100:農林

100:農林


「そろそろ畑に集まる時間でありますな」

「ガイウス様、どこ行ったのかしら」

『おじちゃんならあっちで、小さい子達と一緒にオママゴトしてたよ』


 フラッフはそう言うと、フィッシュボーンと一緒にカエル採りに出発する。幼児から少年へと成長した二人は、近所の子供達と連れ立って元気に走っていった。

 サーシャリアとダークはその背中を見送ると、白い子コボルドが指差していた方向へ向かう。


 数軒の家をまたいだ向こう側に、言われた通り探し人が正座していた。

 傍らに敷かれたボロボロの筵の上には子犬……幼い子コボルド達が数人、土団子や食器を模した木の板を囲みながら。きゃいきゃいと騒いでいる。


 フラッフが言った通り、ガイウスは幼子達のママゴトに付き合っている様子だが。

 知らぬ者が目撃したら、見た目愛らしい子供達の傍らで牙を剥いた巨躯の猛獣が伏せている、惨事数秒前の光景と誤解されかねないだろう。


『あ! ショーグンだ! ショーグン! ダークおねえちゃんも! こんにちは!』

『『『『こんにちは!』』』』

「こんにちは」

「こんちゃでありますよ」

「おままごとして遊んでいるの?」


 しゃがめないサーシャリアが、上半身のみを屈めて幼児達に話しかける。


『うん!わたしがおかあさんやく!』

『あたしおとうさん!』

『おねえちゃんだわさ!』

『ぼくおにいさん』

『あかちゃん!』

「私は飼っている鶏の役だよ」

「「鶏」」

『はい! おいしいたまごをうむ、にわとりやくなんですよ!』

「「雌鶏」」

「うむ。鶏卵は大切な栄養源だとこの子達は分かっているらしい。コケコッコー」

「「現実的」」

『だめですおうさま! めんどりはコケコッコーなんて、なかないんですから!』

「ぬう、申し訳ない」

「「迫真」」


 サーシャリアとダークはしばらく唖然としていたが、なんとか気を取り直すと。


「いけませんガイウス様。そろそろ畑に集まらないと」

「ああ、レッドアイ主導の集会の時間だね」

「というわけでチビっ子達。ガイウス殿はお仕事があるからここまででありますよ」

『えー』

『にわとりやくいなくなっちゃうのかー』

『にわとりなしのオママゴトなんて』

「どんだけ重要な配役でありますか、鶏」


 母親役を務める年長の幼女は、しばらく考え込んだあとに。

 名案を思いついたらしく。ぽん、と掌を合わせて口を開いた。


『しかたないわね、にわとりはシメたことにしましょ!』

『わかったー!』

『はーい!』

「「えぐい」」



『……という訳で、精霊に相談してみたんだが。大地や草木の精の協力、それから腐れの精にも話をつけて、農業書を参考にすれば生育は安定しそうだ』


 畑に集まった王国民達を前に説明するのは、畑仕事のリーダーであるレッドアイだ。

 その横には長老が座っており、さらにその隣には、緑や茶色の【もや】のようなものが幾つも揺らめきつつ、事ある毎に頷くような仕草を見せている。恐らくこれが、話に出て来た精霊達なのだろう。


『でも【大森林】のモノはここじゃやっぱりだめだな』

『精霊の見立てでも、この草地に畑を作るなら外の作物を植えたほうが良い、ということじゃ。どうも森に好かれとらんらしいの。ここの土は』


 村の周囲に植えた作物はほとんどが森の外から導入したものであり、コボルド達にとって初めての挑戦である。

 以前レッドアイが心配していたように、【大森林】原産の植物はやはりこの草地では極端に生育が悪いため。ヒューマン社会の農作物にて代替を試みているのだ。


『大地の魔素が足りなくて木々が生えてこない場所は時々見かけるが、嫌われてるってのは珍しいよな……まあでも、外の作物には関係ないらしい。夏植え物も、最近植えた根菜やら葉物も、この調子なら予定通り収穫出来るだろう』

「葉物はともかく、一部の根菜は漬物で少々、乾物にしてまあまあ日持ちしますからいいでありますなぁ」

『霜対策すれば、冬の間、畑が貯蔵庫代わりになる種類もあるみたいだしな』


 この辺りは、昔からベルダラス家の食卓を預かってきたダークの出番である。

 アンバーブロッサムは若干悔しそうな顔でそれを聞いており。

 ガイウスはレイングラスをはじめとしたコボルド達を背や肩に乗せ神妙な顔で相槌を打っているが、話の内容を理解しているかどうかは著しく疑わしい。

 エモンはそもそも右から左へ聞き流している。


『玉葱だの豆だのカボチャだのはほとんど春植えだから、来年にならんと何とも言えん。エンドウ豆は早いが、それでも冬植えの初夏収穫だ。レンズ豆の秋蒔きも収穫はやっぱり夏になる』

「長持ちする作物は大事ですからな。玉葱やカボチャはそのままでも数ヶ月いけますし、豆は乾燥させればそれこそ年単位で保つでありますからねえ」


 収穫しても腐らせては無意味だし、冬眠前の熊のように食い溜めなど不可能だ。

 つまり。民を食わせるためには、貯蔵に向く作物が重要なのである。

 文明社会において主食の座に【穀物】が君臨しているのは、収穫効率のみならず、何よりも長期保存が可能なことが大きいのだ。


 なお、「犬なのに玉葱を食べても大丈夫なのか」とのエモンによる懸念は、長老の『食べたことあるが、平気じゃったわい。そもそもワシら、犬じゃないからのー』という言葉で払拭された。

