107:親衛隊

107:親衛隊


 サーシャリア達の視線の先で、ブルーゲイルが声を上げた。


『これにて! 本日の訓練は終了とする!』

『『『お疲れ様でした!』』』

『いよいよ! 近日の会議で! 我らの件について! 上申しようと! 思っている!』

『『『おおぉおぉお!』』』

『そのためにも! 我らはより鍛錬に! 励まねばならないッ!』

『『『応ッ! 応ッ!』』』


 熱気が伝わってくると錯覚したエモンが、無意識の内に掌で自らを扇ぐ。


『パインコーンファー!』

『はいっ! リーダー!』


 ブルーゲイルから名前を呼ばれた若者の一人が、背筋を伸ばして返事をする。


『ぅ我々が! このように鍛錬を重ねているのは! 何のためだ! 言ってみろ!』

『王様を守るためです!』

『そうだ! そして陛下は! どこにおられるか!?』

『最前線です!』

『その通り! よって我らは王を守るために! 王より前に出てヒューマンと斬り合える実力を! 身に着けねばならぬぁい!』


 その会話を聞いたサーシャリアとダークから、溜息のような声が「ああ」と漏れた。

 ここで二人は、青い毛皮をした若武者の考えを察したのである。


 魔杖や魔術による射撃隊が出来たとしても、攻勢に出る際に白兵戦は避けられない。

 前の戦いではガイウスやダーク、そして攻撃隊の面々がかなりの負担を負うことにより辛うじて対応していたが。

 ブルーゲイルらは。今度は自分達がそれを引き受けようとしているのだ。


「ブルーゲイル……」

「あらあらまあ! 何だかよく分かりませんけど、頑張っているのですわね!」


 若いコボルド達のやりとりは、なおも続く。


『サンダーセンチピード! 貴様はもっと周囲を見て動け! 目の前だけに気を取られると、味方と連携が取れぬばかりか戦場で取り残されるぞ!』

『はいっ! 気をつけますリーダー!』

『もし貴様がこの調子で味方からはぐれ、敵中で孤立したら、どうする!』

『はいっ! 一人でも多くの敵を道連れにします!』

『ベケヤロオオウ!』


 ばしん! と渾身の力を込めたブルーゲイルの拳が頬を打ち据える。

 サンダーセンチピードは二回転して地面へ倒れ込むが、即座に立ち上がり再び気を付けの姿勢をとった。


『貴様ァッ! 我が王を悲しませるつもりかぁッ! 不忠者ッ!』

『申し訳ありません!』

『貴様が死んで一番悲しむのは誰だ!』

『家族です!』

『次に悲しむのは誰だ!』

『王様です!』

『ならば! どんなに絶望的な状況でも! 地を掻いてでも! 生きて帰って来んか! この痴れ者がアァァ!』

『はい! リーダー!』

『分かったか!』

『分かりました!』

『ならばいい! よし! 私は貴様を殴った! 貴様も私を殴れ!』

『はい! 殴ります!』


 ぼぐん! と音を立ててサンダーセンチピードがブルーゲイルを殴る。

 そして二人はがしりと抱き合い。


『リーダー! 俺、頑張ります!』

『サンダァセンチピィィド! 私も頑張るぞォ!』


 と叫び、おんおんと泣き始めたのであった。

 周囲の若者達も同様に嗚咽の声を上げている。


 その様子をずっと注視していた探偵集団は、しばらく無言のままでいたが。


「……変態の巣窟になってるじゃねーか。どーすんだよ」

「ヘンタイって何ですの?」

「うーん、どうしたものでありますかなコレは」

「あら、いいじゃないの。友情、努力、熱血、忠義! 私こういうの好きよ?」

「まーたサリーちゃんはもー。見た目乙女のクセに軍事ロマンチストなんでありますからー」


 またダーク達が額を突き合わせ囁き合っているうちに。

 いつの間にかブルーゲイル達は泣き止み、整列し直していた。


『上申する際に! 我々の隊を何という名で提案するか! 昨晩多数決をとったが!』

『『『応!!』』』

『その結果を! 今! 発表しようと思うッ!』

『『『『おおおっ!』』』』

『僅差で決まった名称は、【コボルド親衛隊】だ!』

『『『『おおおお』』』』


 これは喜ぶ者と、残念がる者が混じった声だ。


「うん、いいじゃないのかしら? かしら?」


 王は常に最前線に立つ。

 それ故。斬り込み隊こそが近衛であり、親衛隊なのだ。

 サーシャリアは、彼等の意をそのように理解した。


「まぁ! お姉様、楽しそうで何よりですわ!」


 上機嫌のサーシャリアの横で、きゃっきゃと、はしゃぐナスタナーラ。


『ちなみに私も票を入れた【ガイウス様ファンクラブ】は! 惜しくも一票差で二位だったッ!』

『『『おおおー!』』』


 場は相変わらず意味不明に沸いている。


「……本当にいいのかよサーシャリア、あんなので」

「う、うーん?」

「まあ【ガイウスファンクラブ】にならなかっただけ、良しとするでありますよ」

「そ、そうよね。そうよね? 親衛隊なら全然大丈夫よね?」


 引きつった笑みを浮かべる将軍。


『よし! ではいつもの体操で心身をほぐすぞ! 声出していけ!』

『『『はい! リーダー!』』』


 若人達は手足を振り回せる間隔をすばやくとると、体操の体勢に入った。

 音頭をとるのは、やはりブルーゲイルである。


『L・O・V・E・ガーイウス! ハイッ!』

『『『L・O・V・E・ガーイウス!』』』

『ラブリー・ラブリー・ガーイウス! ハイ!』

『『『ラブリー・ラブリー・ガーイウス!』』』


 サーシャリアは死んだ魚のような目をして振り返ると。


「止めさせてくるわ」


 無表情のまま、片足で立ち上がろうとした。

 ダークが素早くそれに抱きつき、抱えて動きを封じる。


「ちょっとダーク! 何するのよ!」

「いや。ここまでくると、むしろ面白いから放っておくであります! ケケケ」

「馬鹿なこと言わなムグググ」


 両手両足を行使し、巧みに彼女の自由と言葉を奪って拘束するダーク。


 そしてそのままブルーゲイル達の体操が終わるまで。

 傍らのエモンはひどく疲れた息を吐いて顔を伏せ。

 ナスタナーラはただひたすら楽しそうに、目を輝かせ続けるのであった。



 数日後の会議にて上申されたコボルド親衛隊組織案は、特に問題もなく採用された。

 必要性を感じていたのは皆、同じだったらしいが。どちらかというと反対する気も起きなかった、という方が妥当なのかも知れない。


 ブルーゲイルは、攻撃隊で活躍したレイングラスの隊長就任を願ったが、レイングラスが全身全霊で辞退したため。

 リーダーであるブルーゲイルが、そのまま親衛隊隊長の役に就くこととなったのである。

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