104:食後の喧騒
104:食後の喧騒
親方には建てたばかりの家が割り当てられた。
街住まいの彼に竪穴式住居は質素過ぎるのではないかと心配されたものの。その辺りは厳つい見た目通りの男らしく、特に不満も問題もない様子であった。
あるいは彼の思考は鍛冶場の建設に占有されており、そんなことに関心は無かったのかもしれない。
一方、仮にも嫁入り前の伯爵令嬢をガイウスやドワエモンと雑魚寝させる訳にもいかない、とナスタナーラにも一軒用意されたのだが。
結局お嬢様は何だかんだと理由をつけてサーシャリアやダークの脇で寝てしまうため。急遽ガイウス宅のすぐ隣にもう一軒建て連結させて、女性陣の部屋とすることでこれに対応した。
後日同様の方式で数棟増築が行われ。若干、首長の屋敷らしい趣を帯びてくることとなる。
◆
「あー、今日も楽しかったですわ!」
夕食後の王宮……一応は……内の食堂にて。囲炉裏を囲みつつ、フラッフを膝の上に乗せたナスタナーラが笑顔を見せている。
今夜のメニューは木食い蜥蜴の肉とヒカリタケのソテー、山菜を用いた蜥蜴骨ダシのスープであった。
「ヒカリタケっていいますの? 炒めても光っているのには驚きましたけど、でもとっても美味しいのですわね!」
アンバーブロッサムから勧められた食後の茶を飲み終えたナスタナーラが、掌を重ね右頬に当てつつ感想を述べる。
その腹に背を預けていたフラッフは彼女の顔を見上げると、
『お腹の調子が悪いと、ウンコになっても光ってる時があるんだよ!』
ナスタナーラの太腿をぺしぺしと叩きながら自慢気に語った。
「まあ! 素敵ですわね!」
「どこが素敵なんだよ! 頭おかしいんじゃねーのかお前ら」
苦い顔をして呟くのは、その隣に座るドワエモンである。
「酷いですわエモン!」
「酷いのはお前の頭だ!」
「なんですってー!?」
「ちょっと! エモンもフラッフも、あまりナスタナーラに変なことを教えないで頂戴! ルーカツヒル辺境伯領との政治問題になるでしょ!?」
喧嘩になりそうな二人を、サーシャリアが制する。
「俺は何も教えてねーよ! 最近、こいつが魚の糞みてーに俺達の後を付いて来やがるだけだ! 付いてくんなよもう!」
ガイウスやサーシャリア、ダークは何かと用事があるため。
自然、ナスタナーラは子供達の面倒をみているエモンの後に付いていくことが多くなりがちなのだ。
「だって! ワタクシ、今まで同年輩のお友達って居なかったのです! 子供の頃から遊び相手も女中や庭師、それか一番下の兄様で。魔法学校に入っても、周りは皆さん歳上の方ばかりでしたし」
「子供の頃ってお前、中も外もまだガキじゃねーか」
「こらエモン! 何でそんなに突っかかるのよ」
再び窘めるサーシャリア。
「別にいいじゃないの。これほど可愛い子の案内を出来るのだから、貴方としては本望でしょ? あ、国賓に変なことしたら本当に死刑にするからね」
その客人扱いに、御令嬢は少し頬を膨らませた様子。
「しねえよこんなブスのガキに!」
「エモン!」
サーシャリア達のやり取りを、首を傾げながら聞いていたナスタナーラであったが。
「……ねえフラッフ。【ブス】って何ですの?」
『不細工って意味だよ?』
「ななななんですってー!?」
取っ組み合いの喧嘩になるかと思われたものの。
体格と体術の差でエモンは速攻で自由を奪われ、伯爵令嬢が一方的優位に立ったため。サーシャリアは眉間を押さえながらこれを放置することに決めた。
「ワハハ、若い奴等は元気だな」
少し離れた席で、喧騒を肴にしているのは鍛冶親方だ。
普段は近所の老夫婦に食事の世話をしてもらっている彼も今夜は夕餉に呼ばれており。今はダークから蜂蜜酒の酌を受けている。
「ところで、旦那も一杯やらねえのかい」
「いや、私は酒は飲まないのだ」
小さく掌を振るガイウス。
「ほう、ほうほう! 分かる。分かるぜ旦那! 精神は常に戦場に在り! 戦士の心構えってえ奴だな!」
「いや、単に私は飲むと吐」
「流石だ。流石だぜ。あの五年戦争で【イグリスの黒薔薇】と恐れられた男だけある! やっぱりアンタは生まれついての闘士だ!」
「そうではなくて」
「はいはい親方、盃が空いておりますよ」
「おお、すまねえな」
ガイウスの言葉を遮るように、親方の器へダークが酒を注ぐ。
「この子が旦那の娘さんなんだっけ? 奥さんは?」
「いや、これは昔からの居候だよ。私はずっと独身でね」
「居候とは人聞きの悪い」
軽くガイウスを睨めつけるダーク。
「ガイウス殿は見ての通りの凶相。黙っていれば猛獣紛いの悪人面でありますからな。嫁の来手も全く微塵もおりませんし、悪評で女中も来たがりませぬゆえ。まさに蛆が湧かんばかりの男やもめの役宅で、自分が騎士修行と勉強に励みつつ炊事洗濯家事一切を取り仕切ってあげておりましたのに」
