96:戦い終わって

96:戦い終わって


 帰還したガイウスを、コボルド達は歓呼の声をもって迎えた。

 負傷をしたコボルド兵や指揮所の主婦連合、そして森の中に身を隠していた老人、女子供である。


『おうさまだー!』

『ガイウスさん!』

『王様!』

『ガイウース!』


 たちまち毛皮の奔流に飲み込まれるガイウス。

 民へ手を差し伸べるために腰を落とした王の胸元へ、毛玉の飛沫が飛び込んできた。

 フラッフとアンバーブロッサムだ。


『おじちゃーん!』

『おじさまー!』

「はっはっは。いい子にしていたかい」

『ちゃんとかえってきてくれたんだね!』

「勿論だとも。約束したからね」

『えー、でも、かいだしでおみやげおねがいしたのに、わすれたことあったよね?』

「むう、そう言えば」

『こら、フラッフ!』

「はっはっは」


 従兄弟の頭を小突いたブロッサムを窘めるように、ガイウスが子供達を撫でる。


『おーい木偶の坊。さっさと降ろさんか』


 背嚢から伸びた腕がガイウスの後頭部を叩く。長老だ。


「ああ、御老体。申し訳ありません」


 ガイウスは手を回して背嚢を外すと、コボルド達を掻き分けつつ地面へゆっくりと置いた。


『まったく、いつも気の利かん奴じゃ』

『ちょっとお爺ちゃん! 王様に失礼でしょ!』


 這い出てきた長老を叱りつけたのはホッピンラビットである。

 老コボルドは『フン』と、それを鼻であしらう。


『ああもう、狭いわ臭いわ跳ねるわ転がるわ、最悪の乗り心地じゃったわい』

『おじーちゃん!』


 毛を逆立てんばかりの孫娘。


「長老にはお手数をおかけしました。本当に、ありがとうございます」


 そう言って頭を垂れるガイウスを一瞥した老人は、また鼻先で応えると。


『……じゃからな、次に乗る時はもうちっとマシにしとけよ』


 背を向けたまま右手を一度振り、腰を擦りながら歩き去ってしまった。

 ガイウスはその後姿へ、もう一度深く頭を下げる。


「ガイウス様」


 その間も民達から揉みくちゃにされ続ける王に、続いて声を掛けたのは、杖をついて現れたサーシャリアだ。


「お帰りなさいませ。必ずお戻りになると、信じておりました」


 頷くガイウス。


「捕縛した敵数名に先んじてギルド長の戦死を吹き込み、個別に枯れ川付近で解放しておきましたところ。目論見通り対岸の戦力と連絡を取ったようで、敵全軍、撤退を開始しております」


