108:鍛冶場にて

108:鍛冶場にて


 今回の会議で決定されたのは、親衛隊の編成だけではない。

 前々から検討されていた越冬用の食料……穀物買い付けもやはり必要ということになり。その任にはダークがあてられた。

 政を司るサーシャリアが王国を離れるわけにも行かず、かといってガイウスの凶相では交渉にならない可能性が高い。ガイウスとダークを二人共王国から離れさせるのは、国防の問題上不安がある。

 そのためダークはレイングラスとレッドアイ、さらに三名に犬の振りをさせ。マイリー号の馬車で買い出しを兼ねてゴルドチェスター伯領で最寄りの都市、ウィートマークへ先日出立していたのだ。

 珍しい泥のゴーレム馬から身元が発覚する懸念はあったが。親方が連れてきた老馬【サンディ号】では体力面の心配もあったので、結局マイリーが使われることとなった。

 今。サンディ号がのそのそと白炭を運んでいるのは、そういった経緯からである。


「炭を持ってきましたわー!」

「お、ありがとよ!」


 エモンや貫頭衣を着たコボルド達と共に塊鉄炉の準備をしていた親方が、汗を拭いながらナスタナーラやエモンを迎えた。


「ねえ親方さん、お馬さん、何だかしょんぼりしているみたいですわ」

「ん? ああコイツ、あのゴーレム馬が出かけたから寂しがってるのさ」

「あら」

「サンディは変わっててな。今迄どの牝馬にも全く反応しなかったんだが、どうもあの泥んこ号は気に入ったらしい」

「まあ! 恋ですのね! 素敵ですわ! 素敵ですわー!」

「どうかねぇ……」


 コボルド達に装具を外してもらい、ゆっくりと草を食みに向かったサンディ号の後ろ姿を眺めていた親方であったが。

 大きく息をつくと、拳で自分の腰を叩きながら炉へと戻る。


「それにしても……俺も鍛冶屋をやって長いが、まさか名高い魔剣を鋳潰すコトになるたぁ、思いもよらなかったな」


 折れた【ソードイーター】の刀身を眺めながら、しみじみと呟く親方。

 魔鎧の部品を運んでいた弟子コボルドはその顔を覗き込むようにすると。


『俺っちは見習いなんであんまりピンとこねーんスけど、気が引けるんスか? やっぱ同じ鍛冶屋としては』

「いいや、ウキウキするね! こう、人妻に手を出すみたいでな! お前も男なら何となく分かるだろ?」

『いやー、俺、女なんでよく分かんねッス』

「え!?」

『オイラもですよお』

『我も我も』

「えええっ!?」


 そんな師弟達を見ながら、エモンが溜息。


「……大丈夫なのかアイツら」

「大丈夫ですわよ。ミスリルは比重が違うから、溶かせば抽出出来ますし、混ぜる時も魔術師が魔素を操作してあげれば馴染みますの。ワタクシ、王都の魔法学校で、ちゃんと実習も受けましたのよ?」

「そうじゃねーよまったく……それよりナッス、お前、ちゃんと刻めるのか? 俺にも呪術師の姉貴が一人いるけど、呪印にしょっちゅう失敗してたぞ。難しいんだろ?」


 あだ名で呼ばれるようになったナスタナーラは、近日さらに上機嫌である。友人からのあだ名呼びに、どうも一種の憧れがあったらしい。


「呪術印は本物の神秘が絡んできますもの。不確定要素もありますし、難度も上がりますわ。でも魔杖は【マジック・ミサイル】の術式を写して刻めば十分ですし、ワタクシ何度もやっておりますから大丈夫ですわよ?」

「ほーん」


【マジック・ボルト】【マジック・アロー】【マジック・ミサイル】は流派や地方で名前が違うだけの、基礎攻撃魔術だ。術者がしばしばその仕組みを、「手で石を投げるに等しい」と例えるほどに。

 だが基本的な技であるがゆえか。現在普及している魔術の中では難度と消耗、そして射程と威力の効率が最も優れている術でもあった。より複雑で高度な攻撃魔術は幾つも存在するが、【マジック・ボルト】ほどの実用性を備えてはいないのだ。