「ワハハ! なんだ旦那! 居候どころか、この子に面倒見てもらってたのか!」
「むう、言われてみるとその通りだ」
後頭部を掻くガイウス。
「それじゃあれだな、この子は旦那の娘というより、カーチャンだな、おい」
「なるほど、その方が筋が通っている」
「「ははははは!」」
声を合わせて笑う中年二人。
一方。その傍らで膝をついたままのダークは、何かに打たれたかのように呆然としていた。
「自分が……ガイウス殿のおかあさん……」
黒い瞳に今までにない情欲の種火が生まれたのを察知したサーシャリアが、背筋に冷たいものを感じながら親方を制止する。
「だめですよ親方、ダークの新たな性癖を発掘しないでください!」
「ん? よく分からんがいいじゃないか嬢ちゃん。わはは」
「はははは」
「フフフ……いいのよサリー……今度から私のことをお義母さんって呼んでくれても……」
「呼ばないわよ馬鹿! 気持ち悪いから目を覚ましなさい!」
脚の悪い彼女用に用意された椅子の上で、「駄目だこいつら」とばかりに大きく溜息。
「……そういえば親方、鍛冶場の方はどんな塩梅ですか?」
吐き出した呼気を吸い込み直すことで抜けた気力を復帰させた彼女が、親方に尋ねる。
「おお。仕事場を建ててくれてありがとよ」
「粗末な作りで申し訳ないですが」
「なに、屋根がありゃ十分さ。近いうちに、炉の製作にとりかかるつもりだ」
「人員がもっと必要なら、おっしゃってください」
「まあ鋳造する訳じゃないし、そんな御大層な炉は作らないから大丈夫だと思うぜ。今の人手に、ドワーフの坊主が手伝ってくれればそれでいいさ」
親方はそう言って、ナスタナーラに逆さ吊りにされているエモンへ顔を向けた。
「んー? 炉作りなんて小学校に家庭科の授業でしかやったことねーぞ? それより降ろしてくれ」
「家庭科の課目なんだ……」
「なんでい、ドワーフってのは皆、鍛冶が得意なんじゃないのか」
「どんだけ大昔の話だよ。今の俺達はもっと文化的なの! 確かに鉄鋼業も盛んだけど、ドワーフの花形は出版とか知的玩具とかの文化事業なんだよ!」
『ブンカジギョーって、こういう戯画本?』
フラッフがどこからか持ち出したエモンの秘蔵本を頭上に掲げる。
【女神官の第三懺悔室】と書かれた表紙には、扇状的な半裸の尼僧が描かれていた。
「まあ! 面白そうですの! フラッフ、ワタクシにも貸して下さる?」
振り返った拍子に保持が外されたエモンが、どすんという音をたてて筵の上に落下する。
『うん! いいよ!』
「良い訳無いでしょ! 外交問題になるわ!」
サーシャリアは片脚で跳ねながら近寄ると、フラッフから猥褻本を取り上げた。
『「えー」』
二人の子供が不平の声を漏らすのをひと睨みで黙らせると、再び席に戻るサーシャリア。
「はー……ごめんなさい、話の腰を折る子ばっかりで」
「ワハハ、姉さん役は大変だな。で、だ。材料だが。鉱石は手に入らないし、当てもない。ただ、お前さん達が冒険者達からぶんどった武器があるから、それを再利用する」
「溶かすのですね」
「いや、溶かさん。さっきも言ったが、鋳造は今のトコ考えてねえんだ。そこまで温度を上げるのはお手製じゃあ大変だし、溶かしても基本は棒か鋳塊(インゴット)にするだけだからな」
後の世からすればこの時代の【鋼鉄】は所謂紛い物の類だが……それでも鉄は鉄。かなりの高温が必要とされる。
親方の鍛冶場は住宅街から離れた水路沿いに位置していたが、それは塊鉄炉に水車ふいごを利用するためでもあった。
「でも加工するなら、炉で材料を灼熱状態にして柔らかく出来れば十分だ。乱暴な話、剣ならコボルド達の体に合わせ短く切り落として整えりゃいい。下手に溶かすと却って脆くなるしな」
実際、武器防具は新造するよりもまず、既存品の改造、修理で対応するのが一般的だ。
使用する燃料や道具、資材のことを考慮すれば。その方が、遥かに効率が良いからである。
「そりゃあ、ゆくゆくはそういう炉も作りたいが……そこに至るまでの過程が大変だからな。当座、必要な分は鍛造で凌ごうと思ってる」
「なるほど……」
「なんだい嬢ちゃん。残念そうだな。何か作りたいものでもあったのかい」
表情に出ていたことに彼女は頬を少し赤くすると、一呼吸おいてから首を縦に振った。
「いいぜ将軍さん。遠慮せず言ってくれよ。俺も要望があったほうがこれからを考えやすい」
親方は岩のような顔に笑みを浮かべ。片眉を上げつつ問う。
サーシャリアはもう一度頷くと、皆を見回してから向き直り、それに答えたのであった。
「鹵獲した魔剣と魔鎧からミスリルを抽出して、出来るだけ魔杖を揃えたいんです」
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