106:真夜中の集会
106:真夜中の集会
「ブルーゲイルが不良になっただって?」
午後から強い雨が降り始めたため。作業を中止し休息していたガイウス達の家へ相談に訪れたのは、ブルーゲイルの母親であった。
「じきに成人だというのに、かい?」
コボルド達は一年を迎えたあたりでヒューマンでいう16から18歳程度になり、成人として扱われる。
その後は加齢が遅くなり、二年目で23、4。三年目で26から28歳程度に相当するのだ、と以前長老はガイウス達に説明していた。
ゴブリンに狼神の血が混じって出来た種族のため。犬の寿命に近くなったのではないか、とも語っている。
『はい……最近、夜な夜な出歩いては、生傷を沢山作って帰ってくるんです。近所の奥さん達へ尋ねてみると、どうも夜中に若者達で集まって喧嘩に明け暮れているみたいで……しかもうちの子が、その頭目みたいなんです……』
耳と尻尾を力なく垂らした母親が、鼻を啜りながら語る。
『頭の毛も、鶏のトサカみたいに逆立てて樹脂で固め、厳つい風体にしていますし』
「そう言えば、最近あの年代の若者達に流行っているなぁ」
『大騒ぎしながら、夜の森を駆け回っているんだとか』
「まあ、若者らしいといえばらしいでありますが……」
ブルーゲイルの母親へ茶を勧めながら、呟くダーク。
「しかしブルーゲイルの素行は至って真面目でありますよ? 武術の鍛錬も皆の数倍は励み、その上で師範格として他の者の指導にも努めております。狩りや採集、農作業も全力で手伝っている様子。質実剛健、絵に描いたような優等生であります」
「サーシャリア君の座学でも食いつくように頑張っているよね。ナスタナーラ君の魔術教室にも出席していたはずだ。残念ながら素養は無かったようだが」
「はい。霊話や魔術が使えない分、武術や学問で取り返そうと努力しているのかと。彼ほど一生懸命な者は、そうそういませんよ」
『そうなんですか、ではあの子はどうして……』
うーん、と。声を合わせて首を傾げる一同。
やがてガイウスは何事か思い当たったらしく、一人手を打って頷き。
「おそらくブルーゲイルなりの考えがあるのだろう。だが、彼の性格からして、自分が話をしていいと思う段階までは口にしないつもりなのだ」
微笑みながら。心配する母親コボルドへそう話した。
『はぁ……』
「ブルーゲイルは無闇に喧嘩したり、荒れるようなことは絶対にない子だ。自分から言い出すまで、信じて、そっとしておきなさい。きっと近い内に分かるはずだよ」
『はい、そうしてみます』
完全には納得しきれないものの、ガイウスに言われて精神的余裕が出来たのだろう。
ブルーゲイルの母親は、やや元気を取り戻し帰っていった。
「よろしいのですか? 喧嘩に明け暮れているようなら、大怪我をする者が出る前に止めたほうが」
「うん、大丈夫だよ。君達も彼のことを信用してあげなさい」
「ですが……」
「大丈夫大丈夫」
ガイウスは「はっはっは」と笑うと。
「いかん! そう言えばマイリー号を屋根の下に入れてやるのを忘れていた」
急に青い顔になって、慌てて雨の中へ出ていった。
どうも全く心配をしていないらしい。
ダーク達は彼が出ていった後の戸をしばし眺めていたが、やがて顔を見合わせ。
まるで無言で打ち合わせたかのように、ゆっくりと頷きあうのであった。
◆
「何で部外者のオメーが付いて来るんだよ!」
「あら失礼な! ワタクシだってもうコボルド王国の一員ですのよ? それに、サーシャリアお姉様は脚がお悪いのですから、私が抱っこして差し上げないと隠密行動が出来ませんわ!」
「と言うか、エモンまでどうして一緒に来ているのよ」
「面白そうだからに決まってるだろ!」
「嘘つかないのも考えものね……」
「シッ! 静かにしないと勘付かれるでありますよ」
顔を炭で黒くまだらに塗ったダークからの警告で、一同が足を止める。
月明かりが木々の間から微かに差し込む森の中。各人が頭に結いつけた木の枝が風で小さく揺れた。
「おりましたな。こちらが風下ですが、これ以上近付くと匂いで気付かれる可能性が高いであります。音も立てぬよう、お気をつけて」
小声で囁くように、皆に告げるダーク。
それに従った一行は四つん這いでゆっくりと藪へ近寄ると、恐る恐る頭を出して、彼女が指し示した方向へ目を向ける。
そこは木食蜥蜴が食い散らかした後に【大森林】の樹木が牽制しあったのだろう。一時的に空間が開けたような場所であったのだが。
『もっとこいオラァ!』
『やってやらあゴルァ!』
『根性見せてみろや!』
『いいぜ! 来いよ!』
なんと、30名近く集まったコボルドの若者達が、怒号を交えながら木剣や槍を振り回し争っているではないか。
皆一様に頭の毛を逆立てて固め。一部で流行しているという髪型で揃えていた。
「……おいおい、ブルーゲイルのカーチャンが心配していた通りじゃねえか? アレ」
「困ったわね。止めさせないと」
「もっと声を小さくするであります……お、其奴の姿も見えますな」
『ばああぬううう!』
一際大きな声を上げながら木剣を振り回すのは、件のブルーゲイルだ。
彼は同時に襲いかかってきた三名の攻撃を躱し、弾き、防ぐと。即座に反撃に転じ、打ち据え、殴り倒し、蹴り飛ばしてこれらを退けた。見事な体と剣さばきである。
おそらく現時点のコボルド達の中で。レイングラスをも抜いて、腕が最も立つのはこの青い毛皮の若武者だろう。
『貴様らぁぁ! そんな! ことで! 外敵に打ち勝てると思っているのくわぁ!?』
『『『すいませんリーダー!』』』
『連携がなっとらん! 回り込むのも遅い! 陛下から教わった通り! 一人が注意を惹きつけたところを取り囲んで! 死角から打ちこめぃ! それでこそヒューマンの膂力と技量に対抗し得るのだ!』
『『『はい! リーダー!』』』
『むぉぉ一度だ! 来い!』
再度挑みかかった若者達がブルーゲイルに叩きのめされるのを眺めながら。
エモン達は困惑した表情を浮かべていた。
「何やってんだアイツ」
「ん? 背後から斬りつけるのは基本でありますよ? 闇夜で相手が酔っていれば、なお宜しいですな」
「そんな話をしてるんじゃないぜ姐御」
「……どうやら、ブルーゲイルは同調者を集めて、課外訓練を重ねているみたいだわ」
「お母様が心配なされていた傷や喧嘩の正体は、これだったんですのねー」
藪の陰に身を隠し、額を突き合わせるようにして小声で話し合う。
「どうするでありますか、サリー?」
「うーん、自主鍛錬なら別に放っておいても問題はないと思うのよね」
「で、ありますなー。内容も別におかしくはないし、わざわざ水を差す必要も感じられませぬ」
「お姉様方、どうやら終わったみたいですわよ」
ナスタナーラの声で一同が再び顔を上げると。コボルドの若者達は打ち合いを止め、気をつけの姿勢で整列をしていた。
その前にはやはりブルーゲイルが背筋を伸ばして立っており。彼がやはり『リーダー』と呼ばれる存在であることを物語っている。
「あれは、終礼でありますかねぇ?」
「そのようだけれども……」
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