97:エピローグ

97:エピローグ


『じゃあ、マイリーは先に連れて帰っておくぞ。ウチの倅も、遅くならないように頼むな』

「心得た」


 レッドアイは農耕用具を片付け、馬鋤を外したマイリー号によじ登ると。『ハイヨー!』と叫びながらその背を叩く。

 ゴーレム馬は小さく嘶き。夕陽を受けつつ、のそのそと歩き始めた。

 戦いの翌日に何食わぬ顔で帰ってきたこの泥んこ号は、その後も変わらぬ忠勤に励んでいる。

 変化があったとすれば、身体の色がやや明るくなった程度か。恐らく、枯れ川の土砂で身体を再構成したせいだろう。

 枯れ川自体は夜まで流れが続いていたが、驚くことに朝にはまた土が寄せられ流入口が塞がれていた。

 そのためコボルド達は最近、湖の主の存在を噂している。


「んー、よいしょっと」


 野良着姿のガイウスは大きく伸びをするとその場に座り込み、少し離れた場所にいる子供達へ顔を向けた。

 その先には、二本足で走る練習中のフラッフとフィッシュボーン。そしてその脇に立つのは、手伝いで付き合わされているドワエモンだ。

 少し走っては四つん這いになり、また立ち上がり走っては転ぶ、を繰り返す二つの毛玉は、愛らしく微笑ましい。

 ガイウスがその様を、身内だけに分かるニヤケ顔で眺めている。


「ガイウス様」

「ここにいたでありますか、ガイウス殿」


 そこへ声を掛けてきたのは、杖をついたサーシャリアと、腕の三角巾を取って間もないダークの二人連れだ。


「おや、どうしたんだい」

「そろそろ夕食なのに、マイリー号だけ帰ってきたから探しに来たんですよ。ブロッサムはお留守番しています」

「んー、自分はサリーちゃんと、夕暮れ時の逢瀬をしっぽりとですな」


 サーシャリアがダークの脇腹をぎりりと抓った。


「普通に痛い!?」

「エモン達は……ああ、あそこですか」

「うん」


 サーシャリアの視線の向こうで、フラッフ達三人が何事か打ち合わせしている。

 どうやら、エモンを追いかける鬼ごっこを練習に組み込んだらしい。

 が、当然追いつけず。エモンは調子に乗ってクルクルと踊りながら逃げる有様だ。


「元気だなあ」

「王国の子供達は、ホント成長著しいでありますな」


 うんうんと、一人頷くダーク。


「ブルーゲイルもそうでしたけど、フラッフ達も、この調子だとすぐにレイングラスさんや他の大人達の背を追い抜きそうですね」

「最近生まれた子は、もっと体格が良くなりそうらしいね」

「子供の身体はどんどん大きくなるわ、多産になるわで、お母様方は世話が大変のようですよ、ホント」

「そうよ。だから共同保育所も作ったし、療養所も拡張整備するし、学校も始めたじゃないの」

「おー、そうでしたな。サーシャリア【先生】」

「はっはっは、肩書がどんどん増えていくね」


 向こう側では、いつの間にか木の枝を持った毛玉組が追撃を再開しようとしていた。

 枝の先には何かが突き刺さっており。それを見たエモンの表情は恐怖で歪んでいる。


「そうですよ! 私、やらなきゃいけないことも、やることも、やりたいことも、沢山あるんですから!」


 頬を紅潮させたサーシャリアの顔には、抑えきれない笑みが浮かんでいた。

 これまでずっと、ガイウス=ベルダラスの背中だけを追いかけてきた彼女は今。自分の意志で立ち、顔を上げ。そして歩き出そうとしているのだ。

 だがサーシャリア自身は、そのことに気付いていない。


「食糧増産だって必要ですし、衛生面も向上させなきゃ。軍制も整えたいし、武装も強化しなければいけません。外部との交易だって構想にあるんですよ! だからガイウス様も、こき使わせてもらいますので、お覚悟下さい!」

「はっはっは、頑張るよ」

「そうそう。せいぜい馬車馬のように気張るでありますよ、オッサン」

「貴方も頑張るのよ!」


 声を張り上げるサーシャリア。

 一方、大人達を他所にフラッフとフィッシュボーンはエモンを全力で追いかけている。

 先程までのふらついた様子が消え。急に走りが上達したように思えるほどだ。

 悲鳴を上げながら、必死で逃げ回るドワーフ少年。


「おお、一気に良くなったな。やはり神狼の子孫だけあって、追いかけるものがあると調子が出るのかな」

「あの情熱は、狼のソレとは絶対違うと思います……」


 眼鏡を直しながら、サーシャリアが溜息をつく。

 ダークはその横で目を細めてケケケ、と笑うと。


「でもあれですな、ガイウス殿。もしこの先コボルド達が先祖返りで大きくなって、本当に狼みたいな体付きになってしまったら」

「なるかなあ」

「今のような小さなモフモフから。ちょっと可愛くなくなって、ガッカリするのではありませんかな?」

「そうかしら? 戦力が増強されるのなら、私は大歓迎だけど」

「まーたサリーちゃんは、見た目に反して乙女っぽくないことを言うんだから、もー」


 追いつかれたエモンが断末魔の叫びを上げる姿を眺めていたガイウスは、小さく笑った後に二人の方へ顔を向けると。


「別に残念だとか、そんなことは思わないさ。コボルド達がどんな姿になっても、皆、私の……」


 そこまで口にしたところで、サーシャリアの顔を見て言葉を途切れさせた。

 小柄な赤毛の将軍は。首を傾げつつ微笑みを浮かべ、主君を見つめている。


 ガイウスは目を細め、小さく頷いて子供達の方へ再び顔を向けて。

 そして穏やかな声でゆっくりと、先の言葉を言い直すのであった。


「……どんな姿でも、皆、私達の大切な子供だよ」


(建国編 終)

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