109:精霊炉

109:精霊炉


 幼い頃から侍女に着替えや身の回りの世話を受けてきたナスタナーラは、肌を見られることに今でもあまり抵抗がないのだろう。

 ……まあ、彼女自身の性格もあるだろうが。


「高貴な生まれほどそういったものに無頓着とは聞くけど……」


 理不尽な折檻を受け地面に沈んだエモンの脇で、サーシャリアが溜息をつく。

 気を取り直しナスタナーラの姿を探すと、件の令嬢はいつのまにか長老を抱きかかえて頬擦りをしていた。


「きゃー! お師匠様! やっと精霊魔法を見せてくださいますのね!?」

『ええい! 柔らかい! 精霊と対話出来んヒューマンのお前では、精霊魔法は使えんと何度言ったら分かるんじゃ! ああもう柔らかい!』

「構いませんわー! 仕組みから魔術や魔法に組み込めるものがあるかも知れませんし、逆に精霊魔法へ応用できる概念が見つかることだって考えられるのですわー!」


 仕草は子犬を振り回す童女のようだが、その言葉は研究者らしい内容だ。サーシャリアは感心の意味を込め、一人納得したように頷いてから親方達の方へ顔を向ける。

 鍛冶集団は石造りの炉に炭を入れ込み、二段階着火のために黒炭に火をつけていた。しばらくして、親方が親指を立てる。白炭へ燃え移ったのを確認したのだろう。


「で、おじいさん。どうでしょうか」

『すべすべして甘い匂いがする』

「そうじゃなくて」

『ああそっちか。これ、降ろせ降ろせ』


 はーい、と元気良く返事をしながら長老を降ろすナスタナーラ。

 長老は気怠げに首を鳴らした後。


『火と風の精霊よ! 頼みごとがあるんじゃが、ええかのう?』


 宙に向けて一声叫ぶ。

 そして数秒の間をおいて、老人の目の前に赤と白のぼんやりとした靄(もや)が出現した。シャーマンの呼びかけでその身を可視化させた、火と風の精霊達だ。


「おお、これが精霊って奴か……長生きはしてみるモンだな、こんなの初めて見たぜ」

「きゃー! きゃー! すごいですわ! す・ご・いですわー!」


 親方とナスタナーラが、それぞれの形容で感嘆の声を上げる。


『ちょっとなー、あの金属を溶かしたいんじゃよ。出来るかの? え? あ? 楽勝? それよりそこのかわい子ちゃんを紹介しろと? あー、好きにしたらええじゃろ? でもその娘はお前達と話せんぞ……は? ジジイを見るより目の保養? お前ら、付き合い長いのにひどくない?』


