103:お嬢様ご案内

103:お嬢様ご案内


「ナスタナーラ君は幾つだったかな」

「15歳ですわ!」

「それで魔法学校を卒業するのだから、やはり大したものだなぁ」


 はっはっは、と愉快そうに笑うガイウス。

 見た目を除けば、知人の子供の成長を喜ぶ好々爺そのものだ。


「しかしカローン様が、よく旅を許してくれたね」

「ええ! 「学校を卒業したら一人前、自由にして良い」とのお父様との約束でしたので! ワタクシ、子供の頃からずーーーっと、冒険の旅に憧れていましたの! そのために頑張って学校も速攻で卒業したんですから!」


 興奮した様子で、ガイウスにまくし立てるナスタナーラ。

 頑強で長身な肉体と美貌を備え、魔法学校では創立以来の天才とまで謳われた彼女ではあるが。なんとも子供っぽい面があるようだ。


「そんな折、団長がここで小人さん達と暮らし始めたと聞いて、ワタクシどうしてもどーーーしても、お邪魔してみたかったんですの!」


 ガイウスは目を細め「そうかいそうかい」と頷く。


「ただ……遠路はるばるお誘いに来てくれて申し訳ないが、私はルーカツヒルに行く訳にはいかなくてね」

「あらー、残念ですわ」


 本当にがっかりした様子で、ナスタナーラが口にする。


「だが、折角遊びに来てくれたのだ。好きなだけ滞在してくれたらいい。何もないが、歓迎するよ」

「きゃー! ありがとうございます!」


 これまた心底嬉しそうに。小躍りして喜ぶナスタナーラ。

 それを見たコボルド達から、笑みがこぼれる。

 どうやら王国民からの初印象は悪くないようだ。


「で、宜しいですかな、長老」

『あー? お前の好きにしたらええじゃろー? 王様なんじゃしー?』


 気だるげに耳裏を掻きながら答える老人。

 こんな様子でも、彼を知る者からすればその変化は劇的なものであった。


「まあ! こちらのおじいさまがコボルドさんのご長老ですの?」

「そう。この方が王国一のシャーマン。精霊魔法の使い手だよ」

「きゃー! 素敵ですわ! 素敵ですわ!」


 飛びつくような勢いで、大きな少女は長老の元へ駆け寄ると。

 衣服に土がつくのも気にせずに跪き、背を曲げて彼のその手を両の掌で包んだ。


「ワタクシ、かねてから精霊魔法についても学びたいと思っておりましたの! でもでも、魔法学校は魔術師や呪術師、魔法使いはいらしても、精霊魔法の心得のある先生っていらっしゃらなかったんです! それがまさか! 思わぬところで偉大な術士にお会いできるなんて! 光栄ですわ! 光栄ですわ!」

