94:墓標
94:墓標
まるで焼き菓子が割れる様に。
折れるのでも曲がるのでもなく、その鋼鉄は剣から破片へと姿を変えていく。
「何だと……!?」
刹那の驚愕から即座に気を取り直したガイウスは、素早く間合いを取り直す。
ワイアットがそれを、目を細めて見つめていた。
その冷たい笑みに多量の汗が伝うのは、激痛を押し殺している為か。
「そんな鉄板でなければ、もっと短い時間で喰えたものを」
刀身に走る紋様を見せつけながら。ワイアットは忌々しげに言う。
「そうか。その剣か。前の戦いの時に使ったフォセが不自然に傷んでいたのは、その魔剣……いや、呪剣の仕業だったのか」
徒手で身構えながら、その言葉に応じるガイウス。
言葉を交えながらも、両者の間には痛みすら感じるほどの緊張が張り詰めている。
一挙手一投足が、無言無音の牽制となって応酬されていた。
「魔剣【ソードイーター】。貴様も名前くらいは知っているのではないか? それの原物だよ」
複合魔剣【ソードイーター】。
伝説的な魔剣鍛冶と天才的な呪術師の兄弟が作り上げた、所謂、名物と称されるような一振りである。
近代魔剣の中でも傑作と評されており。戦前戦中戦後に渡って模造品や同銘の別物が多数作られたほどの代物だ。
「話には聞いている。赤虎と称された隣国の第四王子が所持していたが、彼が戦死した戦いの中で失われた、と」
「失われたさ。だから今、この手にある」
「赤虎を討ち取ったのは先代のノースプレイン侯と聞くが」
「実際にあの王子を倒したのは、私だ」
「なるほどな」
よくある話である。
雑兵に討たれた、討ったよりも。その方が各方面に都合が良かったに違いない。
「私が貴族であれば……いや、あの時既に貴様のように騎士であれば。また結果は違ったかもしれんが、な」
ここで彼の唇が歪んだのは、自嘲なのだろうか。
「……これに封じられているのは、刀身を強化する術式だけではない。それではありふれた魔剣と同じ、ただの魔術剣に過ぎん。【剣喰(ソードイーター)】の名は、同時に組み込まれた強力な呪術に由来する。この剣は、打つ度に相手の武器に呪いを叩き込むのだよ。そして、呪いに満たされた剣は【喰われ】て砕けるのさ」
捨てられたフォセの柄を顎で指し。
「その鉈の様にな」
言い足して、もう一度嗤う。
「だがな、【ソードイーター】の力を本心から頼ったのは……剣が砕けるのを、一呼吸毎に臓腑を握り潰す思いで待ち望んだのは! 貴様が、貴様が初めてだぞ! ガイウス=ベルダラス!」
ワイアットが、口中に溜まったものを吐く。
赤く染まった粘液と、噛み砕かれた奥歯の欠片が地面を汚した。
「ここまで持ち込むのに。今ここで立っているために。様々なものを用い、そして多くの忍耐と犠牲を強いられたが……まさか卑怯とは言うまいな? ベルダラス」
「言わぬ」
勝つための武器と手段を求め、手に入れ。そして持ち込むのもまた、武人の務めである。
それは卑怯卑劣とは全く異なるものだ。
「貴殿の奸悪は、もっと違うところにある。私が許せぬのは、無辜の民を陰謀の贄に供するような、その精神だ」
「武人の本道に背を向けた男が、正道を気取るか!」
ワイアットが鎧を輝かせつつ踏み込み、相手の喉笛目掛け斬りつける。
後退するガイウスであったが、間に合わない。咄嗟に庇った腕が、皮防具ごと切り裂かれた。
「ぐぅ!?」
続いて胴、腿、また腕と。懸命に躱すガイウスを、魔剣の刃が追う。
コート・オブ・プレートはずたずたに切れ目が走り、あちこちから中の装甲板が露出し。四肢のレザーアーマーは血塗れとなり更に酷い有様だ。
ガイウスも都度、反撃を試みてはいる。