 シャーマンの素養が無い者には聞くことすら出来ぬ会話をしているのだろう。見習い達だけがクスクスと笑っている。

 精霊達はからかうように長老を突っつきながらくるくると回った後。ナスタナーラへじゃれつくように、その肩に止まった。


『精霊は、ああいう子が好きなんですよ』


 シャーマン見習いの少年が傍らに来て囁く。

 理由は分からないが納得は出来る、とサーシャリアは思った。


 そして精霊達とナスタナーラは双方ひとしきり一方的にはしゃいだ後。

 長老からの呼びかけで、再び先の位置へと戻ることとなった。


「おう、こっちは準備いいぜ。でも本当に、ふいごとか無くて大丈夫なのか?」

『平気じゃ平気。危ないから下がっとれ』

「一気に熱くし過ぎると弾けるから注意してくれよ、爺さん」

『大丈夫じゃ。火の精ならその程度お手の物よ。ほれ前達、出番じゃぞ』

『『『はーい』』』


 鍛冶職人の要請に応じた老コボルドの指示で、シャーマン見習いの若者達が手前に出てくる。

 腰蓑をつけた者、皮太鼓を抱えた者、笛を握った者。いつの間にか長老まで両端に燃焼部を付けた長い松明を手にしていた。

 そして炉の炭火から火を貰うと。


『ハイ! ハイ!』

『『『ハイッ! ハイッ!』』』


 どんどこどんどこどんどこどんどこ。

 ぴーひゃららー。


 軽快な太鼓と笛の音に合わせて、一斉に踊り始めたのである。

 中でも長老は『フォイフォイ!』と奇声を上げながらぐるんぐるんと松明を回転させ、身体の周囲で振り回しながら舞っていた。


『ヘアッ! ヘアッ!』

『『『ジュワッ! ジュワッ!』』』


 動きが激しくなるにつれ、炉には風が流れ込み、火勢が強まる。

「ウッソだろおい……」と呟く親方の前で、【ソードイーター】の骸が赤く熱せられていく。


『ホイ! ホイ!』

『『『ソイ! ソイ!』』』


 いつの間にか、徒手だった者達も松明を振り回しており。

 長老に至っては、二本に増やして器用に踊り続けている。


「いつぞやのウンチチャンバラの時、やたらに動きの良い二刀流をしていたのは、このせいだったのね……」

「まあお姉様! 何ですのソレ!? 楽しそう! ワタクシ、すごくやってみたいですわ!」

「絶対駄目」

「えー」


 どんどこどんどこどんどこどこ。


『もっと激しく! もっと情熱的に!』

『『『ハイー ハイー ハイー ハイーッ!』』』


 どこどこどこどこどんどんどん!


「おいおい、こんな炉で本当に融かしちまうぜ」

「ええ、正直私も驚いています」

「……コボルドさんは精霊さんを楽しませる。精霊さんはコボルドさんを手助けする。相互の良好な関係によって、精霊さん達もおそらく普段より複雑で強い力を出せるのですわ。ほら、見て下さいまし。火の精霊さんが元気よくしていることで、本来であれば得られぬ温度まで火力が高まるだけではなく、力場による結界まで構築されていますわ。しかもあんなに強力な形で! とんでもない神秘、凄まじい高等技術ですのよ!?」

「え!? いや、私は魔法の素養も知識もないから、分からないわ」

「あれで力が逃げるのを防ぎつつ、同時に周囲への被害を及ぼさないようにしているんですの。あれを魔法や魔術で行おうとすれば、どれほどの労力と人員が必要とされることか! ああんもう! ありえないですわ。ありえないですわー! きゃー!」


 特殊チャンバラを熱望していたのと同じ口で精霊の所業を観察し分析している。

 傍らの二人は、少女のそんな姿を、驚きと共に見つめていたが。


「……なぁ、サーシャリアの嬢ちゃんよ」

「何です、親方」


 何かに気付いたような彼の表情に。サーシャリアが緊張した様で答える。

 親方は腕を組んだまま、踊り狂う長老達やシャーマン見習いへ視線を巡らせ、むう、と小さく唸り。そして、ゆっくりと呟いた。


「ひょっとしてコレ、毎回やらねえといけねえのかな……」



 魔杖は含有量が多いほど発熱が抑えられ、魔素の加工効率や攻撃性能も向上する。

 上を求めればキリがないが、魔杖として最低限機能するために必要なミスリル銀は、実はそこまで多量ではない。ミスリル合金ということ自体が重要なのだ。

 一般的な魔剣を鋳潰せば、おおよそ10本分のミスリルが抽出出来ると言われている。


 今回の作業の結果。

 流石は世に聞こえた名剣だけあり、【ソードイーター】からは30本を超す分量の素材が得られた。

 変わり種だが逸品である【スティングフェザー】より回収出来たのも、ダガーにしてはかなり多い10本分だ。

 意外であったのは、魔鎧の含有量が少なかったことだろうか。

 薄手とはいえ全身甲冑である。だが重量から期待されたほどのミスリルは抽出出来ず、10本少々に終わっていた。


「恐らく実験的に作られたもので、その中でも省資源を目指した質の悪い品だったのですわ。刻まれていたのは強化の紋様でしたが、これではきっと、装着者の体にかかる負担は尋常ではなかったと思われますわね」


 ナスタナーラは、そう分析している。

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