魔銀編

98:足りません!

98:足りません!


「食料が足りません」


 指揮所で卓を囲む面々に対し、サーシャリアは苦い顔をしながら告げた。

 横に座るレッドアイと長老も、同じく渋面で頷いている。


「ほれみろ! オッサンはでかくて食い過ぎなんだよ!」

「むう、面目ない」


 胡座の上にまで群がる子コボルド達を順番に撫で回していたガイウスはドワエモンの糾弾を受け、ぽりぽりと後頭部を掻いた。

 小さな毛玉達もそれを真似するが、ほとんどは手足の短さから失敗し。体勢を崩して膝の上からごろごろと転がり落ちていく。

 ダークはそれを拾い集めて籠に詰め込むと。


「さあさ、おチビ達はあっちでお絵描きでもしてくるでありますよ」


 きゃいきゃいと嬌声を上げる幼子達を抱えて、指揮所から出ていった。子供に聞かせる話題ではない、と配慮したのだろう。

 そのことに気付いたサーシャリアが、ばつが悪そうに首をすぼめる。


『木偶の坊の図体や、顔色が悪い奴の腹肉の話ではないわい。国全体の話じゃよ』


 話を再開させたのは、卓に肘をついた長老だ。

 それに疑問の声を上げるレイングラス。


『そうか? むしろ狩りで取ってくる獲物は増えてるだろ? 魔獣を狩れば誰か死んでたような前の村の時と違って、今じゃあそうそう犠牲も出ない。霊話もあるから効率も上がってる。まだこの土地での畑がおっついていない分、賄えてるだろ。干し肉や燻製もこさえてるし、塩漬けだって……あー、また塩の岩、採りに行かないとなぁ』

「いえ、そうではないんですレイングラスさん。確かに狩猟で得られる肉は増えていますし、対象動物、魔獣も拡大傾向です。でも問題は、それを上回る進度で人口が増えていることなんです」

『そんなに?』

『そんなにだよ』


 男やもめのレイングラスとの違いを示すように、所帯持ちのレッドアイがサーシャリアの言葉を補足する。


『今迄出産と言えばせいぜい赤ん坊二、三人だったが、ガイウスが来て食糧事情が改善して以降、その数はどんどん増えてるだろ?』

『そういやそうだな』

『で、建国してからは更に増えて、今じゃあ一度に五、六人が当たり前だ。こないだ八人兄弟が産まれたトコだってある』


 子供の人口爆発は、多産化だけではない。

 サーシャリアが長老と協力して精霊の力を衛生面に応用、改善したことが乳幼児の疾病率、死亡率を激減させた事実も大きいだろう。


「お産といい、成長速度といい、ほんと犬っぽいよなコボルドって」


 エモンの軽口を、こら、とガイウスが窘める。


『あー、いい、いい。そんなの気にしてたのはフォグくらいだ。アイツ若い頃、森の外縁で野犬に尻噛まれたせいで犬嫌いだったのさ』


 どこか懐かしそうな目をしながら、手をひらひらと振るレイングラス。

 レッドアイが軽く咳払いをして、話を戻す。


『それでもって、子供の体つきはどんどん良くなってる。隣の家の子なんかまだ洟垂れなのに、もう母親より大きいくらいだ……まあ、つまり。ガキ共が食べる量も、これまでの勘定よりずっと多いってことなのさ』

『でもこれから【大森林】は秋になる。黄金団栗や野生の大森芋、木の実だって採れるだろ?』

『勿論それも採る。だが、冬の間も人口は増えるんだ。子供が大きくなれば、尚更食う量は増える一方だ。余裕は幾らあっても十分じゃない』

『雪が早く、長く積もったら更に厄介じゃ。天気が悪けりゃ近場すら出られん』

「レッドアイさんやおじいさんからの話を参考にして、私なりに計算してみたのですが……このままではやはり、厳しいと言わざるを得ません」


 うーん、と。示し合わせたように腕を組んで唸る一同。

 考え込むガイウスは、無意識の内にレイングラスを胡座の上に引っ張り上げ。わしわしとその指で彼の全身を揉み始める。


「うむぅ……」

『おいガイウス、やめウヒヒヒエヘヘ』

「どうしたものか……」

『オホホホヘヒー』


 これも比較的見慣れた光景のため。会議の進行に支障がなければ今更どうこう言う者も、止める者もいない。

 そのためレイングラスはしばらくガイウスの膝の上で、あへあへと悶え続けることになった。


「まあ? 危機を乗り越えた安堵で出生数が跳ね上がるのは、歴史ある定説でありますからな。イグリス王国でも、五年戦争後に仕込まれた子供はやはり多かったようでして。ケケケ」


