111:買い出し会議
111:買い出し会議
「申し訳ない。穀物の買い付けに失敗したであります」
指揮所に集まった面々へ。卓に手をついて頭を下げたのは、ゴルドチェスター領から戻ったダークだ。
「まさか予算の問題?」
「それもあります。それだけではありませぬが、即断しかねたので」
「ガイウス様の蓄えは結構な額だったと思うけど」
後頭部を掻くダークに、サーシャリアが尋ねる。
一応はイグリス王国の騎士団長であったガイウス=ベルダラスである。倹約家でもないが浪費屋とも違う彼は、王都を去るにあたってそれなりの資産を持ち出していた。
今までの買い出しで多少の出費はあったものの、その額は一個人としていまだかなりのものだ。
「食糧、物資全般が高騰していて、特に穀物がひどい有様なのであります」
どうして急に、とサーシャリアは言いかけ、すぐに気がついた。
「……ノースプレイン侯爵領の跡目争いのせいね」
「そうであります。長女ケイリー派も次男ドゥーガルド派も、内乱が予想外に長引きそうで、慌てて兵糧を買い集めているそうなのですよ」
「もう、武力衝突が起きたの?」
「三回程、大きくぶつかったらしいでありますな。一回目と二回目はドゥーガルド派の勝利、三回目でケイリー派がまた持ち直した、とのこと。小競り合いは続いていて、次の大きな戦いも近いのではないかと噂されていました。ただ何分、隣領への伝聞をまた聞いたものゆえ」
陸の孤島であるコボルド王国にとって、情報収集も調達行における目的の一つである。
「まあそれは仕方ないわね。ライボローとかへ調べに行くのは危険すぎるし……ねえナスタナーラ、貴方の監視のラフシア家情報部からは、情報はもらえないのかしら」
「うーん……多分どこかで樵や農民に擬態しているとは思うんですけど、誰だか分からないし、連絡のとりようもなくて」
『結局、それらしい奴等が森に入って来た気配も無いしな』
ナスタナーラの返事に、補足を入れたのはレッドアイだ。
そこまでの期待はしていなかったのだろう。サーシャリアは「そう」と短く口にした後、話を本題に戻すようダークに促した。
「一昨年から続いた冷害でもともとの貯蔵が少ないところに、大商人の買い占めが重なりまして。それに便乗した業者が値を釣り上げたり売り惜しみをした結果、一気に流通量が減って価格が高騰したようであります。それどころか、これから熟成させる今夏の麦まで買い手が決まっている有様で」
「酷い話ね」
「領主が備蓄を放出したり、買い占めを禁じる布告を出したりしているそうですが……まあ、その手の網を潜り抜ける手段は幾らでもありますので。貪欲な商人達を抑え込むのは不可能でしょう」
歴史上、飽きるほど繰り返されてきた流れだ。戦争による需要と、それにつけこんだ商人による独占と値上げ、そして民衆暴動。
ゴルドチェスターの統治者たるスペイサーク家はその最後の部分に至らぬよう、さぞ慌てていることだろう。
「加えてノースプレインの治安が悪化したことにより一部従来の交易路が寸断され、流通も滞っております。それもまた、物価全体の上昇に追い打ちをかけているようで」
「混乱に乗じてノースプレインには他領他国から不届き者や傭兵も流入しているはずだ。治安の悪化で、護衛の戦士団を用意出来ぬ小さな商隊では、往来も叶うまい」
ガイウスの言った通り、冒険者、ゴロツキの類は勿論、傭兵団も山賊や強盗と大差はない。あれは戦時の劇薬なのだ。
契約書に「戦後は領内から退去する」という文言が盛られて一般的なのが、その証左である。
「そんな中で、正体も分からぬ相手からの商談を受けてくれる者はなかなか見つからず……言い訳がましく、面目ないであります」
「仕方ないわ。どこの商会だってケイリーやドゥーガルドに売りたがるでしょ。後々のことを考えれば実績を作っておきたいだろうし、分割されていてもジガン家の資産なら払いは確実だもの。むしろ私達の話を詐欺と疑う方が道理よ」
「それでも一応、値段の話だけはしてきたのでありますが」
ぺらり、とダークが一枚の紙を広げる。そこには、商人から提示された見積もりが書かれていた。
「うわ、何よこれ」
「うーむ」
「おいおい、酷えなコイツぁ」
「うわーお、ですわ」
