだが。どうやらそう、甘くなかったな」

「あの死んでる婆さんは、見せしめかい」

「商品価値の無い者をわざわざ連れているのは、道中に潰して反抗の意欲を削ぐためだろう。常套手段と聞く」

『陛下ッ。あれは、一体何ですかッ?』


 表情を曇らせた親方、そしてガイウスに問うブルーゲイル。


「人間狩りだ」

『ヒューマンがッ、同じヒューマンを狩るのですか?』

「捕まえて嬲るか、商品として売り飛ばす。家族と引き離されて、遠方へ連れて行かれる。イグリス王国では公的に奴隷が禁じられているが、諸外国まで全てそうという訳ではないからな」

『ぬぅ! しかしあれは、敗れた戦士にも見えませんがッ、罪人でしょうか? 一体彼等はどのような罪を犯したのです?』

「咎など無い」

『は?』

「ノースプレインの混乱に乗じて流入した賊が、無辜の農村を襲い略奪と拉致を行っているのだ。領主や貴族達は権力闘争に夢中で、民を守る義務を怠り……いや、そもそも義務だと認識していないのだろう」


 視線を動かさぬまま、傍らの霊話兵に小声で何事か尋ねるガイウス。

 パインコーンファーは首を振りつつ、それに答えていた。

 低く唸り考え込む王の脇で、親衛隊員達が互いに顔を見合わせてざわつく。


『ううー』

『どうしよう』

『どうするって』

『ぬう……』

『助けてあげられないの?』


 森の中で、大人達からの愛情とガイウスによる薫陶を受け育った純朴な若者達だ。

 ダークやサーシャリアの存在もある。ヒューマンに対して敵意のみを抱いている訳ではない。

 目の前の光景は、彼等を動揺させるに過分なものであった。


『馬鹿! 僕達は任務があるんだ』

『だってぇ』

『だってもへったくれもあるか。関係無いんだぞ?』

『でもでも、赤ん坊までいるんだよぅ……?』

『ぐっ……』

『むぅ……!』

『……』

『……』


 コボルド達が心を押し潰される思いで沈黙する中。


『ガキ共』

『うう、レイングラスさん』

『何をそんなに悩む』

『だって……』

『なぁ。一体誰が、お前らの王様だと思ってるんだ?』


 その一言が、親衛隊の心を覆っていた霧を払拭した。

 皆の視線がガイウスへと集中する。


「戦闘用意」


 その瞬間。


 心臓を揺さぶるような衝撃と高揚感が、若者達の身体を駆け巡った。

 こみ上げるような熱い感触に、鼻の奥が圧迫される。実際に泣き出す者までいたのだ。


 政略と打算から言えば、この行為は正解ではないのだろう。謂れもないかもしれない。

 だが、それよりも何よりも。

 ガイウス=ベルダラスはやはり彼等の憧れのままの人物であり、尊うべき存在である。

 王の言葉は、その信仰を若者達に再確認させたのだ。


「これより賊を制圧し難民を救出する。諸君らの初陣である。奮起せよ」


 親衛隊は歓喜の叫びを必死に押し殺しながら。

 力強く、しっかりと頷くのであった。

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