 夜が迫っているとは言え。事実確認もろくに出来ぬままの撤退である。

 如何に敵の士気が下がっていたかという、良い証左だろう。


「現在はレッドアイさんとレイングラスさん主導で、負傷者の収容と投降兵の救助、捕縛を行っています。ダークも、そろそろ戻ってくるかと」

「ありがとうサーシャリア君。君がいたから、私達は勝てたんだ」

「そ、そんな! そんなことないです! 勿体無いお言葉です! 私はただ、夢中でやっただけで」


 顔を真赤にしながら、両手をブンブンと交差させるサーシャリア。

 うっかり杖から手を離してしまった彼女を、婦人達が慌てて支えに入る。


『王様の言う通りよサーシャリアちゃん!』

『そうよそうよ!』

『アナタがいてくれたから、子供達も助かったんだから!』

『もっと胸を張りなさい!』


 主婦連合からぺしぺしと尻を叩かれ、新米将軍は更に頬を赤くした。水をかければ湯気が立ちそうだ。

 ガイウスは彼基準の微笑みを浮かべながらサーシャリアの腰に手を回し。


「よっと」


 肩の上に担ぎ上げ、やおら立ち上がる。


「ぎゃーーー! 高いーーー!」


 灰色の頭にしがみついて悲鳴を上げる半エルフを片手で保持したガイウスは。笑いながら周囲を見回し、呼び掛けた。


「ほら、皆も皆も」


 すぐにコボルド達から合唱が返ってくる。


『将軍万歳!』

『やったね嬢ちゃん!』

『嬢ちゃん将軍ばんざーい!』

『いや、もっとカッコイイ名前つけようぜ!』

『いいね、皆で考えよう!』

「やめてー! 恥ずかしいー!」


 どっ、と皆が沸く。そこに。


「んーんー、いいですなー。【赤い死神】とか【炎魔将軍】とか、こう、浪漫溢れる名前を付けるでありますよ」


 血の気の薄い顔にへらへらとした笑みを浮かべつつそう言ったのは、負傷の為、他の面々より先に戻されたダークだ。右腕には添え木が当てられている。


「戻ってきたか……この馬鹿者め」

「へへへ」


 がしがし、とガイウスの大きな掌で黒髪を蹂躙されたダークは、普段とは違う表情を浮かべつつ、しばらくされるがままにした後。


「ただいまであります、デナン嬢」

「お帰りなさい、ダーク」


 ガイウスの肩に乗ったままの将軍と言葉を交わし、互いに微笑み合った。


「ま、デナン嬢は実際、寡兵で敵を打ち破ったのです。その事実は王国の今後を考えれば重要な実績ですから、場合に依っては多少の喧伝も必要でしょうねぇ」

「う」

「捕虜へは自分がデナン嬢の活躍を有る事無い事宣伝しておきますので! ご心配なく」

「いーーやーーーー!」

「デナン嬢の二つ名は森の外の連中が勝手に付けてくれると思うでありますよ。ひょっとしたら【イグリスの黒薔薇】みたいな恥ずかしい名前になるやも知れませぬが。ケケケ」


 ガイウスが、この戦いで一番深い傷を負う。


「……ねえ、ダーク。それよりも」

「何であります?」

「いい加減、デナン嬢って呼ぶの止めなさいよ」

「はあ。炎魔将軍の方がお好みで?」

「違うわー!」


 声を荒げ、体勢を崩しかけるサーシャリア。狼狽えて握りしめた指が、ガイウスに「髪はダメー!」と悲鳴を上げさせる。

 そして。


「……名前でいいじゃない」


 頬を膨らませながら、ぼそりと零すのであった。


「えー。だって、サーシャリアって長いし呼びにくいンでありますよ」

「ぐおぉ、身も蓋もないわね貴方」


 溜息と、少しの躊躇い。


「……いいわよじゃあ、サリーで」

「さりい?」

「……子供の頃、親しい友達はそう呼んでたの」

「ほえー。デナン嬢、自分以外にもちゃんと友達居たのですな」

「い、居たわよ! そりゃ居たわよ一応、普通に! 昔は!」


 ガイウスの頭にしがみついたままのサーシャリアは片腕をブンブンと振り回し、抗議の声を上げていたが。

 すぐに気がつくと。


「……馬鹿ねえ」


 照れ臭そうな顔を隠すように、ダークから視線を逸した。


「じゃ、間をとってサリーちゃんで」

「どこが間なのよ!?」

「……おう、そっちへ、そっちへ」


 言い争う二人を他所に、今度は包帯でぐるぐる巻きにされたドワエモンが担架で運ばれてくる。


「よー、オッサンやっと戻ってきたか。姐御もおかえりな!」


 掌のみをひらひらと動かして、挨拶に代えるエモン。


「ただいま。お、随分男前になったですなぁ? 坊主」

「もー、なんだよ姐御、からかわないでくれよ」

「……冗談抜きで、そう思うでありますよ?」

「え、ホント!? 俺モテそう? モテそう!?」

「それは無理」

「なんだよー、意味ねーじゃんか」


 ボヤく少年の額を、ダークは笑いながら指先で軽く弾いた。


「エモン、無理せず安静にしていたまえ」

「おうオッサン。ヘーキヘーキ。寝てればそのうち治るから」


 あれからろくに時間も経っていないのに、意識はもうしっかりとしている様子だ。


「だが、かなりやられただろう。傷を労らぬと、治るものも治らぬぞ」

「ドワーフの生命力甘く見るなよ。前に言っただろ? 俺達は首を落とされてもすぐに戻せばくっつくって」

「えぇ……すぐ、って……どのくらいなのよ」


 呆れるような声で問うたのはサーシャリア。


「三日くらいだって聞いたけど?」

「何それ……御器齧りだってもっと往生際いいわよ」

「ひっでえなお前!」


 再び場が、どっと沸く。

 それは恐れと危機に息を潜め続けた皆からの、久しぶりの吐息のようでもあった。


 ……こうして、第一次王国防衛戦は幕を閉じたのである。


 冒険者ギルドは戦闘人員約330名の内150名近くを死亡または行方不明、投降や逃亡で失い、多くの負傷者を出した。

 そしてギルド長ワイアットに加え、参加した騎士5名中3名を戦死させている。

 帰還した冒険者からも負傷による脱落や離脱者が相次ぎ。これによりライボロー冒険者ギルドは急速にその力を失っていく。


 一方でコボルド側も46名の戦闘人員の内10名を戦死させ、負傷者も出している。

 用兵という度し難い観点からすれば多大な戦果と最小の被害であるが。指揮した側にもされた側にも、それを慰めとする者はいなかった。


 犠牲は、大きいのだ。

 失われたものは返らない。亡くした悲しみが消える訳ではない。笑顔を作れぬ者も居る。

 だがそれでも。

 力を合わせて明日を繋いだこと。今隣に立つ仲間、子供達が生き延びたことを。コボルド達は抱き合って、涙と共に祝福したのである。


 そう。

 星に還る者達は、そのためにこそ戦ったのだから。

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