 それ故、魔術兵はこの一種だけ使えれば十分に役目を果たせる訳であり。自然、魔杖へ刻まれる攻撃魔術も同様となるのであった。


「その証拠に」


 衣擦れの音を立て、ナスタナーラが乱暴に上着を脱ぎ去る。

 目を丸くするエモンの前で伯爵令嬢は胸周りだけを隠した肌着姿になり、褐色の肌を外気に晒されると。

 魔術師らしからぬ、競走馬を思わせる引き締まった肉体が露わとなった。腹筋も割れている。


「おいー!?」

「ちゃんと見て下さいまし! ワタクシの全身にある魔術印は、全部自分で刻んだものでしてよ?」


 つつつっ、と長い指で。魔素が変質した黒い紋様をナスタナーラがなぞる。

 彼女が言うように、身体の魔術印は腕や顔周りだけでなく腹や腰までびっしりと広がっていた。背中ががら空きなのが、少し滑稽ではあったが。


「え? それお洒落とかじゃねーの!」

「そんな訳ないでしょう! 貴方ワタクシのこと何だと思ってらっしゃるの!?」

「自分のことを魔法の天才だと思いこんでいる貴族の馬鹿娘かと……」


 ナスタナーラは顔の前で両手をぎゅっと握りしめ、唇を尖らせると。


「ムキー! 見てなさい!」


 そう叫んで、両腕を大きく広げた。


 ロロロウウウ……アアアアアア……イイイイイイ……


 紋様をと血管を輝かせながらナスタナーラの口から漏れ出るのは、体内で魔素を加工する音だ。魔術の心得の無い者には魔法の呪文を唱えているように見えるため、【詠唱】と呼ばれる作業である。

 それはごく一般的な【マジック・ボルト】の詠唱音。エモンも、王国軍の訓練で鹵獲魔杖を試射した際に耳にしていた。 

 ……だが、これは普通とは違う。

 まるで何人もが同時に魔素を練り上げているかのように、何重にも詠唱音が重なっているのだ。


 バババシュッ!!


 次の瞬間、ナスタナーラの五体から、何本もの魔素の奔流が放たれた。

 それらは空気を裂き、乱雑に飛びながら最終的に一点の地面へ次々と突き刺さると。地を抉り、土を撒き散らして幾つもの深い穴を穿ったのである。

 もしこれが人体相手であればどうなるかは、想像するに難くない。


 一同が大口を開けて目を剥いている中。


「オゥアアアッッツゥゥイ!」


 大きく叫んだナスタナーラがどたどたと水桶の方へ駆け寄り、頭上に勢いよく掲げ。その中身を自らへとぶち撒けたのである。


 じゅううっ!


 という音をたてて全身から湯気が立ち上り、もうもうと彼女の姿を覆う。

 周囲の視線が突き刺さる中、ナスタナーラは深く息を吐き。


「ご覧になりましたエモン!? これがワタクシの必殺技【八連装マジック・ミサイル】ですわ!」


 勝ち誇ったように、ドワーフ少年へ言い放った。


「ちょ! 何だよそれ! カッコ良すぎるだろ! 八連装!? 必殺技!? しかも終わった後、ジュワッ! とか!」

「オーッホッホッホ! 分かりますの!? この良さが分かりますのエモン!? しかもこれ、まだまだ発展途上なのですわー! 最終的には十連装以上を目指していますのよ!? 同時に沢山撃つほど超熱いのが難点ですけどー! オッホッホッホ!」


 もう一杯頭から被りつつ、高笑いする伯爵令嬢。

 まだ熱を帯びたままの箇所から、小さく湯気が立つ。


「これで信じまして!? ワタクシ、自分の身体に印を刻み、同調させることで、この超カッコイイ必殺技を生み出したんですの! ですから魔術印を魔杖に刻むくらい、日常行為同然なのですわ!」


 ガイウスの頬に刻まれた去勢魔法のように、人体に魔法や呪術による神秘の印を書き込むのはそこまで珍しくない。だが自らの身体を魔杖代わりに魔術印を刻むのは、明らかに常軌を逸していた。

 先程のように多量の熱が発生するので、そのための術式も加えて組み込む必要がある。それにミスリル銀上で印が動作するのでなければ、魔素加工と制御は結局本人が行わねばならないのだ。彼女はさも自己改造の産物のように話しているが、同様の処置を行ったとしても凡人に真似は出来ないだろう。

 それはつまり、彼女が実際に魔術の天才であることと、魔術印への造詣が深いことの証明でもあった。


「良ければエモンにも魔術を教えて差し上げましてよー!?」

「うるせー! ドワーフは清い身体のまま歳をとらないと、魔法の類は使えねーんだよ!」

「あらそうですの? じゃあ毎日ちゃんと水浴びして清潔にしていないと駄目ですわよ」

「……は?」

「ギャー! 何やってるの貴方達ッ!?」


 裏返った声に二人が振り向いた先には、長老やシャーマン見習いの若者達、そして目を三角にしたサーシャリア。


「エモォォン! 貴方、ナスタナーラに何て格好させてるのッ!!?? 外交問題に、外交問題になるわぁあああ!?」

「知らねーよ! コイツが熱いからって……」


 言い放ちナスタナーラへ向き直ったエモンの顔が、凍りついたように引き攣り、固まった。

 そう。

 薄手の肌着姿で水を被るのは、うら若き乙女にはあまりお勧めできない行為なのである。

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