崩れた家の建材が手に届けばそれを用い。または投擲し。あるいは組手に持ち込もうともする。
しかしワイアットは要所で【鎧】の力を用いて阻み、ねじ伏せ、防ぎ続けた。
戦場へ持ち出さなかった武器を取りに行こうとするガイウスの動きも、見透かした相手が許すはずもない。
一回一回。一歩一歩。
ガイウスは小さく、薄く切り取られる。背を向けて走る隙も与えられずに削り取られていく。
一方でワイアットも。己の骨が割れ、関節が捻じれ、肉が千切れてゆく音を感じつつ、標的を捉え続ける。
そして反撃の目を摘むために、徐々に獲物を村外れへと追いやっていったのだ。
柵の外には、家屋はない。手に掴めるものもなく、阻む物もなく。盾にし得るものもない。
ガイウスはより一方的に刻まれ、追い詰められていく。
ワイアットが血泡を吐いた刹那を狙い組み付こうとした起死回生の一手も、渾身の蹴りで防がれた。
何かが折れ砕けるような音と共に、腹部に膝蹴りを受けたガイウスの巨体が宙に浮かぶ。
【鎧】による、常軌を逸した力であった。
「ごぶぅお」
「ぐあぅあぁあ」
呻きと叫びが同時に上がる中、ワイアットが膝から崩れ落ちる。
そしてガイウスは寸秒空中を泳いだ後。
ばぎん!
と大きな音を立て、未だ炎を上げ燃え続ける建物へと叩きつけられたのだ。
それは、冒険者達が最初に火を付けた建物。埋葬用の道具を保管している物置小屋であった。ガイウスは村外れからも後退を強いられ続けた結果、墓地まで追い込まれていたのだ。
衝撃で小屋は完全に崩壊し、ガイウスは破片を撒き散らしながらなおも激しく転がった後。地面から伸びた何本もの朽ちた焦げ杭に衝突し、砕きつつ、やっとその動きを止める。
『おい! 大丈夫か! しっかりせい!』
背嚢の中から聞こえる長老の声に応じるため、土を吐き出そうとしたガイウスの口から。
ごぼり。
と体液が零れ出た。
『返事をせんかデカブツ!』
「……大丈夫……ですよ」
『すぐ分かる嘘をつくな! このままだとお前、死ぬぞ! とにかく一度逃げろ! 逃げるんじゃ!』
ガイウスは答えない。
上半身を起こす力も集中出来ぬまま、地面に伏していた。
体が重い。骨が、内臓が、すべての器官が悲鳴を上げている。
だがそれでも、逃げる選択肢は無かった。
ここで退けば、ワイアットを止められるものは誰もいない。
それは即ち、皆の死を意味するのだ。
だから。だから。
『おい……お前、相打ちを考えておるな!?』
ガイウスは答えない。
ただ黙って、地面を見つめている。
『止めろ、止めるんじゃ』
「今ならまだ……やれますので」
『ならん! 絶対にならんぞガイウス!』
刃を受けつつ組み付いて、首を折るか。
それとも露出した顔を砕くか。
いや、歩けぬようにするだけでも。
何にせよ、一撃受け止めた隙を使えば。
己の命を賭ければ。
「何とかしてみせます……絶対に」
『止めるんじゃ馬鹿! この大馬鹿者が!』
「……よく……言われます」
ガイウスが力を振り絞って、上半身を起こしたその時。
……アンタ、ホント馬鹿な男だねえ。
と。覚えのある声が聞こえた。
聞こえたのだ。
窮状と苦痛が生み出した幻であったかもしれない。
だがガイウスはそれを目にした時、確かに彼女の声を聞いたのだ。
炎に照らされて七色に輝く、薄く細い刃。
天を指すように、真っ直ぐに地面へ突き立てられた一筋の鋼。
柄の魔力球が一つだけ湛える、虹色の光。
……魔剣【スティングフェザー】。
ガイウス=ベルダラスの友、ホワイトフォグの墓標である。
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