ヒューマン勢が覗き込み、苦々しい顔でそれぞれに呟く。コボルド達は見当がつかないので、首を傾げている。
身元不明の相手に対して吹っかけたこともあるだろうが……そこには、ナスタナーラですら唖然とするほどの価格が書かれていたのだ。
「とは言え、買わぬ訳にもいくまい。手に入れなければ飢えるだけだ……あれを子供達に味あわせたくは、ない」
ガイウスの言葉に、ダークや、旧村壊滅からの窮状をその身に染みて知っているコボルド達が頷く。
「【あれ】って。オッサンは貴族だろ? そんな目にあったコトあんの?」
「ん。ん、まあ。昔の戦争で、ちょっと」
「ふーん?」
「……なので、今度は実際に現金を持っていくことで、支払いの懸念だけでも払拭させようかと思っているのですよ」
左程の興味もなく生返事をしたエモンを強めの声で遮って、ダークが提案を述べる。
「でもダーク、それって危なくない?」
「ですなあ。金貨自体を奪われても王国の資産が失われますし、帰りの物資を満載したところを狙われる恐れがあります」
「マイリー号の馬車単体なら、森の収穫を当てにした最低量でも6、7回は往復が必要だわ。そうすると危険性はさらに高くなるわね」
「だから次以降は、ガイウス殿か自分、それに一部に魔杖を持たせた兵員を揃えて馬車を護衛したいと思うのであります」
「そうね。現状からいって、そのくらい用心しないと駄目ね」
「……うん、決まりかな」
ガイウスの言葉に、一同が頷いた。
「馬車の整備と補強をした上で。私とレイングラス、エモン。それに親衛隊を伴って買い付けに向かう。親衛隊の行軍訓練も兼ねてのことだ」
「まあ、この見積もりと現金を持っていけば話は通じるでありましょう。ガイウス殿の人相が不安なら親方に同行してもらえば宜しいかと」
「ウィートマークの街にツテはねえが、まぁ、商人と話つけるのは慣れてるぜ。旦那は俺っちの用心棒ってことにすれば違和感もないだろ」
「かたじけない、お願いする」
「いいってことよ。鍛冶場の連中はその間、炭焼き小屋の手伝いに回ってもらうさ」
頬を歪めて親指を立てる親方。
「では、これにて会議は終わりとしよう。出発は明後日早朝。各自準備に移ってくれ」
◆
当日の朝。
欠伸を噛み殺すレイングラスと隠そうともしないエモン、そしてサーシャリアとダークの視界の中で。親衛隊がガイウスの前に整列していた。
列の一歩前に立つのは隊長のブルーゲイル。
顔をきりりと引き締め姿勢良く立っているが、その尾は千切れんばかりにブンブンと大旋回しており、浮かれているのが一目瞭然である。
尻尾が起こす風の勢いで、バッタ達が驚いて逃げ出すほどだ。
『気をつけぇぇ! ぅ敬礼ッ!』
胸の前に拳を当てる隊員達。剣を眼前に掲げるのを模した、南方諸国群の敬礼方式だ。無論、ガイウス達に倣ったものであった。
「これから我々は行軍訓練を兼ね、ゴルドチェスター領の交易都市ウィートマークへ食糧の買い付けに向かう。諸君らには初の長距離行軍であり、そして外界でもある。ヒューマン達の前では犬の振りをする必要もあるし、何かと不慣れで不自由なことも多いと思うが、今後を考えても必要なことである……頑張ろうね」
『『『はいッ!』』』
相変わらず、親衛隊の士気は無闇に高い。
サーシャリアは満足気にそれを眺めつつ。同時に何か、心の隅に引っ掛かるような感覚も捨てきれずにいた。
「どうなすったんで? サリー」
「うーん、何か忘れているような気がして」
「まあ、思い出せないなら大したことじゃないでありますな」
「それもそうね、ふふふ。あと、ドサクサで胸揉まないでね?」
「いだだだだ脇腹が、腹肉が千切れるであります!」
通常運転の二人組を他所に、出立の訓示は終わろうとしていた。
ブルーゲイルが再び前に出て、大声を上げている。
『よぅし! では出発前に体操を行おうか! 宜しいですか、陛下!』
「ん? うん、いいんじゃないかな? 準備運動は大事だよ」
『ありがとうござぃますッ! 貴様らッ! いつものヤツいくぞ!』
『『『はいッ!』』』
『親衛隊体操第一、開始―ッ!』
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