 この老人、若い頃に開拓村から何度か失敬したのだという。


『前の村の時から、【大森林】の大森芋を栽培出来ないか……と考えていてな。夏になる前、近くで掘り出した物を移植してみたんだが、土の中で萎びちまった』

「うーん、イモの類は正直、我々にはあまり馴染みがないであります。あれは貴族が菓子の素材に熱帯から輸入するくらいで」

「昔、姫様が取り寄せて、庭師に作らせたことがあったが……少し涼しくなっただけで駄目になってしまったよ。気候が合わないのかな」


 懐かしげにガイウスが呟いたように、南方諸国群にも芋が伝わっていない訳ではない。伝来した地の名をとってイスフォ芋と呼ばれる甘藷の類があるにはあった。

 あったのだが。何分元々が熱帯原産のためか、生育にはかなり高い気温が継続して必要な種であり。寒涼なこの大陸ではかなり生育が悪く栽培が難しいのだ。また塊根自体も低温で傷むため、苦心して収穫まで漕ぎ着けた試験栽培分を、貯蔵中に種芋ごと全て腐らせてしまった例もある。

 それ故に他の大陸と違い、イスフォ芋を栽培し食する習慣は広がらなかった。今では導入を試みられることも少なく、どちらかといえば希少種扱いと言えよう。


『へえ。ヒューマンの芋は甘いのか。大森芋はこう、独特のぬめりがある芋でな、煮て食べるのさ。茎も干せば保存食になる』

「うーん。それを栽培出来ないのは、なかなか惜しいでありますね」

「草地で育たないなら森を切り拓いて、そこに畑を作ればいいのかな?」


 腕組みをしながら唸るレッドアイとダークに、ガイウスが問いかける。


『まあ結局はそうなんだが……【大森林】の植物が繁殖力旺盛なのはガイウスも知っているだろ。森の中に作った畑は維持が大変なのさ』

「なるほど」


 また、草地の近くであれば可能性は低いとはいえ。森の中での活動は魔獣と遭遇する危険も伴う。


『だが、面倒さえ見られれば繁殖力が強いのは大森芋も同じだ。その、イスフォ芋? とかいうのと違って当地物だから、寒さにも耐えるし収穫量も期待出来る。来年春の植え付け時期には絶対に手を付けておきたい。だからこの秋は食べるだけじゃなくて、種芋の分もしっかり集めておこう』


 レッドアイの言葉に、一同が頷いた。


『あと、個人的に注目しているのがヒカリタケを始めとする【大森林】の茸栽培だ』

「あの毒々しく光る茸でありますか……以前主婦連合の方が分けてくださいましたが、肉厚でなかなか旨味のある茸でしたな」


 親指を下顎に当てながら目を閉じて回想するダーク。おそらく彼女の頭の中では、幾つもの料理法が検討されているのだろう。


「でも、ここの土に【大森林】原産物は馴染まないんじゃねーの」


 エモンの疑念に、レッドアイがほくそ笑む。


『勿論、【大森林】原産種だからここの土には合わないだろう。だが、木に生える奴には関係ない』

「あ、そうか」

『倒れて時間の経った木を持ち込んで、それに生やせばいいのさ。いや、本で勉強した菌床栽培法ってのを使えば、原木栽培よりもずっと早い回転で収穫出来る』


 南方諸国群では近年、廃物であったおがくずを栄養源と混ぜたものを培地とし、茸を人工栽培する農法が開発されていた。

 これは林間や原木利用よりも効率的である上に、屋内栽培であるためわざわざ森の奥まで出向く必要がない。

 そして同時に、女子供でも森の中で魔獣に襲われる恐れ無く、村の中で作業を行えるということでもあった。


『茸は腐れの精の管轄じゃ。協力してもらえば効率的に移植させられるしのぅ』


 種菌付けに関しても問題はなさそうだ。


「すごいですレッドアイさん! 【大森林】の作物と精霊魔法、そしてヒト社会の技術との融合農法ですよ!」

『やるじゃねーか』

「冴えておりますなー」

『すげーぜ!』


 集まっていた皆が、口々にレッドアイを称える。

 ガイウスはその様子を微笑ましげに眺めていたが、ふと思いつくと。


「よし、今日からレッドアイがコボルド王国の農林大臣だ」

「お、いいでありますな」

『のうりんだいじん!』

『農林大臣レッドアイ!』

『胴上げだ胴上げ!』


 コボルド達がレッドアイを空中に放り投げては、受け止めて、それをまた繰り返す。

 国王や将軍達も、手を叩いて大臣を祝福し。方針説明会は就任祝いの場へと変わったのである。


『『『わっしょい! わっしょい!』』』


 そしてそんな中。エモンだけが腕を組みながら。


「大臣か……カッコイイなソレ……」


 深々と頷きつつ、一人呟くのであった。



 数々の農業革新案を打ち出して華々しく就任したレッドアイ農林大臣であったものの。

 当然ながら増産には時間と時期が必要であり。


 結局この冬を乗り越えるための対策を、王国首脳陣はまた別に講じねばならなかったのである。

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