 薄ら笑いを浮かべながらそう口にしたのは、子コボルド達を預けて戻って来たばかりのダークだ。

 直接的過ぎるその言い方に、サーシャリアは眉を顰めるが。


「ただ、国力と軍事面を考慮すれば人口増加は急務、かつ必要なんです。ですから、この傾向を私自身は望ましいと思いますし、それに……」

『それに?』

「皆さんに、こ、こ、子作りを自重しろ、というのは、私の口からはちょっと……」


 頬を赤らめて俯くサーシャリア。

 ダークはそれを実に嬉しそうな顔で眺めていたが、すぐに何事か気になった様子で、指折り数えつつ計算を始める。


「しかし、ねずみ算式に増えていくと……二十数年で人口一千万人も夢ではありませんなー」

「へ? 姐御、そりゃねえよ、ないない」


 断言したエモンへ、皆が視線を集めた。


「えらいキッパリ言うんでありますな、エモン」

「コボルドってゴブリンと結婚した獣神の子孫なんだろ? 霊話の時に言ってたよな、爺さん」

『そうじゃよ?』

「だったらそんなに増えねーよ。神様ってのは、霊魂を分けて子供を作るんだ。でも分裂した魂が同時に存在出来る数ってのは限りがあるモンでな」

「どういうことだい、エモン」


 首を傾げたガイウスが問う。

 その膝の上から、ぐでんぐでんになったレイングラスが床へとずり落ちていった。


「つまり、コボルドみたいな種族はどこかで人口の限界が来るのさ。それが何千人、何万人なのかは知らねーけど、ヒューマンやエルフみたいに無制限に増える訳じゃあない」


 すらすらと説明するエモンとその内容に、一同は驚きを隠せない。


『おい爺さん、知っていたか?』

『いや、それはワシも初めて聞いたわい……坊主、えらい詳しいようじゃが、お前さん何処でそれを知ったんじゃ』

「そりゃ小学校で習ったんだよ。だって、ウチも似たような分霊種族だからな。ドワーフなんか、全部で五千人しか居ないんだぜ?」

「少なっ!」


 驚きの声を上げるサーシャリアであったが、同時に納得もしていた。

 異様な生命力と高度な技術を持つと言われるドワーフ達が。覇を唱えず【大森林】の中央、グレートアンヴィル山だけに甘んじている理由についてである。


「……でも、それなら尚のこと人口の増加は維持しておきたいわ。いや、そうしなければいけないわ。それこそ、限界が訪れるまでね」


 サーシャリアの言葉に、皆が頷いた時。


『お茶が入りました』


 と、手伝い当番のコボルドが、椀の載った盆を持ち指揮所へ入って来た。

 彼女の名はライトリーブス。成人間もない若い女性で、同じ年頃のビートルダンスと結婚したばかりだ。

 仲睦まじい新婚かつ。現在、村で最も若い夫婦の新妻である。


『どうぞ』

「ありがとう」

「あんがとさん」


 ライトリーブスは会議の邪魔をしないように気をつけつつ、香り良い薬草茶を卓に置いていく。


「とにかく、各方面、皆さんの知恵をお借りしたいのです。一晩考えて、また明日にでも案があれば聞かせて下さい」

『そうじゃな。後で精霊にも相談してみるかのー』

『あ、それ俺も一緒にいいかな。畑のことで、ちょっと考えてるんだ』

「この冬だけでも、何処かで穀物の買い付けを考えた方が良さそうでありますなぁ」

「ライボローへはもう行けぬから、ゴルドチェスター辺境伯領でツテを探さねばならぬな……」


 それぞれがそれぞれに、思案を巡らせる。


『お茶どうぞ~』


 その合間を縫って、ライトリーブスが最後の一杯を配り終えた時。


 むんず。


 と、考え事に夢中のガイウスが彼女を摘み上げると。


 わっしゃわっしゃ。


 その全身を撫で始めたのだ。


『『あ』』

「「「あ」」」


 目を点にした一同が凝視する中。思考に没頭したガイウスは上の空のまま、ライトリーブスをこねくり回す。


「商人と取引するにしても、当座の資金はあるが……今後を考えると何かしらの金策も必要だろうな……」


 子供を構うように、ぐりぐり、こしょこしょと。掌と指で新婚の人妻を蹂躙し続ける。


「うーむ」

『あふぅ』


 唖然としていたダークが気を取り直し、ガイウスから彼女を奪い取ったのだが。

 その頃にはすでに。ライトリーブスは恍惚とした表情を浮かべ、だらりと弛緩しきっていたのである。



「大体、ガイウス殿は配慮が足りないのであります。新婚の奥さんをあんなに弄んだら、絶対旦那さんから文句言われるでありますよ?」

「面目ないです」

「オッサン、ホント普段は全然駄目だな」

「弁解のしようもありません」


 夕食を終えた家の中で。ガイウスがダークとエモンから糾弾されていた。

 フラッフはサーシャリアに抱かれながら、首を傾げてそれを眺めている。


『王様、ビートルダンスさんがお見えになっていますが……』


 そこに声を掛けたのは、アンバーブロッサムだ。

 幼さの抜けぬフラッフとは違い、彼女はもう大分成長を伺わせている。


「ほれ見ろほーれ見ろ!」

「ちゃんと怒られて、謝るでありますよ」

「はい……」

「ブロッサム、入れてあげて」


 サーシャリアの指示に従いブロッサムが戸を開けると。

 そこには涙と鼻水を流しながら肩を震わせて立つ、新婚亭主の姿があった。



『ウェララ! リュマラカリラレレモヒャッテ! リュリュイレフ!』

「はい」

『ウェウェウェイ!』

「あ、はい」


 拳で床をどんどん! と叩きながら。

 何を意味するのか分からない身振り手振りを交え、ビートルダンスはひたすら喚き続けた。

 彼の涙ながらの訴えは実に一刻(約30分)にも及んだが、要約すると。


・妻ばかり撫でてもらってずるい。

・妻が自慢してくるので悔しい。

・自分も撫でて欲しい。


 という内容であった。


 結果。


 彼の主張はその正当性をもって受け入れられ、満足ゆくまで王からの奉仕を賜った後。

 ビートルダンスは小躍りしながら、愛妻の待つ自宅へと帰っていったのである。

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