93:王の戦い
93:王の戦い
一足飛びに躍りかかった巨体から。そのまま重く、速く、鋭い斬撃が打ち込まれる。【馬車夫斬り】だ。
だがワイアットは瞬時に【鎧】を発動させ、その苛烈な一撃を受け止める膂力を確保し、実行した。
尋常ならざるこの攻撃に対し反応し、対応したワイアットの技量と天稟は、やはり非凡なものと言えるだろう。
激しい音と共に金属片と火花が散る。
そしてその輝きが残る内に、ガイウスからは既に次の刃が振るわれていたのだ。
右側頭部への横薙ぎを、刀身を立て防ぐ。
バインドより転じて反対側からのはたき斬りに、剣を押し付けることで妨害する。
フォセを翻して首へ刃を押し付けてきたところを、【ソードイーター】を巻き上げて攻撃を押し返す。
一連の攻防を平凡な剣士の数倍もの速さで終えると。また一巡、もう一巡。
そこまで打ち合ったところで、両者は初めて距離を確保した上で対峙した。
ワイアットの足にしがみついていたエモンは【鎧】発動時の動作で振り飛ばされ、指揮所寄りに転がって倒れている。
……ぐうぅ。
猛獣の唸りがコボルド王。
苦悶の声は赤鎧の騎士である。
「【イグリスの黒薔薇】……ッ!」
ワイアットが低く、暗く、そして怒りに満ちた声で吠える。
それはまるで、煮えたぎる釜から吹きこぼれた憎悪のようであった。
「今の肩書はコボルド王だ。その渾名で呼ぶのは止めていただこうか、ワイアット殿」
「王!? 王だと……!? どれ程……何処までも馬鹿にしおって!」
愚弄するつもりはない、と一言置いて。
ガイウスはワイアットと切っ先を向かい合わせたまま、背後の少年へと声を掛けた。
「エモン!」
「……遅えんだよ……オッサン……」
「……よくやったな」
恐らく、一番聞きたかった言葉なのだろう。
少年は真っ赤な顔に満足げな笑みを浮かべると、そのまま地面へ顔を伏して力尽きてしまった。
「国王陛下!」
入れ替わりにサーシャリアが、ガイウスへ声をかける。
「苦労をかけたね、【将軍】」
サーシャリアは「いいえ!」と力強く答えた後。
「陛下。私は【残敵掃討】の指揮で忙しいので、後はもう、お任せしてもよろしいでしょうか?」
「うむ、心得た。将軍の良きように」
「かしこまりました! さあ皆、もう一頑張り行くわよ! あと、エモンの手当てをしてあげて!」
『『『『はーいっ!』』』』
「残敵掃討……!? 小娘ッ! 今、貴様【残敵掃討】と言ったか」
怒りで飛び出しそうなほど目を見開きながら、ワイアットが問う。
サーシャリアはそれに笑顔を返すと。
「ええ。森の中を北上していた貴方の兵隊、もう三分の一も残ってないわよ? 残念だったわね。折角再編したのに」
『川沿いでワシらが相手した連中は、半分斬ったら尻尾巻いて逃げ出しおったわ! ホッホー!』
サーシャリアの言に便乗するように、ガイウスの背から身を乗り出した老コボルドが腕を振り回しながら言い放つ。
ワイアットは二人からの宣告を、唖然として受け止めていたが。
「いいや、まだだ。まだ終わってはいない。私がここで貴様を斬れば、貴様達を殺せば! 私は再び前へと進めるのだから!」
「無益だ、と申しておこう」
「大丈夫だ。もはや損得の問題ではない」
「そうか。ならば仕方がないな」
剣を構え直す両者。
間合いをはかりつつ。少しずつ、少しずつ歩み寄り。
そして、剣戟が再開された。
「ぐるぉぉう」
「ぬあぁああ」
激しく互いの剣をぶつけ合い、攻防を入れ替え合う。
ガイウスが押せば、ワイアットが【鎧】の力でさらに押し返す。
一撃毎に剣ごと腕をもぎ取りそうな豪剣を、魔剣が全力で防ぐ。
岩をも断ち切るような鋭い斬撃を、鉄板のような大鉈が受け止める。
一合打ち合う度に小さな光が走り、欠け砕けた刃が炎を受けて煌めく。
それらが、目を疑うような速度で繰り広げられているのだ。
「怪物め! これほどの力を無駄遣いしおって!」
「そちらこそ、随分と面白い物を持ち込んでくれたものだ」
「貴様が居なければ、こんな玩具を使わずに済んだのだがな!」
嵐のような激しさをもって繰り広げられるその戦いは、指揮所の広場から村全体へと場所を拡大していた。
ある時は燃え落ちた家の上で火に焼かれながら、またある時は家々の間で互いの姿を隠しながら。
連戦の疲労と傷がガイウスの身体に重しとなって伸し掛かり。
【鎧】がもたらす苦痛と負担がワイアットの骨肉を歪ませ、精神を狂気に浸しても。
王は守るべきもののために全てを投げ打ち。
騎士は己を肯定するために本来の姿へと還りつつ。
双方が心身を削り、死闘を続けていたのだ。
強化された魔剣ですら刀身を欠き、毀れるような衝突が幾度繰り返されただろう。
それは長い時間をかけた末でもあり、瞬く間に過ぎた刻でもある。
だがどちらにせよ、結末は必ず訪れるのだ。
割れる音が、それを告げる鐘であった。
砕ける刀身が、その合図であった。
最後に剣を重ねた瞬間。ガイウス=ベルダラスの手に握られたフォセは。
その鉄塊のような厚さと重さのまま、無残に砕け散ったのである。
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