110:保育所
110:保育所
『『あ! サーシャリア先生! お疲れちゃーん!』』
『こんにちは、先生』
「あら三……リトルナイト、アプリコットペタル、ピアーフレグランス。こんにちは」
卵が入った籠を抱えた三馬鹿娘が、サーシャリアに挨拶する。
「鶏舎のお手伝いの帰り?」
『はい。ブラッディクロウさんが今日の卵から無精卵を選んだので、配給に回す分を運んでいるんです』
「へえー、すごいわね。コボルドって、そんなすぐに有精卵と無精卵の判別つくんだ。やっぱり霊話関係の力だったりするのかしら?」
『そんな訳ないじゃーん』
『あの人だけだよ』
「ああ、やっぱり」
それで納得されるあたりがブラッディクロウだろう。
『ねえサーシャリア先生、これ届けたら一緒に遊ばない?』
「駄目よ。ダークが帰って来たから、臨時の会議があるの。それよりもガイウス様を見なかった?」
『王様なら今は保育所にいるわ。あーあ。先生と一緒なら縄作り抜け出しても怒られないと思ったのに』
手を頭の後ろで組みながら、小石を蹴飛ばすリトルナイト。
樹皮縄は各種日常作業のみならず、罠などの軍事目的にも多用するため。少し前から、学校が終わった後の子供達も製作を手伝っているのだ。
皆の努力の甲斐もあり倉庫の中には既に小山のように縄が積まれているが、それでもまだ増産は続いている。
「そんな訳ないでしょ」
『……あら、面白そうな話をしているのね』
『ヒッ』
声を聞いただけで縮み上がったリトルナイトが、跳ねるように振り返る。
するとそこには、冷たい微笑みを浮かべたアンバーブロッサムが立っているではないか。
『ブブブロッサムおねえさままま』
『リトルナイト、いいのよ? 疲れているなら休んでも』
『だだだ大丈夫です』
ヒューマンであれば、おそらくは冷や汗を流しつつ青い顔をしているのだろう。普段の調子と打って変わって、リトルナイトはぎこちなく固まっていた。
他の二人も同様なのか、直立姿勢で硬直している。
『いい、貴方達』
『『『は、はい!』』』
『これからの王国を担う、私達の世代のコボルド女性は、清く、正しく、美しく、強く、そして勤勉でなければいけないわ』
『『『はいー!』』』
『今後王国は外界との接触も増えるでしょう。その時貴方達が無様を晒せば、それは即ち陛下に恥をかかせることになるのよ』
『『『はい!』』』
『【白霧組】からそのような者が出るのを……閣下や陛下がお許しになっても、私は絶対に許しませんからね』
絶対に、のところで特に強く力を込め告げるブロッサム。
三馬鹿娘は首がもげそうな勢いで頷く。
『では行きましょうか。将軍閣下、失礼致します』
姿勢良く歩き去るブロッサムと慌ててそれを追いかける三人娘。
ブルーゲイルとは違った種類のカリスマを発揮し、アンバーブロッサムが少女達の間で独自の勢力を作り上げているという噂は、どうも本当らしい。
「……しっかりしているのはいいけど、随分とキツくなっちゃったわねぇ……」
◆
人口爆発により。王国主婦達の子育て負担は、個人の許容量を越えていた。
特に授乳中の母親は多産化で体力の消耗も著しく。それを助けるためにもサーシャリアは共同保育所を建設し、その他様々な制度を作ることで国家を挙げての育児支援体制を急速に整えたのだ。
『育児は各家庭の仕事』という意識の強かった年配者から反対や疑問の声が上がらなかった訳ではないが、これはガイウスが説明することで納得させていた。
コボルド王国は勢力としては弱小集団に過ぎないが、抜本的な改革と実行が出来るのはそれゆえの強みでもある。
『『『きゃっ きゃっ』』』
『『『あはは』』』
そんな保育所にサーシャリアが足を踏み入れると、中は多種多様な色の毛玉で溢れかえっていた。学校に上がる前の子コボルド達だ。
大変愛らしく、頬が緩む光景であるが。国政と軍事を預かる彼女からすると、これだけの数がどんどんと育っていくのは喜ばしく、頼もしい限りでもあった。
一面に広がる毛玉の群れは海原にも似て、それを世話する保育士コボルド達は、波間に漂う船のようであり。そしてその一角に、妙に膨らんだ海面がある。
大波の予兆のようなその盛り上がりは、全身を幼子達に纏わりつかれ身動きが取れなくなったコボルド王に他ならない。
ガイウスは作業や教練の合間を見つけては、頻繁に子供達のところへ顔を出し続けている。
それは王としての職務や献身というより、自己の享楽以外の何物でもなかったのだが……彼の意図せざる副産物として、王との触れ合いは幼子達の心に絶大な信頼を植え付けていくのであった。
『ほっぺたぺしぺし』
「はっはっは」
『おひげぐいぐい』
「いたいいたい」
『かみのけびきびき』
「髪はだめ!」
子コボルド達に怪我をさせぬよう動けないガイウスの周りに、毛玉がもみくちゃになりながら殺到している。
身の丈七尺もの巨体が横たわれば、子供達にはちょっとした山型遊具だろう。
『『『ねえねえ! おうしゃま! おうしゃま!』』』
「んっふっふー。何だい?」
『『『おうしゃま、ちゅきちゅきー!』』』
「うむ! 王しゃまも、ちゅきちゅ」
「ガイウス様」
「……」
「……」
「……」
「……」
「やあ将軍。ご苦労様。保育所の視察かな?」
「いいえ、ダークとレイングラスさん達が帰還しましたので。臨時の会議を行いたくて」
「う、うん……すぐ行くよ」
「はい、お願いします。おうしゃま」
「サ、サーシャリアくん!」
「うぷぷぷ」
サーシャリアもガイウスの扱いに慣れてきており。今では、このようにからかう余裕と関係も出来ていた。
「皆、そろそろ指揮所に集まって来ると思いますので、お早めに」
「分かっ……いや駄目だ。それどころではない。すぐに対応が必要だ。至急の!」
照れ隠しの笑顔から、瞬時に刮目し、そして厳しい表情へと切り替わったガイウスに。サーシャリアが驚く。
「え? まさか敵襲!? それとも魔獣!? でも哨戒網からの報告は……」
「背中の子がね……お漏らしをしているのだよ……」
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