『お、おう……!?』


 きゃっ、きゃ、とはしゃぐように早口で喋るナスタナーラ。

 長老も普段と勝手が違うようで、気圧される一方であった。


「ねえ、お師匠様!」

『お師……!?』

「お師匠様のお名前は、なんておっしゃいますの!?」

『名前!?』

「はい!」

『名前か、フフ、そうじゃな。ワシの名前か』


 奔流に流される心地であった長老が、ここに来てようやく踏みとどまる。


「ええ! 是非教えて下さいまし!」

『ワシの名はバーニングクオーツフライングナックルハンドアックスオブスリーマジックアンドマイトウルトラグレートデリシャスワンダフルジャスティスじゃ』

「きゃー! 長くて強そうで! 超! かっこいいですわ!」


 目をキラキラと輝かせながら、ナスタナーラは老コボルドの鼻先に己の顔を近づけた。


『超!?』

「羨ましいですわ! すーーっごく憧れますわ!」


 その言葉に嘘偽りが全くないことを、周囲のコボルド達は彼女の魂から嗅ぎ取った。

 あまりの天真爛漫さに、後光を錯覚した王国民もいたほどだ。


『うおお、なんじゃこの子は!? 眩しい、眩いぞ……そんな目でワシを見んでくれ……ワシは、ワシは……』


 長老はふらふらと椅子から立ち上がり、後退りしようとするが。足がもつれて転んでしまう。

 がしり、とそれを急ぎ支えたのはレイングラスであった。


『おお、すまんなレイングラス……』

『気にするなよ……きっとあの子の純真な瞳に、邪悪なジジイの穢れた目では耐えられなかったのさ……無理もない』


 老人の肩に手を回しながら、レイングラスはしみじみと告げた。ここぞとばかりに、普段の報復を行っているようだ。

まあ、戦術的には正しい判断と言えるだろう。


『……レイングラス、お前ホント覚えとれよ……』

『ワハハハハ、いいってことよ』


 退場する二人の背中を見送った場が落ち着くのを待って。サーシャリアが大きな咳払いの後、ナスタナーラへ声をかける。


「久しぶりね、ナスタナ……」

「お久しゅうございますわ! サーシャリアお姉様!」


 一呼吸も置かぬ間に、まるで組み技格闘の体当たりの如き動きでサーシャリアへと距離を詰め、抱きつくナスタナーラ。この極めて高い身体能力が、ラフシアの血筋なのか。

 猛烈な勢いで抱擁を受けた小柄な半エルフは、その華奢な外見に似つかわぬ「ぐへえ」という呻き声を上げた。


「あーんお姉様、相変わらず愛らしい! お可愛らしいですわー!」


 続いてわっしゅわっしゅと音が鳴らんばかりの頬擦り。

 圧倒的暴力にされるがままのサーシャリアは、「うぶべばばば」と淑女にあるまじき悲鳴を発している。

 伯爵令嬢は一頻り赤毛の将軍の肌を堪能した後。


「やっぱりお姉様は小さくて細くてお人形さんみたいで愛くるしいですわ!」


 今度は脇の下を手で支えると、両腕を伸ばして頭上高く掲げた。

 身の丈六尺を超す彼女に持ち上げられたサーシャリアは、目を白黒させながら「ぎゃー! 高いー!」と手足をばたつかせる。


「これこれラフシア孃。そろそろ彼女を降ろして差し上げるであります」

「ダークお姉様もお元気そうでなによりですわッ!」


 ナスタナーラが腕ごと振り回して向きを変えたため、空中のサーシャリアはくの字になって悲鳴を上げた。

 細い指が握りしめていた杖が、勢いに負けて地面へと落下する。


「ところでお二人はどうしてこちらに? 確か国土院と公安院にお務めだったはずでは」

「話せば長くなったり、お子様には話せない内容だったりするでありますよ」

「まあ! 酷いですわダークお姉様! いっつもワタクシを子供扱いして!」

「オロシテ……オロシテ……」


 頬を膨らませるお嬢様の頭上で、ぐったりとした赤毛の半エルフがうわ言のように呟く。


「……いいからとりあえず、サリーを降ろして差し上げなさい」

「あら! ワタクシとしたことが! サーシャリアお姉様、申し訳ありません!」


 長身の少女は慌てて腕を下げると、腰をかがめてサーシャリアを地面へと立たせ、手を離す。

 だが彼女はその状態から片脚で踏ん張り姿勢を維持することに失敗し。思わぬ事態に目を剥くナスタナーラの眼前で、勢いよく左側へと転倒したのであった。


「おぶへっ」

「ごごごごごめんなさいお姉様ッ!」

「いいからいいから。それより、杖取ってくれるかしら?」


 上体を起こしながら掌を振るサーシャリアに、慌てた様で褐色の少女が杖を手渡す。


「申し訳ありません! そんなに足を痛めてらっしゃったのに気付かないなんて」


 目を潤ませながら謝罪する彼女へ、サーシャリアは微笑みかけると。


「いいの。ただの戦傷よ。慣れないから、うまく立てなかっただけ」

「……え?」

「ちゃんと重心の取り方も練習しないと、今後に差し障るわね、これ」


 小さく笑い飛ばしながら、そう言った。

 気にしていない訳ではないが。今の彼女の瞳は、もう足元を見ていないのだ。


 だがナスタナーラの顔からは一瞬にして血の気が引き。


「まさかサーシャリアお姉様、その脚は……」

「ああ、もう動かないのよ左脚。神経からやられちゃって」

「おいだわじやおねえざまあああああ!」


 触腕にて小魚を捕らえる烏賊の如き速度でサーシャリアを引き寄せると。

滝のように涙と鼻水を流しておんおんと泣きながら、再び強く抱きしめて頬を重ね合わせた。


「あばばばばば」

「おぎのどぐにおねえざまああアアア!」

「ぐ、ぐるじい」


 サーシャリアは必死にもがくが、力の差は如何ともし難い。

 大型捕食者に捕らわれた被食動物のように、がっちりと保持された中で藻掻くだけだ。


「……なあ嬢ちゃん、前にウチの鍛冶場に来たことあるよな?」


 先程まで笑いながら彼女達の様子を眺めていた親方が歩み寄り、神妙な面持ちでサーシャリアに尋ねた。

 ナスタナーラの腕に締め付けられたままのサーシャリアは、「あ、はい」と頷く。


「もう、歩けねえのかい」

「え、ええ」


 その言葉を聞いた親方は、彼女の細い肩をその角ばった指でがっしりと掴むと、ずず、と顔を寄せてきた。

 驚いて全身を小さく動かすサーシャリア。なお、ナスタナーラによる拘束は小揺るぎもしない。


「あ、あのう……?」


 親方はそんな半エルフをしばらく見つめていたが。

 唐突に顔を歪ませ。


「可哀想になあ! こんなに小せえお嬢ちゃんがよぅ!」


 嗚咽と共に膝から崩れ落ち、大粒の涙を流し始めたのだ。


「俺の娘が嬢ちゃんくらいの頃はよう、朝から晩まで近所のガキ共と走り回っていたんだぜ! それが、まだこんな遊びたい盛りのお嬢ちゃんがよおぅ!」


 両手を地につけて、こちらも大声で泣き始める。


「あ、あの、私、こんな見た目だけど子供じゃないんで」

「ぶおーん、ぶおーん」

「成人してますので」

「ぶおーん、ぶおおーん」


 全く耳に届いていない。


 サーシャリアが助けを求めるようにホッピンラビットへ視線を投げると、副官コボルドは『嘘は言ってないですね!』とばかりに片目を瞑って親指を立てていた。残念ながら上司の意図は全く理解出来ていない様子である。ダークに至ってはにやにやと眺めているだけだ。


 その後しばらくに渡ってサーシャリアは拘束され続けたが。

 結果として、来訪者に対するコボルド達の警戒心は解かれることとなったのである。


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